表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第五話 試練

地の文が難しい……。

 案内された部屋は青が目立った。青い絨毯や壁紙が敷かれ、真ん中に鎮座するベットも青い毛布が掛けてある。しかし、天井のシャンデリアのような物のおかげで沈鬱な空気はない。


 縦、横共に十メートルはある部屋の片隅で壁に背を預け、竜はただひたすら思考していると、ガチャとドアが開く音が響き、部屋に入ってくる人物がいた。


「春野 竜君。調子はどうですか?」

「……大丈夫」


 橙色の髪の女性は竜の顔を覗き込むようにして微笑んだ。


 竜はそれをチラと見上げ、相手の行動を訝しむ。


「そんなに警戒しないで下さいよ、悲しいじゃないですか」

「……」


 女性は柔らかな物腰で竜との会話を試みている。


「信用できないんだよ。聞けば、昔人間と諍いがあったらしいじゃないか、直接は関係ないとしても、種族に恨みを持つ奴もいるんだろ?」


 完璧な笑みを作る女性を不安と警戒が混じった瞳が捉える。精悍な顔立ちをした女性の笑みは魅力的なのだが、そんな余裕がないのか特に表情も変えることなく視線を逸らした。


「私はそんなに矮小な器してませんので、安心して下さい。ただ、私は竜君とお話がしたいだけです。少し、竜君の故郷が気になりまして」


 さりげなく"竜君"を連発する辺り、あざとさが目立つ女性だが、竜の意識が向けられたのは何気なく発された"故郷"という単語だった。


 身元がバレているのを感じ取っていた竜は、「あの魔王(カオス)言いふらしやがったな!?」と頭が痛そうに顔に手を当てている。なにやら自分が興味本位で解剖される姿でも幻視しているようだ。


「はぁ……。愚問かもしれないけど、なんでそう思ったんだ?」

「もちろん、輝くような笑顔のルビリア様に聞きました」


 魔王の笑顔は幸せ効果でもあるのか。そんな思いが過るほどに背後にお花畑が見えるほどに女性は幸せな顔をしている。魔王の謎が順調に迷宮化していく。


「あー……うん」

「それよりっ、故郷の話!」


 女性に好奇心に目を輝かせて催促され、特に拒否する理由もないため、竜は静かに話し出した。


「俺の故郷、日本は海に囲まれた島国で、都市部は人口密度がイカれた国だったよ」

「うんうん」

「……」

「それで?」

「平和だった」

「うん」

「……」

「それだけですか!? ちょっ、遠い目してますけど、あなた故郷になんの感慨も抱いてないでしょう!」

「……夏は暑かったなぁ」

「ほら! "夏"とかまだ補足説明の余儀があるじゃないですか!」

「暑いだけだ。以上」


 竜は「思い出しただけでも汗が出てくるぜ」と手で顔を仰ぐ。ただ、いつのまにか竜の瞳から警戒の色が薄れているのは流石といったところか。雑な対応にむすっとしている女性だが、何かを思い出したように竜の前に正座した。


「そういえば、言っていませんでしたけど、私の名前は"チヨ・ソルテ"。チヨと呼んでください」

「う、うん」


 なんとも今更感のある自己紹介に竜はどもる。


「じゃあ、チヨさんで」

「もう、竜君ったら照れちゃってぇ」


 チヨは顔に手を当て、恥ずかしそうに竜を突っ撥ねた。


 それは、余りにも自然な行動だった。


 ガコンッ!


 何かが外れるような音が響くと同時、竜が背を預けている壁が消え、座る床が九十度持ち上がった。


「ッ!?」


 声にならない呻きと共に、竜は咄嗟に壁に手を伸ばす。しかし、その先に待っていたのは完璧に作られた笑みを崩し、不気味に口元を歪め、瞳に挑発的な意思を灯したチヨだった。


「抜け出せたなら一人前ですよッ!」


 竜を呑み込まんと、光のない闇が背後で大口を開けて待ち構えている。脊髄を舐められるような不快な寒気が竜を襲った。引き摺り込まれぬよう、何とか壁際に指を引っ掛けて落下を防いだ。


「"炎よ"」


 だが、追い討ちを掛けるように、チヨの手から勢いよく飛ばされた火球が両の手を焼き、ジュウ、と鉄板に油を注いだ時のような音と、手を焼かれる痛みに反射的に手を引っ込めてしまう。


 そうなれば、待つのは自由落下のみ。どんどん遠くなる光に血の気が引き、顔が引き攣る。しかし落下に抗う手段は竜の手にはない。迫り来る死の恐怖に歯を食いしばり、いつ来るやも知れない闇の底との衝突に覚悟を決める。


 そうして何秒経っただろう、遂にその時がやってきた。ばひゅう、というなんとも間の抜けた衝突音が遠くに響き、落下の勢いを吸収しようと、地面は深く沈んで、沈んで漸く沈下が止まると、次はバネのように跳ね上がった。


 幾度かそれを繰り返すと、反発も減り、終いには高反発のベットのような反発性と、ゴムのような感触を保ち、完全に衝撃が殺された。


 どうやら衝突死はさけられたらしい。ホッと息を吐く竜。もう上にも周りにも光はない。真っ暗闇で何も見えないが、複数の気配は鮮明に感じる。


 荒い鼻息や硬いもの同士が擦れ合う音、稀に遠吠えや鳴き声も竜の聴覚を刺激する。


 それが、得体の知れないものだと本能で悟った竜の警戒心はマックスになる。いつ手を出されても受け身を取れるように身構えるが。


「ウッキャァ!」

「ッ!?」


 それでも不意打ち気味に背骨が軋むほどの一撃が竜に届けられる。変な床の切れ目までなす術もなく転がっていった。背中に受けた傷が熱を持ち、そこから灼熱となって全身を駆け巡り、竜は体の内側から蹂躙される。

 竜を殴った生物は魔物。その名は"ファイアモンキー"火の属性に適性を持つ。


「ウギャァァ!?」


 絶叫が木霊すると同時、血飛沫が舞い竜にも多く血が掛かる。先ほど、声を出さなかったのが功を奏したのである。


 バリバリと氷を砕くような音を立てながら捕食するのは"アイスエレファント"と呼ばれる、氷に適性を持つ象だ。今もファイアモンキーを一度凍らしてからそれを喰らっている。


 ピィィィィン!


 蚊の羽音のような、超音波のようなものが反響した。その刹那、アイスエレファントは胴を真っ二つにされて崩れ落ちた。確かな手応えに歓喜したのか、"ウィンドモスキート"はさらにその羽音を強く響かせた。


 しかし、その瞬間には背後に顎を開く、全長なんぞ計り知れない長さの蛇がいたり。喰らったと思った次の瞬間には頭部と胴体が永遠のお別れをしたりと、次から次へと殺害捕食が行われていく様は、この世のものとは思えない光景だ。


 強烈で凶悪で、そして当然の、弱肉強食が極まった地獄絵図のような光景に、自分は食物連鎖の最底辺だという現実を突きつけられ、その上で自身の存在すら疑ってしまうような死の世界に竜は竦然と戦慄した。


(こんな所で生き残れるわけが……)


 僅かに、ほんの少し、竜の気配が揺らめいた。


 それに機敏に反応したそこの猛獣たちは、そいつを"敵"だと認識し、食物連鎖に巻き込んだ。


 動揺に我を失っていた竜はハッとして息を飲む。咄嗟に横に転がり回避しようとした。


 だが、そこにはアイスエレファントの絶対零度の吐息。前に出ていた両腕が瞬く間に凍結され、そのまま全身を覆うかと思われたが、巨大な蛇"ジャイアントスネーク"が象を食い散らしたことでそれは懸念に終わった。


 しかし伴う苦痛は両腕から、突き刺さるように全身を奔流する。血管に大きな針が幾つも入り込んだような激痛に苦悶の表情を浮かべながらも、素人臭いが、なんとか受け身を取りファイアモンキーの炎のパンチを回避した。


「ぐっ……チィ!」


 苛立たしげに舌打ちをかまし、目を吊り上げている竜。そうなっているのは、恐怖に満ちた感情の中、「生きたい!」と叫ぶ理性と「死にたくない!」ともがく本能が感情の表層に出てきているからなのかもしれない。


「冷たいな。溶けろよ」


 ギンギンと冷たさを超えて熱さを主張する両腕に目掛けた叫声に呼応するように、腕は過度の冷たさではなく本物の熱を放つ。


 内心、「ホントに溶けた」とほくそ笑む竜だったが、それを面にだす程の余裕も時間もなく、実際浮かんでいるのは焦燥だ。


 腕の感覚を確かめながら、左右に迫るアイスエレファントの突進とジャイアントスネークの顎を前に飛び込んでかわした。決して凹凸のない地面ではない為に切り傷やすり傷が体を傷つけ、色んな箇所から出血している。


 不意に竜の口元が歪む。


「キシェェェ!!」


 竜の背後には正面衝突したアイスエレファントとジャイアントスネーク。耳をつんざくような断末魔は、明らかに力負けしているジャイアントスネークに、アイスエレファントの牙が口から貫通しているからだ。それを最後に事切れる。しかし、アイスエレファントの顔を覆うほどの大口の牙が僅かに皮膚を突き破っているようで。その名の通り、像をも殺す毒を直接体内に注入されたアイスエレファントも、白目を剥いて息絶えた。


「俺だけがターゲットってわけじゃなさそうだな」


 一連の流れを半眼で確認していた竜はすぐさ視線を前方に戻し、警戒を強めた。


 次に突貫してくる者は猿。三匹同時に、三方向か襲いかかる。起き上がれていない竜は、一撃を覚悟して横に転がる。やはり、一匹が対応し、拳の軌道を変えたが、風の刃に切り裂かれた。


 冷や汗が背筋を伝う。無傷にホッとする竜だが、その体には傷口がないところが見当たらないほどに浅い傷ができていた。


 そんな一方で、ふつふつと湧き上がる魔力があった。体感できるほどの熱を、冷気を帯びた灼熱と凍結の力。


「……終わりの見えない時間なら、一か八かの賭けに出て見るか」


 それは、猛獣たちの数が増えている事を暗闇に慣れた目で見ていた竜の、己の傷と出血具合、そして底の見えない敵の数を考慮しての竜の決心だった。


「こんな所で無様に死んでたまるか。逃げるな、戦え!」


 竜は決死ともいえる現実の絶望を嘲笑うかのように口を裂いた。


 その一瞬後、頭上を彩る紅の向日葵が辺りを照らし出す頃には、ファイアモンキーの二つの首が飛んでいた。

閲覧ありがとうございます。


質問やアドバイス、お待ちしてます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ