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殺戮王  作者: 如月
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雪の妖怪

「雪也はさぁ。醒めているっていうか、冷たいというか、心がカチカチに氷っているんだよね。なんっていうか、人間らしくないよ」


遠い昔、母が言った。雪也はまだ幼稚園児だった。


雪也とその母はリビングでかき氷りを食べていた。母のには赤いシロップ、雪也のには青いシロップがかけられていた。


「いつも、言われたことだけやっていてまるでロボットみたい。もっと幼稚園児らしく、自分の欲求に従って生きてみたら? 何かしたいこと、やりたいこととかないの? 欲しいもの、食べたいものはないの?」


母がやれやれといった調子で笑った。幼い雪也は首を傾げた。自分がしたいことについて考えてみた。


「お金が欲しい」


「へぇ。何か、欲しいものでもあるの? ちなみにうちは女手一つでアンタを育ててるから余裕はないけど」


「欲しいものは無いけど、お金は必要なものだから」


「あぁ、もう。そういうところが人間らしくないのよ。もっとさぁ、自分が楽しくなるようなことを考えなさい」


母に言われてもう一度考えた。


食べたい物は特にない。雪也には好物というものがなかった。食べ物で「美味しい」と感動した経験が無いのだ。ただ、不味いという思いはしたことはある。熱い食べ物ほど不味いと感じた。ちなみに冷たい食べ物は美味しいと思わないが、食べやすいという感覚はある。これも彼が雪の妖怪だからかもしれない。


したいこと、やりたいこともピンとこなかった。


黙り込んだ雪也の耳にテレビの声が入りこんできた。テレビではニュースキャスターが凶悪な殺人事件について報道していた。


腹の底から妙なものが湧きあがった気がした。


「殺してみたい」


ぽろりと言葉が出た。怒られるかと思い、母を見上げた。


母はクスリと笑った。


「やっぱりアンタは私の子なんだねぇ」


優しげに言われて、雪也はぽかんと口を開けた。


「私も妖怪だから、生まれたばかりの頃はそんなことばかり思ってたよ」


「雪女だもんね」


「ええ、そうよ。人間が嫌いな妖怪は多いけど、雪女はその中でも人間嫌いが激しいのよね。強い殺意を抱いてしまうくらいに。特に、男に対してはね」


「でも、僕は雪女じゃないよ。男だよ」


「あら、そうねぇ。だったらアンタは女に対して殺意を抱くのかしらぁ?」


「別に、男でも女でも動物でも妖怪でもいい」


「あら、そうなの」


残念そうな声を母が上げた。


「でも、人を殺すのはちょっと難しいわねぇ」


母は何故、人を殺してはいけないのか説明してくれた。道徳的なものではなかった。人を殺すことで、人間達に雪也の正体が露見してしまう危険性を説くものだった。


雪也も母の話に納得し、何かを殺すことはなかった。


物分かりの良い息子を見つめ、母が苦笑した。


「やっぱりアンタは妖怪側だねぇ」



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チラチラと雪の舞う空に飛びあがってから、雪也はマンションの壁へと足を伸ばした。壁と靴を氷で固定するためだ。接触した瞬間、強い衝撃が走る。氷で固定するのに失敗したのだ。靴の裏の氷によって、つるりと滑っていく。


「っ」


雪也は壁に対して、垂直の格好で真下に滑っていった。その間も、靴と壁を氷で固定するよう努めた。スケート靴がブレーキをかける時のような音が響く。


地面すれすれでスピードは緩くなり、怪我無く下りることが出来た。


真上を見上げると、白狐の姿は無かった。


(諦めたのか。それともミラの方へ行ったのか)


『漂流者』であるミラの方へ向かった可能性が高いと思った。ミラの方が『殺戮王』についての知識をもっているため、白狐にとっては優先度の高い獲物のはずだ。


雪也は祖母に電話をかけた。祖母は日本において影響力のある妖怪だ。彼女にたのめば今の状況を何とかしてくれるのではないかと考えたからだ。しかし電話は繋がらなかった。


ふと嫌な予感がした。もしかしたら祖母も『殺戮王』に関わる人間を殺そうと考えているのではないか、と。もしそうであれば、下手に今の状況を説明するわけにはいかない。祖母に斬り捨てられるかもしれない。


「口封じするために、白狐を殺すしかないな」


殺す、という言葉を口にして何故か懐かしい思いがした。腹の底から妙なものが湧きあがってくる。雪也は本物の妖怪である白狐に対してもう恐怖を抱いていなかった。むしろ、あの狐を氷柱で串刺しにし、グチャグチャにしようと考えていた。そうすれば人間らしく自然に笑えるんだろうなと思った。


雪也の真下に真っ黒な影が出来あがった。影は浮かび上がり、透明な氷へと変化していく。氷は美しいナイフへと姿を変えた。


ナイフを掴み、影を失くした雪也はマンションの玄関へと向かった。


エントランスに入った時、女性とすれ違った。右手に抜き身のナイフを持つ雪也に視線一つ向けてこなかった。まるで女性には雪也は視えないようだった。


やっぱりアンタは妖怪側だねぇ、そんな声が脳裏をよぎった。





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