雪の中の邂逅
4月半ばに入ったが、厳しい冷え込みが続いていた。今も雪が降っていて、街を白く染めていた。真冬並みの寒気が上空に流れ込んでいる影響だそうだ。
歓迎会は教室を一つ借りて行われた。机を中央に集め、その上にお菓子やサンドイッチ、ジュースが置かれている。全員が1人ずつ自己紹介をし、ビンゴや簡単なゲームが行われ、歓迎会は行われた。
ゆるい部活ということで、上級生は40名もの部員がいた。今年は一年生が30名入り、70名もの生徒が在籍する大所帯の部活動となった。
本当だったら、部活動など入る気は無かった。雪也の入った高校は全員が部活に所属するのが決まりのようだった。そのため一番ゆるいと噂の美術部に入部したのだ。
歓迎会に行くのはあまり気が乗らなかった。ごちゃごちゃとしたのが嫌いというのもあるが、一番の理由は他にあった。
歓迎会が終わると、雪也はすぐさま帰ることにした。
雪の中、傘を広げ大通りを歩いていると、後ろから腕を引っ張られた。
「氷室君」と声をかけられぎくりとした。
赤色の傘が目に入った。傘から出てきたのは、金髪に染めた髪。斎藤美樹だ。
「アタシのことずっと避けていたでしょう?」
からかうように言われた。自意識過剰な女だなぁと思いながらも、雪也は「そんなことないよ。久しぶりだから、誰か分からなかった」と誤魔化した。まぁ、確かに彼は彼女を避けていたんだけど。
美樹は小学生の時、雪也が告白した相手だ。それ以降、接点は無かった。中学も一緒だったが、クラスが別々になったし、美樹は不良めいたグループと付き合うようになった。校内ですれ違うことはあっても、話しかけることは無かった。
「アタシはあんまり、久しぶりって感じしないけどなぁ」
「まぁ、ずっと学校は同じだったからね」
「うーん。そういう感じじゃないけど」
くすくすと美樹は笑った。それから雑談をしばしば行った。小学生の時の、知り合いがどこの高校に行ったかのか。どんな風に変わったのか。変わらないのか。
「昔から、変な夢を見るのよ」
唐突に、斎藤美樹が切り出した。
「アタシは日本じゃない違う国にいるの。その国には悪逆非道で有名な王様がいて、その使用人の一人がアタシなの」
「そんな酷い王様の下で働くのは大変そうだね」
「その王様も噂されるほど、悪い人って感じじゃないから良いの。他の使用人も良い人ばかりだし。でも、その夢がすっごくリアルで、時々、どちらが夢なのか分からなくなるの」
「ふーん」
胡蝶の夢という話を思い出した。ある男が夢の中で蝶としてひらひら飛んでいる夢を見た。しかしそれが本当に夢だったのか? それとも今の自分の方こそ蝶が見ている夢なのではないか? そんな疑問を抱く説話である。
雪也が黙り込んでいた時だった。後から声をかけられた。
「あのぉ。これ、落としましたよ」
振り返ると、見覚えるのある少女がいた。銀髪に褐色、そして紅い瞳。以前、赤井神社で出会った異世界からの『漂流者』だ。
少女の手には雪也の財布が握られていた。いつの間にか落としてしまったらしい。
顔を合わせると、少女も雪也に気付いたのか、「あ」っと声を上げた。
「あ、あの、その、えっと」ビクビクとした態度で少女が一歩後に下がった。
「外国の人みたいだけど、氷室君の知り合い?」
「知り合いと言うか、何と言うか」どう説明すれば分からず、雪也も頭を掻いた。
ビクリと少女の身体が震え、突然、地に頭を伏せた。所謂、土下座だ。
「あ、あの、どうか見逃して下さい。お願いします。許して下さい。殴らないで下さい。罵らないで下さい。苛めないで下さい。奪わないで下さい。殺さないで下さい」
少女は妙なことを口走った。
「いきなり、土下座して変なこと言っているわよ、この子。氷室君の彼女のようには見えないし。アンタ、借金取りでもやってるの?」
「いやぁ、身に覚えがないんだけど」
「し、失礼します」
そう言って少女は立ち上がり、逃げ出した。
「って、僕の財布!」
少女は何故か、雪也はの財布を手にしたまま去ってしまった。両親のいない彼にとっては、財布の中の金はとてつもなく大切なものだった。小さくなっていく、少女を追いかけ走り出した。