第一話 リンチ
閲覧ありがとうございます。
色々至らない点があると思いますが、よろしくお願いします。
「……はぁ?」
そんな素っ頓狂な声が出るほどには、彼、春野 竜が見た景色は現実離れしいて非常識だった。
そこは町のような雰囲気で、石で造られたであろう民家が至る所に建てられ、隣接する通りを埋めるように簡易な屋台が所狭しと並んでいる。
しかし、竜が驚いたのはそこをごく普通に歩く獰猛な牙と猛々しく聳える角を持った生物だ。ファンタジーでよく見る『魔人』に酷似している。狐に化かされたような衝撃を受けた竜の思考に一つの可能性が過る。
もしや、ここは異世界なのでは、と。
竜は安全な場所は、と思考を巡らせるが、右も左も分からない、更に異種族の土地。そんな場所など到底見つかるはずもない。
視線を彷徨わせて人気のない所を探す竜。異種族とあればいつ襲われるかわからないためである。
突然、背後から首根っこを掴まれる。必死にもがいて抵抗するも、あり得ない力で竜は狭い路地裏へと引きずりこまれた。
「!?」
「クヒヒ……おい、お前、人間だろ?」
下卑た笑いにバッと振り向く竜の目に飛び込んできたのは、髪をモヒカンにした男と取り巻きの男二人。三人とも思いもよらぬ獲物にニヤついているようだった。
「だったらなんだよ!」
「死ねよ」
「グハッ!?」
モヒカンの死亡宣告と同時、取り巻きの一人から竜の腹部に火の玉が放たれ壁に打ち付けられる。
取り巻きが放ったのは魔法と呼ばれる力だ。
「魔族様の領土にクズ同等の人間が入って来るんじゃねえよ!」
「グフッ!」
「お前らのせいで俺の親父とお袋は死んだんだ!」
「ガハッ!?」
モヒカンは過去にあった事を竜に重ねて理不尽加虐に暴力を加えていく。
しかし、強い憎しみ、恨みが篭った言葉も暴行もついさっき来たばかりの竜には何も伝わらなく、なんの事か分からない。というのが本音だ。
竜は焼けるような腹部の痛みとモヒカンによって加えられた殴打の数々によって目も当てられないような状態になっていく。
(クソ……こんなトバッチリで死ぬのかよ!)
「なんだよその目はァ!」
突然の理不尽に見舞われた怒りの激烈に駆られ、抵抗の意としてモヒカンを睨むが、更に逆上して暴行は酷くなる。
「オラァ! 死ねェ! ……そうだ。もっと痛めつけてやろう」
「まぁ待て」
「あぁ? なんだお前……!?」
モヒカンの狂気に濡れた独り言のつもりだった発言に思いもよらぬ返答が返ってきたモヒカンは声の主を見て驚いた。
艶やかで長い髪をそのまま降ろし、魔女のような黒いローブを身に纏うルビーのような紅い目をした女性。モヒカンはその美貌と、珍しい尖った八重歯を見て更に驚き恐怖した。
この時にはほとんど意識のなかった竜はただ呆然と成り行きを見守る。
「あぁ、感づいたか。流石は魔人というかなんというか……。まぁ、察しの通り私は吸血種。という事で邪魔なんで消えてくれないか?」
「はぁ? そんな事できーー」
「黙れ。あれは『厄災』だ。俺たちじゃあどうにもならねえよ」
取り巻きの一人が威勢を張り、吸血種の女性に口を聞こうとするが、苦笑いで脂汗を流したモヒカンが静止を掛ける。只ならぬ雰囲気に取り巻きも黙るほかなかった。
モヒカンが引き攣った笑みで漏らした厄災とは、単体で圧倒的な力を持つ人間でも魔族でもない自我を持つ種族。この世界にあるギルドでの危険度は最上の特級を超える個体もいる。
「ほう、分かってるじゃないか」
その身に余るほどの威圧を放ちながら告げる女性を憎々しげに見た後、モヒカン達は逃げるように去って行った。
吸血種の女性は竜を舐め回すように見た後、何かに納得したように頷く。
「おい、名は?」
「……」
女性の問い掛けに答えられる気力が残っていない竜の口は動かない。それどころかおそらく女性の声すら聞こえていないだろう。
女性ははぁ、とため息をつくと「なら少し目を覚まさせてやるか」と言い、竜の頭を持つ。その目には怪しい光が宿っており、不気味に赤く煌めいている。
そして、虚ろな目をしている竜の首筋に噛み付く。
「っあ!?」
「んふふ、へんひはへはか?」
今までとは全く違う痛みに意識が覚醒する竜。実は女性が力を分けているのだが竜は知る由もない。
「っ、何て言ってんのか分かんねえよ!」
「おっと。中々に元気じゃないか」
竜はいつまでも首筋に噛み付いて血を吸っている女性の頭を押し返す。それに彼女は感心した様子だ。
「それで、お前の名は?」
「……」
この世界での名前がどれだけの価値があるのか推し量れない竜は黙り込む、万が一もあり得るためだ。
そんな様子を見た女性は竜に対する評価を更に上げたようで、上機嫌にニヤッと笑ってみせた。
「なら、私から言おう。私はヒナレード・ヴァイヴレッド。見ての通り吸血種だ」
そう言って鋭利な歯をチラリと見せる。先に名前を言われたのなら安心か。と竜は思い、口を開いた。
「……春野 竜。人間だ」
「ほぅ、竜か。いい名だな」
「褒めても何も出ないぞ」
幾ら警戒しても襲われれば負けるのは目に見えている竜は敵意も向けずに女性と会話する。だが、徐々に眠気が強くなる。これも急に吸血されたせいなのか。竜は途切れそうになる意識をつなごうとするが、女性の言葉が右から左へと流れていく。
「血が欲しかったんだけどなぁ。まぁ、上玉だから。あぁ、そろそろ眠気が強くなってきたか」
一人ペラペラと喋り倒していた女性は虚ろ虚ろな目をする竜を見て、それを知っていたかのように話を終える。
嵌められたかと恨めしい目を向ける竜に、女性は笑顔で告げた。
「おやすみ、また会おう」
と。
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