夏の暮れ
季節はいつのまにか夏も終わりに近づいてきた。9月の新学期は目前だった。
若々しい萌木色が、深いビリジアンになり、クマゼミがヒグラシに変わる。
僕と安原さんとの関係は劇的に変化しないものの、夏中同じ畜舎で過ごしたからか、よく話もするようになり(主に彼女が喋るのを僕が吃りなが相づちを打つのだが)時々安原さんのお母さんにお好み焼きをご馳走になったりするようになった。
「かじ~!」
呼び方も少し変わった。
「な、なに?」
「シンコの様子がおかしいの」
牛舎の入口で安原さんが手招きする。
「わ、わかった。いま、いくよ」
僕は、敷藁を保管する蔵から顔を出して返事をした。
蔵の向かいにある畜舎。その右端にある牛舎には10頭の牛がいる。そのなかで、僕らが入学したときに生まれたのが、シンコとカスミ。2頭とも雌なので、繁殖搾乳のため、学校に残された。
「これは」
「一昨日からずっと下痢が続いているみたい。神原先輩が言ってた」
シンコが苦しそうに敷藁に踞っている。敷藁は下痢便で汚れていた。
「乳缶に粉が残ってる。先輩、ちゃんと60℃のお湯で溶かさなかったんだ。干し草も、シンコすぐお腹下すから、刻んで入れてって言ったのに、先輩そのままいれてる」
「とりあえず敷藁を取り替えよう」
僕は、安原さんに敷藁をとって来てもらうように、頼み、シンコをとなりのゲージに移動させる。
毎日動物たちの世話をしていたからか、腕は一回り太くなり、腹まわりは一回り細くなった。
背丈はいつのまにか170㎝に届くようになり、シンコのような子牛は十分引っ張れる。
シンコの敷藁を取り換え清潔な寝床にする。
乳缶を熱湯消毒し、60℃の湯で乳を丁寧に溶かす。乾草は細かく刻んで、キューブも小さなものに変えた。
「おう、どうした。かじ、またシンコ下痢か?」
「あ、先生」
畜産部顧問の原先生がたっていた。
…##
「もう大丈夫だからなーおら、薬のめ」
「先生、ありがとうございます」
「いや、梶村、たいしたもんだな。よく気づいた」
「気づいたのは、や、安原さんです」
「あたしはかじに相談したんです。すぐ下痢の対処をしたのはかじです」
安原さんが僕をフォローしてくれる。
「ま、どちらにしても二人ともたいしたもんだ。しかし神原には困ったもんだ。あいつにはあとでゲンコツいれとくよ」
人懐っこい顔で原先生は笑った。
この先生を慕って畜産部にくる生徒も多い。
「やるじゃん!かじ!」
「いて、あはは」
安原さんが肘で僕を小突いてきた。
安原さんの真っ直ぐな目が僕の視点とぴったりあってしまった。また顔が真っ赤になって僕は石になった。
涼しい風が吹いてきた。
ひぐらしの音が聞こえる。
夏は終わろうとしていた。




