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第七話 決断

「あぁぁぁっ!!」


 竜は炎を纏った拳をバッファローに叩きつける。落下の勢いも加わり凄まじい威力だ。幼女を捕らえ、舌舐めずりをしていたバッファローの巨体が僅かに揺れた(・・・)。たったそれだけだった。一方でユウガは跳ね返された衝撃を受けて苦悶の表情を覗かせる。


「ユウガっ!」

「ウルァ!」


 拳を振り抜くことで衝撃を外に逃がし、その勢いで身体を反転させ踵落としを叩き込む。しかし、学校の校舎を彷彿とさせる巨体は揺るがない。未だ幼女に視線は釘付けだ。


「っ、刺すか」


 先端が尖った氷を作った竜はそれをバッファローの皮膚に突き立てる。抉るようにして体内に氷を捩じ込み、そこから魔法を展開する。


「張り巡れ氷の根」


 ピキピキと音を立てて氷の魔力がバッファローの体内へと侵入していく。


「ブルゥン!」

「ぐわっ!」


 バッファローは前足を高々と上げて竜をふるい落とした。


「っ、おい、逃げろ!」

「う、動けないよ!」

「チッ!」


 宙に投げ出された竜は足場に氷を作り、空を跳躍し、拘束時に足を怪我したらしい幼女の元へと駆けつける。


「逃げるぞ」

「うんっ、でも逃げ場なんてある?」

「分かんねえけど、手は打ってある」


 幼女を背負い地面に溜まる血を蹴りながらバッファローから距離を取る。


「フッ!」


 素早い呼吸のあと、バッファローの前足が地面に叩きつけられた。グラグラと地面が振動し、壁からパラパラと瓦礫が落ちていく。


「くそ、鬱陶しい!」


 竜は頭上に氷の壁を作り落石を弾いて身を守る。バッファローは竜を敵と認識したようで、刃物のような眼光をギラつかせている。


「ねぇリュウ、ヤバいよアレ……。『厄災』化してるよ」

「なぁ、厄災ってなに?」


 ふるふると怯え、幼女は竜にキュッとしがみつく。竜は何度か出てきた『厄災』という単語に、頭に"?"を浮かべている。


「自然災害とか、人類に危機を与えるくらいの力を持った連中を『厄災』て呼ぶの」

「そんなもん止めれんのか?」

「今なら可能性はあるよ」


 背筋に嫌なものを感じ、竜は苦笑いでバッファローを見た。フンスーッと荒い鼻息を漏らしている。今にも突貫しそうな勢いだ。


「……ちょっと俺に雷撃ってくれ」

「なんで?」

「たぶん、受けた属性の魔法は使えるんだよ。ドMな力だが、やるしかない」

「わ、分かった、軽くでいいよね?」

「もちろん」


 バチィという音と共に竜にピカチ○ウばりの電撃が直撃した。


「アヒッ!?」


 ビクン、と身体をビクつかせた竜の体内に痛みが駆け巡る。神経を直接撫でられるかのような不快感と他とは比べものにならない激痛が竜の身体に迸った。


「いってぇ……お前何者だよ」

「名前はないって」

「そういう事じゃなくてだな」

「そうだ! この戦いが終わったら名前付けてよ」


 場に戦慄が奔る。竜の頬はヒクついている。明らかに死亡フラグだからである。


「ま、まぁ、そのうちな」

「えぇ〜」

「煩い、来るぞ!」


 バッファローは角に不穏な黒い靄を携え、猪突猛進に竜たちに向かい突進した。竜は直撃を避けんと真横に疾駆する。しかし、数秒で長い距離を稼げるはずもなく、明らかに足りない。


「遅い!」

「うおっ」


 見かねた幼女が進行方向とは逆に稲妻を射出し、反動で半ば吹き飛ばされる形で突進の直撃コースから逸れた。


 体勢を崩し、ゴロゴロと転がる二人。幸い、地面の血のおかげで怪我はなかった。


「うっ、生ぐちゃい……」

「仕方ないわ。だが、あれ見ろ」

「ん?」


 竜が指差した先には角を壁に突き刺して抜けないバッファローの姿があった。


「詰みだな。魔力はあるか?」

「もう殆どないよ」

「なら、俺が倒れないギリギリまで取ってくれていいぞ」

「ほんと? じゃあ遠慮なく!」


 カプッと竜の首筋に噛み付いた幼女はチューチューれろれろと血を吸っていく。


「……コレどうにかならんもんかね」

「ん? チューでもいけるよ?」

「アウト!」


 魔力の補給を終えた幼女を降ろし、竜が考えている事を説明する。


「なぁ、アイツの背中に氷が刺さってるだろ? それをお前の雷で撃ち抜いてくれ」

「いいけど、なんで?」

「遠隔操作で血管まで氷を届かせた。それにお前の電気があれば、外は頑丈なアイツでも問答無用で感電死する」

「うんっ、やってみる!」


 燦然と煌めく黄金色の髪の幼女は手を翳し、氷を狙い雷を撃ち出した。空気を焦がす雷光は、バッファローの背中を捉える事はなかった。タイミング良く、角が抜けたためだ。


「あぁっ、惜しいな」

「ごめんなさい……」


 悔しがる一方で幼女は酷く落ち込み……それ以外の念も入り混じった声色で謝罪をした。竜は何も言わずに頭を撫でた。


「うぅ……怒らないの?」

「怒らねえよ、誰でもミスはあるだろ。それに、さっきのは誰がやっても無理だ」


 大きな手でわしゃわしゃと撫でられる心地よさに目を細める幼女。早くも信頼関係が構築されているのかもしれない。


「……さ、次だ。次で決めよう」


 再び幼女を背負い、逃げの体制に入る竜に、バッファローは「次は外さん」と言わんばかりに前足を地面にガシガシしている。


「さぁ、来いよ!」

「ブルルウゥン!!」


 バッファローがさっきより更に速度を上げて突進する。一方で竜も、同じ攻撃に対応し、スタートを早くして対抗した。しかし、間に合わないものは間に合わない。同じく幼女もまた稲妻を撃ち出してすんでのところで避けた。だが、バッファローは急停止し、向きを反転し追撃をした。


 間髪入れずの連続攻撃に竜は対応しきれない。視線を左右に揺らすが逃げ道はなさそうで歯噛みする。


「ヤバいな……」

「確か、牛さんって赤いマントをひらひらすればそっちに行くんだよね」

「あぁ……やるしかないか」


 なぜ知っている。という雑念を頭の隅に追いやり、半ば投げやりに火の玉を真横に投げ飛ばすと、バッファローはその勢いのまま方向転換しようとして転倒した。


「……マジかよ」

「じゃあやるね」


 落胆の表情を見せる竜を尻目に幼女は稲妻を撃ち出す。それは確実に氷の的に直撃し、バッファローはビクンッと身体を揺らした後、活動を停止した。念のため、竜がもう一発ブチ込んだが、衝撃に揺れる以外に反応はなかったため、そう判断した。


「呆気ねえなぁ……」

「ねぇリュウ、私の名前、考えてよっ!」


 目を爛々と輝かせておねだりをする幼女。完全に竜を信頼しきっているようで、胸元に飛び込んでそのまましがみついている。懐かれていることを察した竜は苦笑いでそれを受け止めた。


「そうだなぁ……雷と掛けて、"ライサ"とかどうかな」


 我ながら安直だなぁ。と竜は次の案を考え出す。幼女はその名を幾度か口ずさみ、頷いた。


「そっか! じゃあこれからは"ハルノ・ライサだねっ!」

「えっ、俺の苗字使うのか!?」

「なら苗字はどうするの?」

「その辺はテキトーに付けときゃ……」

「うぅ……嫌なの?」

「ぐぅ……もういいよそれで」


 竜は幼女ーーライサに勝てそうになさそうだ。


 それから二人はもう一度氷の螺旋階段を作り、魔王城へと出たのだった。


 ★


 チヨに落とされた部屋に出た二人。絨毯が滴る血で汚れていくが、二人は今更そんな事は気にしない。ただ、竜は体力の消費が激しいようで大の字に寝転んだ。顔の頬は緩んでいる。


「生きて帰ってきたぁ……マジで死ぬかと思ったわ。チヨとかいう奴絶対許さねえ。ソルテて、塩かよ」

「塩? 色々あったんだねぇ」


 竜のお腹の上で同じくダレているライサは相槌を打つ。もはやこの部屋自体の空気がゆるゆるになっている。


 ガチャ


 なんの前触れもなくドアが開いた。すぐに警戒する二人が見たのは、魔王様ことルビリアだった。


「うおぉ!? お前……」

「ルビリアか。なんだよそんな申し訳なさそうな顔して」


 どれだけ善戦をしてもルビリアには敵わぬ事を理解している竜は警戒を解き、ルビリアの表情を指摘する。


「ん? リュウ、誰?」

「現役魔王様らしい」

「らしいとはなんだ! 私はれっきとした魔王だぞっ!」


 ぷんすかと怒るルビリア。だが、その元気もすぐに彼方へ消えた。


「まぁ、それは置いといて、すまなかった。家臣が地下の処刑場に落としてしまって」

「死にかけたんだけど」

「すまない……」


 行き場のない苛立ちを抑える一方で魔王の威厳の行方が気になる竜。幼女はキョトンとしている。


「その幼子は?」

「その、処刑場だっけ? そこで拾った」

「お前……厄災を手懐けたのか」


 皮肉げに告げるルビリアだが、バッファローの件もあり、厄災の凶悪さは竜も身に染みている。あれで半端なのだから本場の厄災はどれほどなのか……。


「あれ? ライサお前厄災だろ? なんでバッファロー……牛に勝てないんだ?」

「……」


 一転、沈鬱な表情になるライサ。


「リュウ……」

「リュウというのか。リュウよ、今はやめてやれ」

「そうだな……」

「うむ。そしてリュウよ、決まったか?」

「あぁ、嫌だよ、そんなもん御免被る。人間だから不意打ちとかに使うつもりだろ? 今はコイツもいる。それに、あんなバケモンと戦うくらいなら平和に暮らすね」


 言葉こそキツいものの、目は優しげにライサを見つめている。ルビリアはそれに納得できる何かを見つけたのか、食い下がることはなかった。


「そうか。……だが、この先、腑に落ちない事は当たり前のようにある。それはどうするつもりだ?」

「気に入らないならぶっ壊すつもりだ」

「ふふ、そうか。なら」

「……あぁ、魔族に迷惑は掛けないし、できる限りの事はしてやるよ」

「ありがとう」


 年相応の可愛らしい笑みを見せるルビリア。しかしそれまでの余裕のある口調に、幾らかのカードがあるのを見据えていた竜は肩を竦めた。


「本当ならあの後、家臣たちを紹介しようと思ってたんだが、見たくないだろう?」

「気は進まないなぁ」

「うむ。そうだと思って馬車を用意した。それで森の奥の魔法使いの家まで行くがいい。そこで魔法を学んで、あとは好きにしろ」


 ルビリアがここまで竜に入れ込むのにはそれなりの理由があるわけで。竜もまた、多大な才能の持ち主なのだ。


「何から何まで助かるよ」

「感謝は行動で返してくれたらいい。……渡しておく物がある」


 そう言って取り出したのは狐を模した"仮面"と複雑なラインが入った幻想的な"腕輪"、そして背負えるタイプの"カバン"だった。


「仮面は顔バレ防止用だな。その腕輪は私との連絡用だと思ってくれ。カバンは、収納用だ」

「腕輪は要らないかな」

「なんで!?」

「あはは……ごめん」


 本気でショックを受けているルビリアを見て、竜は謝る。


「こほん。その腕輪を見せると、魔族領には入れるから重宝するんだぞ」

「おーけー」

「それじゃ、用意もできておるし、厄介払いでもしようかの」

「酷い言い方だな」


 お互いに冗談を交わした後、馬車が待機してある場所に案内された二人。


「それじゃあな。暇になったらぶっ壊しに来てやるよ」

「冗談は顔だけにせい」

「本当酷いなっ!」

「くくくっ、まぁ、リュウよ。その名が全世界に知れ渡る日を楽しみにしておるよ」

「そんな大きいもん持ってねえよ。じゃ、また」

「うむ」

「ヒヒィィン!」


 馬が「早く乗れよ、待ちくたびれたぜ」と鳴き、竜は馬車に乗った。パカラパカラと馬が走り出し、少しずつ魔王城が遠くなっていく。時折、竜が振り向くと、ルビリアはいつまでも見送っていた。

閲覧、評価ありがとうございます。


これで魔王城とは一先ずさよならです。次は人間領と魔族領の狭間。どんどん人間領へと向かっていきます。


質問やアドバイスお待ちしています。

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