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殺戮王  作者: 如月
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氷雪少年

そうだ。かまくらを作ろう。


少年がそんなことを思いついたのは昨日のことだ。


深夜の赤井神社は、降り積もった雪のおかげで神秘的な光を放っている。


さびれた神社には、少年一人しかいない。少年はシャベルで雪をすくい、一か所に集めて行く。彼はジャケットを羽織っているが、手袋やマフラーなどの防寒具は身に付けていなかった。


少年の名前は氷室雪也ひむろゆきなり。彼はもうすぐ高校生になる、普通の雪男である。普通の雪男という表現が正しいかは分からない。とはいえ、一族の親戚達からは、「氷室さん家の息子さんは普通の雪男で良いねぇ」としばしば言われる。彼がきちんと人の世に溶け込み、己が雪男である事実を一般人に漏らさず、掟を護っているためである。


母が雪女で、父は普通の人間だった。父は雪也が物ごころつく前に亡くなってしまったので覚えていない。事故で死んでしまったのだ、と父方の親戚から話された。けれども母方の親戚、異形な力を身に宿す親戚達は、母が殺したのだ、と教えてくれた。一般人である父に、雪女であることが露見してしまったから、母は掟に従い、父を殺してしまった。


「それも全部、息子のお前のためだったんだよ。分かってやりな」


薄い笑いを浮かべながら、一般人とは距離を置く親戚達が言った。


親戚達の声を、視線を頭から追い出そうと、躍起になってシャベルを動かした。雪は湿り気をおびていて、とても重かった。


別段、かまくらを作りたいわけではない。ただの暇つぶしだ。それ以外に、この神社で夜を越す方法が思いつかなかった。


この神社に通い続け、もう3日になる。最初の日は、夜の0時に参拝し、日が出るまで神社の本殿の階段に座り込み、ぼけーっと『神隠し』という妖怪を待っていた。


『神隠し』の話は、芳一という友人から聞いた。


あれは確か雪也が小学生の時だった。芳一は雪男でも、妖怪でもなかったが、一般人でもなかった。特殊な体質をもち、危険な妖怪に狙われることもしばしばあると聞いていた。何はともあれ、禁じられた秘密を共有できる唯一の同級生だった。


「僕、好きな子ができたから、告白しようと思うんだ」


二人で寄り道しながら、下校している時に、雪也が言った。


芳一が興味深々に誰なのか訊いてきたため、同級生の女の子の名前を口にした。


「普通の女の子だね」


目を伏せ、芳一が言った。


彼女はクラスの中でも可愛いと評判の子だった。でも、芳一と雪也にとっては一般人だった。この頃、雪也はまだ父が母に殺されたことを知らなかったので、力のある者と力のない人間が結ばれることに問題はないと考えていた。


「どうやって告白したら、成功するかなぁ」


「うーん。神社でお願いとか、すればあるいは」


「神頼みかぁ」


本当は、どんな風に恋文を書けばいいのか、とかそう言ったことが聞きたかった。芳一はとても美しい顔立ちをしているので、女子から人気である。そんな彼ならば良いアドバイスを貰えると思っていた。しかし彼の口ぶりからだと、どうやら絶望的のようだと知りショックを受けた。


「あぁ。でも、赤井神社にだけはいかない方が良い」


「え?」


「あそこには、『神隠し』が出るって噂だから」


「『神隠し』?」


「うん。力のある子どもを食べて、別の場所に送ってしまうんだって」


「別の場所?」


「俺もよく知らないけど、異世界とかそういうところじゃないのかな。ちなみに、そう言う人のこと『漂流者』って言うらしいよ」


「ふーん」


「まぁ、噂だけどねぇ」


雪也は芳一に言われた通り、近くのそこそこ有名な神社に行って恋愛成就を祈ったが、結局のところ振られてしまった。


それ以降、芳一とは赤井神社について話しをしたことはなかった。今後も、芳一とこの神社について話しをすることは無いだろう。彼はもういないから。


「もう、完成してしまった」


物想いにふけっていたら、かまくらは完成していた。少し頭を下げただけで、入ることができる。1人で作ったにしては、悪くなかった。


かまくらの中で体操座りをして、少し休むことにした。雪の穴の向こうに、赤い鳥居が見えた。


芳一が姿を消したのは、中学1年の夏の日だ。雪男にとってはテンションが著しく下がる季節に、芳一は突然行方不明になった。夏休みに、どこかへ出かけて行ってそのまま帰って来なかった。捜索届けも出されたが、結局見つからなかった。しばらくして芳一の家族も引っ越してしまった。


赤井神社の『神隠し』のことを思い出したのは、3日前のことだった。かつての記憶が泡のように浮かびあがり、芳一は神隠しに遭い、別の世界に連れて行かれたのではないかと思い至った。


そうして彼は3日間、この神社で『神隠し』を待っていた。自分自身でも、今の行動が変だと分かっている。


一週間前に、唯一の肉親である母も亡くなってから、どうも妙な感じだった。雪女は短命である場合が多いらしく、母も同様に寿命だった。


「あ」


雪也が声を上げた。鳥居の下に、黒い影が立っていた。丸い胴体で、何もかもが黒かった。上部に、目が一つと、口があるのみだった。高さも、幅もなかなかのもので、鳥居をこすりながら境内に入って来た。そいつが入った途端、空間に波紋が現れ消えた。


「『神隠し』ですか?」


かまくらの中から雪也が訊ねたが、影からの返答は無かった。


「『神隠し』ですね」


こいつは『神隠し』だと雪也は直感的に思った。本当に現れるなんてなぁという驚きもあった。


『神隠し』はヒタヒタと歩いてきた。かまくらの前で立ち止まり、巨大な口を開け、かまくらごと食べようとする。


雪也は手を広げ、地面の雪へと置いた。雪也の瞳が青く光る。


かまくらが突如膨れ上がった。『神隠し』の口よりもかまくらは巨大になったが、巨大な口は雪の玉を噛み砕いた。


砕かれた雪玉の破片が飛び散り、その中を転がりながら雪也が出てきた。


「っ」


近くにあった雪を両手で掴みとり、硬く、硬く鉄の如くかたまれと念じて、投げつけた。板くらいなら壊してしまうほど硬く、強く。雪の弾は黒い身体に跳ね返された。


『神隠し』が顔をこちらに向け、ニタリと口元を吊りあげる。


もう一度、今度は目を狙って雪弾を放った。見事命中し、鈍い音と共に『神隠し』が呻き声を上げた。


「そこが弱点か」


雪の中に手を当て、槍を頭に思い浮かべた。硬い、雪の槍が形成された。すかさずそれを投げつけた。


「あああああああああああ」


咆哮が合がり、ぴたりと止んだ。『神隠し』は身体を左右に振った。槍が目から落ちて行った。血走り、憎しみに満ちた目を雪也に向けた。


ヒタヒタと襲いかかって来た。速さは無い。雪也は何度も、槍を投げた。『神隠し』は目を瞑りながら突撃してきた。槍は黒い皮膚に跳ね返された。


「っち」


たまらず右へと走る。標的を失った『神隠し』は神社へと突っ込んだ。神社が半分ほど呑みこまれてしまった。


体勢をすぐに整え、目と口を吊りあげ勝ち誇ったように笑った。


(やっぱ、僕なんかじゃ手も足も出ないか)


どうにか逃げる方法は無いかと思考を巡らせた時だった。


『神隠し』がブルリと震えた。


「うぇえええええええ」


嗚咽を上げ、悶え出した。


「何だ?」


雪也は困惑したが、逃げ出すべき好機ではないかとも思った。今まさに駆けだそうとした瞬間、『神隠し』が何かを吐きだした。それは一人の少女だった。銀髪、褐色の美しい少女だった。


ぜぇぜぇと『神隠し』は息を切らせ、鳥居へと顔を向けた。雪也のことなど一瞥もせず、入って来た時同様、鳥居をくぐって出て行く。


『神隠し』が鳥居から出ると、空間に波紋が走り、姿形は消え去っていた。


「助かったのかな?」


気付くと、東の空は白みがかっている。


倒れ込む、少女の方へと走った。優しく抱き起こすと、少女が目を覚ました。赤い瞳が雪也を移すと、突然、悲鳴を上げた。聞き慣れぬ言葉を少女が発する。


雪也の手から逃れ、地を這って離れようとしている。彼女は満身創痍で起きあがれない様だった。


「はぁ。どうしようかなぁ」


そう呟き、手を雪の上に置く。少女の顔の前に雪のウサギを作った。そして雪のウサギを動かし、軽く芸を披露した。


ぽかんとした表情で、少女は青い瞳の少年を見つめた。


「面白いだろ? これが俺の能力。今はまだ雪を動かすしかできないけど」


雪也は薄着の少女にジャケットをかけてやる。


「ねぇ、日本語は分かる?」


「……?」


「どうして『神隠し』から出てきたの?」


「……?」


「どうしたものか」


溜息混じりに立ち上がる。この少女のこともそうだが、半壊した神社も大変な問題だった。


日が昇り、朝日を浴びる少年の姿を、じっと少女が見つめていた。


「婆ちゃんに頼んで、『ヤオヨロズ』に何とかしてもらおうか。それにしても」


悪い夢でも見ていたようだ、と朝日に目を細めながら呟いた。

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