妹尾善彦という人物
再び広域道路を通り、30分。
妹尾秘書とは色々な話ができた。融通が効かない男だと思っていたが(もちろんそういう側面もあるが)仕事に対して誇りを持っていること。妻と中学生の女の子がいること。
実家が農家で、農政が専門である私の秘書になろうと思ったこと。政権党である自由政治党(自政党)の県議の秘書をしていたが、農産物の輸入自由化に疑問を感じ秘書を辞めたこと。など。
私は彼の一側面しか見ていなかったのだなと感じさせられた。
「あなたは私のこと全部知っているの?知ろうと思ってる?」
あのときの安原深美の声がどこからか聞こえて来た気がした。
人間は、常に変化するし、思考も発展・成長する生き物だ。二重三重に多様な側面を持ち、その感情が複雑に入りくんでいる生き物だ。
私もそうだし、相手もそうだ。その立場にたってみないと人の動静の本質は見えないのだ。私は高校時代の短い間にそれを学んだ。
車は藤田市と児玉市のちょうど境、双児ニュータウンに入る。高度経済成長の際、双児山を切り開いて造成された1,000戸ほどの中規模ニュータウン。
“みどり美しき閑静な住宅街”という触れ込みで当時は分譲が始まったそうだ。
しかし、団地内で起伏があるのに加え、徒歩圏内に食料品、日用品が揃うある程度の規模の店が無いことなどから、最近は高齢化や空き家も目立つ様になってきた。
しかし、私はこの街が好きだ。山の緑は緩衝緑地として保全され、緑豊かな公園も整備されている。なにより、昭和に入居したいわゆる“余所者”ばかりのため、若者に優しく、新しい入居者もあたたかく迎え入れる気風があるからだ。
そして私のようなよそ者の若造を県議にしてくれる懐深き街だ。
「妹尾さん、ありがとうございました。今日は遅くまで」
「いえいえ、それでは明日は9時にお迎えに伺います」
「すみませんね、お世話になります」
私は自宅前で降り、妹尾秘書に礼を言う。
妹尾秘書も一礼し、再び車を走らせていった。
私の家は築5年。こだわりの詰まった家であり、事務所としての機能も備える造りだ。
オートロックの鍵を開け、自宅に入る。もう遅いので、静かにそっと。




