小さな国の暗殺者②
ミラは『ヤオヨロズ』の施設へとやって来た。そこは高層ビルで、ミラも以前はここで保護されていた。今は雪也に引き取られ、『ヤオヨロズ』とは関係無くなったが、ここの職員の礼子と交流を続けていた。
ビルの一階は正面に受付があり、右手には長いソファーがコの字に並べられていた。口を開いたように配置されているソファーの正面に、横に長いテレビがあった。左手には階段とエレベーターが設置されていた。
ミラは受付で礼子を待っていることを告げた。ソファーに座り、テレビを見て時間を過ごした。18時を過ぎると、礼子がエレベーターから現れた。「遅くなってごめんなさい」と礼子が気さくな笑いを浮かべ言い、ミラは「今来たところだから」と答えた。礼子に促され、ミラは応接室へ案内された。机と椅子が並べられた簡素な部屋だった。
「新婚生活はどう?」と礼子はからかうように言った。雪也の祖母が『ヤオヨロズ』にミラの身柄を引き取る際、「雪也がミラのことをいたく気に入った」という理由をつけた。また、ミラ自身も雪也の近くにいることを望んだため、二人には恋愛感情に近いものがあるのではないかと礼子は考えているらしかった。ミラは曖昧な笑みを浮かべて、「そういうのではないですよ」と返した。
「ふふ。そういうことにしておくわ。それよりも、今日も異界の話しを聞かせてちょうだいな」
「分かりました」
『ヤオヨロズ』は人間達が非科学的な現象を研究するために造った組織だ。異界の話しは『ヤオヨロズ』にとって喉から手が出るほど欲しい情報だった。『ヤオヨロズ』を離れた今でも、ミラは異界の情報を礼子に提供していた。週に一度、一時間ほど異界の話しをするのだ。
ただ『殺戮王』の話しと、異界の人間とこの世界の人間が夢で繋がっていること、ミラが雪也の母親の分身であることは話していない。これは雪也がまだ話さない方が良いと考えているためだ。
話しが一段落し、ミラは切り出した。
「雪也様の力のことで伺いたいことがあるの」
「あら、まだ力が戻っていないの? 力を失って半月は経っているのに」
「ええ。今も雪也様は自身の能力を探しています」
「つまり、影ない状態で街を彷徨っているってこと?」
ミラが頷くと、礼子の顔が曇った。
「あまり良くないわね」
「何故ですか?」
「私も今日知ったのだけど、この街に新しい『ヤオヨロズ』の職員が来るのよ。『桃太郎』というの。妖怪嫌いで、もの凄く強いの。影の無い雪也君とばったり出くわしたら、妖怪と勘違いして斬りかかるかもしれないわねぇ」
「それは困るわね。どうにか、雪也様に斬りかからないよう説得することはでいないの?」
「難しいわ。『桃太郎』は『ヤオヨロズ』でも、特別な地位にいる人なの。『桃太郎』に命令できる人なんていないわ。だから、雪也君になるべく出歩かないよう話しておいてね。彼の能力の痕跡がどこかに現れているかどうかは私が調べておくから」
「そうね。そうしましょう。でも、どうしてそんな偉い人がこの街に来るの?」
「それは、雪を調査するみたいなの」
「雪?」
「ええ。ミラは知らないと思うけど、五月に入ったのに雪が降り続いているのは少し異常なの。だから、妖怪の仕業なんじゃないかって『桃太郎』は考えているみたい。これ、極秘情報だけど雪也君には伝えておいてね」
雪也君は雪の妖怪の血を引いているから、と礼子は含みのある笑みを浮かべた。




