小さな国の暗殺者⑥
斉藤美樹の前でピエロの面をつけた男が喋っている。気がつくと美樹は玉座の間で跪いていた。ピエロは美樹のことを暗殺者、またはエレナという名前で呼んだ。これがいつも見る夢だった。いや、もしかするとこちらが現実で向こうが夢なのかもしれない。どちらが現実なのか美樹には判断できない。
ピエロはケラケラ笑いながら、御丁寧に美樹のおかれている状況を説明してくれた。
エレナがスパイもとい暗殺者であることは小さな国に潜入した時からバレていた。彼女は泳がされていただけだった。
「ゲームをしていたんだ。お前が大王をいつ殺しに行くのか」
自分の王様を危険にさらしていたことが信じられなかった。不思議そうな顔をする美樹にピエロが嘲るように言う。
「大王の死ぬ時は予言によって定められている。大王の死はまだ先だ」
ピエロの背後には少年が玉座に腰を下ろしている。頭には王冠がのかっていて、そこから薄布が垂れ下がり、目元を隠していた。『殺戮王』と呼ばれる少年だ。彼の横には槍を持った男が立っていた。
槍を持つ男にピエロが声をかけた。
「さぁ、処刑人。この罪深き娘の首を落とせ」
処刑人がゆっくりと歩いてきた。美樹の近くまでやって来ると、槍を振り上げた。美樹は逃げなければと思ったが身体に力が入らなかった。処刑人は能面のような感情が抜け落ちた顔をしていた。無慈悲な一撃が振り下ろされた。真っ赤な血が飛び出した。ピエロの身体から。ピエロが倒れると、身体に力が戻ってくるのを感じた。
唖然とする美樹に処刑人が告げる。
「悪いが、貴様が抵抗して神官を殺したことにさせてもらう」
「どういうことですか?」
「貴様が神官を殺し、この城から逃げたことにする。つまり、貴様は助かったということだ」
「何故、私を助けて下さるのですか?」
「大王の命令だ」
処刑人は『殺戮王』へと視線を向けた。
「死体の俺は神官どもの妖しい祈りによってこの世に留まる事ができている。故に俺は神官どもの暴走を止める術を持っていない」
『殺戮王』が声を発した。静かな声だった。
「私はこれからどうなるのですか?」
「お前の好きにしろ。俺としては、この国を去るのを勧めるがな」
「私はスパイですよ。逃がしても良いのですか? 貴方様が死体であることを、とある国に教えてしまうかもしれませんよ」
「問題無い。むしろその噂によって、人々は俺を不死の存在だと考え恐怖するだろう」
「貴方様は一体、何をしようと考えているのですか?」
「神々を目覚めさせようとしている」
「神々を目覚めさせる?」
「簡単に言ってしまえば、世界をリセットしようとしているんだよ」
「リセットしてどうなるのですか?」
「全人類が救われるんだよ」
どこか投げやりな口調で『殺戮王』が言った。
「俺の話は置いておこう。サイトウミキ。それよりもお前にはやってもらいたいことがある」
『殺戮王』が向こうで使われている己の名を呼んだことに美樹は驚いた。
「お前は目覚めたら、向こうの俺を助けてやってほしい」
「助ける?」
「あぁ。向こうの俺はどうもやっかいな奴に捕まっちまったんだよ。そいつから逃れる手助けをしてほしい。何、簡単なことだ。向こうのお前はきっと一枚の黒いカードを持っている。それを、この女のところに届けて欲しい」
処刑人が懐から一枚の手鏡を出した。そこには女性の姿が映っていた。
「なるほど。そのために、私を助けたのですね」
「お前が向こうの俺の友人であることも関係している。アイツは友人が少ないからな。更に少なくなったら可哀そうだろ」
『殺戮王』は右手を王冠へと伸ばした。王冠を手に取ると、顔にかかっていた薄布から両目が現れた。青い光を発する宝石のような瞳。
「それでは頼んだぜ。向こうの友人、サイトウミキ。そんでもってさらばだ。エレナ。ちゃんと国外に送ってやる。けっこう楽しかったぜ」
その言葉を聞いた途端、すさまじい眠気が美樹を襲った。重力が反転し、暗い水底を美樹は上昇する。遠くに光が見えた。その光へ近付くにつれ、視界が真っ白になっていく。そして光を突き抜け、斎藤美樹は再び目を覚ました。
美樹は雪の中に倒れ込んでいた。
「そうだ私は、大男に首を絞められ、意識を失ったんだ」
朦朧とした頭で、今の状況を整理する。
「それで、私は夢の中で、王様に助けられて、王様に頼みごとをされて」
美樹はポケットをまさぐった。そこには黒いカードが一枚入っていた。
カードを持ち、ふらふらとした足どりで美樹は歩き出す。頭の中には一人の女性の姿が浮かんでいた。名も、どこにいるのかも知らない。手掛かりは何も無い。だからこそ歩き続けた。
大通りに出たところで、美樹は探していた女を見つけた。しかし、どういうふうに声をかければいいのか見当がつかなかった。夢の中で、貴方に届け物をしてほしいと頼まれたと言っても信じてもらえないだろう。
ジロジロと女を見つめていると、その視線に気付き、訝しげな表情で美樹の方へとやってきた。美樹は観念し、女にカードを見せた。
「あの、貴方に渡してほしいって頼まれたんです」
そのカードを見て、女は首を傾げた。値踏みするような目で美樹を見つめた。それから「あーなるほどねぇ」と一人呟いた。
「貴方も『殺戮王』の『感染者』なのね」
「『感染者』というのはよく分かりませんが」
「うふふふ。『感染者』ってのはね、もう一人の自分の夢を見ちゃう人のことを言うの。貴方も変な夢を見るでしょう?」
「ええ。そうですね」
「あら、嬉しいわ。お仲間にあえて。私は『ヤオヨロズ』の礼子と言うの」
「『ヤオヨロズ』というのは?」
「非科学的な現象を研究している組織のことよ。私はその一員なの。ちなみに、私が『感染者』なのは『ヤオヨロズ』には言っていないの。だって『感染者』だってばれたら何をされるか分からないもの。貴方も他人に自分が『感染者』だってばれないように気をつけないな。下手したら殺されてしまうわよ」
礼子という女は美樹からカードを受け取ると、小さな声でぶつぶつと呪文のような言葉を口ずさみ始めた。




