初夏の山河と君と
「・・くん、ねえ、」
「梶村くん、・・・ってば!」
「あ、ご、ごめん。や。やすはらさん」
再び哺乳缶を落としてしまった。中身はとっくになくなっており、ケンタが不満そうに『モゥ~』と鳴く。
「もう!さっきからずっと話しかけてるのに!」
天井からは傾きかけた日差しが、天窓からこぼれ、畜舎の天井に張り巡らされた蜘蛛の巣に反射
畜舎には誰もいない。僕と安原さんを除いて。
「ご、ごめん、な、なにかな?」
「下校のチャイムが鳴ってるよ。帰らなきゃ!」
この山中農業は文字通り山中にあるため、日が暮れるのが夏でも早く、夜は街灯もなく真っ暗になってしまう。非常に危険だ。かうぬとみもるそのため、校門も夕方18時の下校のチャイムとともに閉じられてしまう。
「あ、やばい。い、急がなきゃ。」
あと、畜舎横の倉庫から敷き藁を運んできて、
「安原さん、先にでてていいよ。僕はこれからカスミとシンコの床に敷き藁をしかなきゃ」
初夏とはいえ、夜ともなると肌寒い。
産まれたばかりの稚牛にコンクリートの床は冷たすぎる。腹でも壊したら大変だ。
「あたしも手伝うよ!」
と、言うより、安原さんは、先に身体が早く動いていた。
二人して自分の体よりでかい藁を4梱包。水稲部の連中がちゃんと括っていてくれて助かった。
「よいしょっと!」
僕はパンパンと作業服についた藁くずをはたく。
「これでよし。ケンタ、シンコお待たせ!」
すっかり気に入ったのか二頭ともどっかり腰をおろしてモゴモゴと咀嚼している。
「気に入ったのか!そうかあ。ほれっ、ちゃんと配合飼料も食わねえと大きくなれんで」
配合飼料はまだ慣れていないからか今一つ食い付きが悪い。
僕はがしゃがしゃと配合飼料をかき混ぜて音を出す。
するとケンタはよいしょと腰をあげて、のそのそと餌箱に近づいて、僕の手をベロンと舐めてきた。
「そうかそうか、良い子だ、あ、こらくすぐったい!」
「へー。梶村くんって、そんな顔ができるんだ。」
安原さんが僕に目を細めて見つめていた。