氷の武器
螺旋階段の床も壁も天井も氷りついていた。階段は氷の上に雪が積もり、天井には巨大な氷柱が垂れ下がっていた。雪はミラにも降りかかり、彼女を苦しめていた炎も消えていた。
辺り一面を雪景色に変えてしまった雪也の地面を、白狐が一瞥した。雪也の足元には影が無かった。
「妖怪としての力を使えるようになったみたいだね」
「ええ。アンタみたいな下級妖怪程度なら倒せる気がするんだ」
「でも、そんなちんけな力じゃ俺には通じないよ」
白狐は雪也が持つナイフを見て言った。雪也が右手に持つナイフに視線を落とし、「そうかもしれない」と笑った。それから左手を開き、掌へナイフを突き刺した。血は流れず、そのかわりナイフに薄らと赤みが差した。刀身から、血を吸うようにドクドクと音がした。数秒後、ナイフを引き抜いた。ナイフで刺した左手には血が流れない。傷口が凍っていた。
「母は言った。無暗に人を殺してはいけないと。でも、人喰い狐なら殺してもかまわないよな気がする。そうだろ? ミラ」
ミラが頷いた。
「殺意こそが貴方の起源です。雪姫ならば『今の貴方には力があるのだから、自由に殺しなさい』と言うでしょう」
赤く光るナイフを水平に構えた。ナイフの先端から一本の氷の剣が生まれた。ナイフがドクン、ドクンと脈動した。まず柄が赤く染まった。柄には赤を基調とした装飾が施され、刀身は銀色の光を放ち始めた。本物の剣そっくりだった。剣が白狐に放たれた。炎の狐が現れ、剣が突き刺さった。狐が吠えた。
「今のは何だ? 氷でできているとは思えないな」
「僕の血を混ぜたからね。もはやただの氷の彫刻ではなく、剣になったんだ。それもただの剣じゃない。氷属性の名剣だよ」
「だからと言って、それがどうしたんだ? そんなので俺を倒せると思ったのか?」
「思っているよ」
雪也の周囲にいくつもの剣が現れた。びっしりと空間に浮かぶ剣が一斉に白狐に襲いかかった。白狐の前に控える炎の狐が炎の弾丸を吐きだした。剣と炎がぶつかり、轟音が轟いた。炎の弾丸は、剣の矢を全て撃ち落とすことが出来ず、無数の剣が狐に刺さった。本体である白狐が貧血でも起こしたかのように、くらりと揺れた。
ナイフから少しずつ赤みが薄くなっていた。それに気付き白狐が、笑みを浮かべた。
「もう限界かな? 雪也君」
「……」
「そろそろ君を喰い殺してやろう。最後に何か言い残すことはないか?」
「アンタは人殺しをどう思う?」
「人殺し? 最高に楽しい娯楽だよ。人間をいたぶれば絶叫してくれる。その音は綺麗だし、悶え苦しんでいる姿は滑稽だ。そんでもって肉も血も美味い。聞いて、見て、喰って、呑んで。いろんな楽しみ方ができるんだから。雪也君、君も妖怪の業を引いているんだから分かるだろ?」
「何となく」
「ふふ。そして君もこれから俺の娯楽になるんだ。楽しませてくれよ」
雪也のナイフが脈動する。ナイフから血の色が消えた時、地面から巨大な白い蛇が現れた。蛇は炎の狐に巻きつき、しめつけた。
炎の狐の動きが止まり、雪也は走り出した。右側に飛び、壁へと足を伸ばす。靴と壁を氷らせ、壁を走り、天井まで駆け上がった。そのまま白狐の真上へと移動し、天井にぶら下がる氷柱をいくつも落とした。
「舐めるなぁ」
白夜が叫び、彼の手から青い炎が生まれた。炎を放ち、氷柱を消し飛ばした。
雪也は白狐の背後に飛び降りた。すかさず右手に握っていたナイフを投げつけた。ナイフが白狐の肩に突き刺さった。白狐が悲鳴を上げた。
突き刺さったナイフが脈動した。白狐から血を呑み始めたのだ。白狐が手を伸ばし、ナイフを引き抜こうとするが、ビクともしなかった。まるで凍ってしまったかのように、ナイフと肩が固まっていた。
「どうなっている? 抜けないぞ。こいつ」
慌てふためく白狐。ナイフは勢いよく血を吸い、白狐の表情が青白くなった。
途端、白狐から白い煙が上がった。煙の中から一匹の白い狐が現れた。狐の前足にはナイフが突き刺さっており、ぐったりと倒れ込んでいた。狐は「消えたくない、消えたくない、消えたくない」と呟いていた。しばらくしてその声も途絶え、狐はナイフによって氷漬けにされた。雪也はナイフを引き抜いた。刀身はわずかに赤みを帯びていた。
「殺される気分はどう?」
雪也は問いかけたが、白狐からの返答はもちろん無かった。
炎の狐も形を失い、ただの炎の塊となっていた。雪也が生み出した白い蛇は炎に焼かれ、こちらも倒れていた。