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殺戮王  作者: 如月
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雪のように消えて

小さな国に小さな王がいた。小さな王は頭に王冠をかぶっていた。王冠からは薄絹が垂れ下がっており、小さな王の目元を隠していた。小さな王は玉座に座り、奇妙な格好をした者達の話しを聞いていた。ピエロの面を被り、純白の衣装で身を包んだ男達。ピエロ達は神官と呼ばれていた。神官達は扉ほどの大きさの鏡を支えていた。鏡の中には、誰かが何かを叫びながら歩いていた。フードの中から青い光が漏れる。


ピエロ達が1人ずつ、鏡の中の光景について話しているようだったが、声までは聞きとることが出来ない。小さな王は黙ってそれを聞いていた。


フードの中の顔が一瞬だけ見えた。


(これは僕だ)


「雪也様。起きて下さい」


その言葉で雪也は目を覚ました。見慣れた自分の部屋に、長い銀髪と褐色の肌をもつ見慣れぬ女がいた。女の名前はミラと言って、数日前から雪也の部屋で一緒に暮らすことになった。


「食事の用意ができました」とミラが言い、「分かった」と短く返事をし、二人はリビングへ移動した。ミラは異界から来た『漂流者』であるが、日本語も家事も問題無くこなしていた。もともとミラは『ヤオヨロズ』という組織に保護されていた。そこで一般常識を学んだと言う。本日はハンバーグとサラダが机に並べられていた。ハンバーグはミラの手作りで、雪也が食べやすいよう冷やしてあった。ちなみにパンや米などの炭水化物はない。これは雪也が炭水化物をあまり好まないからだ。二人きりの食事であるが、しばらく会話は無かった。テレビのニュースの音だけが二人の間を満たしていた。


白狐との戦いを終えて一週間が経った。その間、様々な変化があった。まず、ミラを『ヤオヨロズ』から引き取ることになった。『ヤオヨロズ』には祖母から話しを通してもらった。祖母はミラが雪姫の分身であることに気付いていたらしく、「そのミラって娘が、雪姫の記憶を取り戻せるといいねぇ」と言っていた。


祖母には『殺戮王』の話しはしていない。九尾の狐の弟子に襲われたとだけ伝えた。『殺戮王』が雪也の分身だと知った時、祖母がどのような行動に出るのか分からないからだ。


狐の妖怪に襲われたことを知った祖母は、「そのうち護衛を送るから」とも言ってくれた。まだ護衛は送られていないが、今のところ他の妖怪達に襲われることは無かった。呆れるくらい平穏な日々が続いている。


「そう言えば、今日は変な夢を観たよ」


そう言って雪也は小さな国の小さな王の話しをした。いつもはすぐに夢の内容など忘れてしまうのだが、今朝は鮮明に覚えていた。ミラはその話しを最後まで聞いた後、「その王こそ『殺戮王』で間違いありません」と断言し、「『感染』が強まっているのでしょう」と付け加えた。


「今もこうして僕が生きているだけで、人々は『感染』しているのかな?」


雪也が訊ねた。


「ええ。そうでしょう」


「『感染』した人間は大丈夫なの?」


「アタシには分かりません。何も知らされていないのです」


「本当なら、人里から離れるのが良いんだろうけど、生憎そうもいかない」


雪也は苦笑しながら床に視線を落とした。窓から差し込む朝日によって、そこには家具の影がうっすらと見えた。しかし、雪也の影はどこにもない。


「まだ、治らないですね」


ミラに訊かれ、雪也は頷いた。


白狐と戦ってから一番変わったのは、雪也の体質だった。影を失った雪也は普通の人間達から認識されなくなっていた。レジに並んでも、学校に行っても誰も雪也に気付かない。透明人間になった気分だ。


これは一時的なものだと祖母に言われている。妖怪の力を急に使い過ぎて、彼の存在が妖怪側に近付いたのだ。元に戻るには、雪也の影から生まれたナイフを影に戻せばよい。しかし、一番の問題はそのナイフがどこを探しても無いことだ。


「七日前までは、ちゃんとあったんだ。寝る前に、僕の机の上に置いておいたんだよ」


苦笑しながら雪也が言った。ちなみにミラが雪也のアパートに越してきたのは3日前で、彼女が隠したとも思えなかった。


「あのナイフを失くしてから、雪男としての能力も弱くなっちゃった。一刻も早く、あのナイフを探さないと」


部屋中を探したが見つからなかった。考えられるのは、誰かに盗まれたか、ナイフが自分の意志でどこかに行ってしまったのか。ちなみに祖母は後者の可能性が高いと言っていた。自分の能力が勝手にどっかに行ってしまうのは、未熟な妖怪にはよくあることらしい。


雪也は朝食を食べた後、すぐに出かける支度をし始めた。雪也は毎日、街を歩き回っていた。自分の能力を探すためだ。何となく、遠くには行っていない気がするのだが、正確な位置までは分からない。


「アタシは『ヤオヨロズ』の職員に雪也様のナイフを見かけなかったか訊いてみます」


ミラは洗い物をしながら、そう言った。


準備が終わると、雪也は外に飛び出した。もうすぐ5月になるというのに、外には依然として雪がたくさん残っていた。昨日の夜、雪が降ったらしく道路にも雪が積もっていた。誰にも気付かれること無く、雪也は雪に足跡を残していく。


「誰か、僕の声が聞こえる人はいますか? 僕の姿が見える人はいませんか? 僕のナイフを知りませんか?」


雪也の声は誰にも届くこと無く、雪のように景色に溶けて消えてしまう。






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