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結婚という名の一大事  作者: ここ掘れワン
7/11

7 親切は迷惑に通ず

「え?!なんで?!」


 自分が嫁に行くことと両親が仕事を辞めることがどうしても結びつかず声を上げたレティシアに、グレイが告げた理由はあまりにも意味不明だった。


「いろいろ面倒になったそうだよ」

「えええ?!」


 驚愕に空いた口が塞がらない彼女を、誰が責められるだろうか。

 娘が結婚したからといって、普通何が変わるわけではない。せいぜい家族が減ったり、縁者が増える程度のことだ。そんなことが面倒で仕事をやめるなど聞いたことがないと、困惑するレティシアにグレイは彼女が与り知らないところで起こっていた騒動を説明していった。


 あの、婚約破棄の後。


 騎士団長は長年の盟友が顔に泥を塗られたことに怒って、良くない噂の多かった元婚約者の不行状を調べ上げ未亡人との関係、妊娠を知ると早々に事実を明るみだし彼を左遷したのだという。その後はレティシアも知る通り、将来有望な騎士たちに次々婚約申し込みをさせてきた。

 公爵夫人もやはり親友の娘の悲劇(?)を聞きつけ、社交界の情報網を使って子爵令嬢の元婚約者を唆し入れ知恵し、訴訟費用まで与えて彼女を家ごと追い詰めた。そしてこちらもまた、己がこれと認めた貴公子たちにレティシアを娶って来いと命じていた。


 ここまでは両親も、それぞれの友を宥めて賺してなんとか事を丸く収めようと頑張っていたらしいのだが、最後の一人がいただけなかった。

 カモナカの最高権力者が、余計なことをしでかしたのである。

 元々、男爵夫妻には多大な借り・・・・・がある国王は、今回の騒動を好機と捉え予てからの青写真を実行に移してしまった。こともあろうか貴族たちが集まる議会で、自分には腹違いの妹がいることを正式に発表したのだ。


 ある事情から王の側近はこれを知っていたし、それとなく高位の貴族たちには情報を流してもいたので大きな混乱が起こらなかったのは救いだが、これで勢いづいた王は己の直轄地から妹に領地を与えるとしてさっさと手続きを済ませてしまったのである。おまけに伯爵位までつけて。

 幸いなことに国民への正式発表はもうしばらく時間を置いて欲しいという臣下の願いを王は聞き届けてくれたが、コーエン家は夫が男爵で妻が伯爵という位を持ち、その娘は相続人として、更には王家に連なる高貴なる姫として貴族中に知れ渡ってしまった。これでは民に知れるのも時間の問題だろう。


「…な、なんて迷惑な…」


 坂を転げる雪玉のように、どんどん大きくなる騒動に確かにこれでは色々が面倒になるだろうと納得したレティシアだったが、グレイはまだ終わりではないと恐ろしいことを言うではないか。

 戦々恐々涼しい顔の男を見上げれば、この後が重要なんだと芝居がかったため息とともに彼は不幸の元を吐き出した。


「現王には三人妹姫がいるが、いずれも幼いうちに他国に嫁いでいて国内に王族は王妃がお産みになった二人の王子だけだろう?そのうちの王太子はデンゼルの姫を正妃に据えたが未だお子はなく、二人いる側妃にもまたお子はない。第二王子も宰相の娘を娶ったが五年で生まれたのは姫がお一人。夫婦仲が良いせいか第二夫人を薦められても頑として首を縦に振らないとなれば、世継ぎを生み出す期待は残る王族にかけられる…意味はわかるね?」

「わかりませんっ」


 わかりたくもないと頭を抱えたレティシアは、やっと両親が”面倒”だと言った理由を理解した。

 他国に比べカモナカは驚くほど王族が少ない。王が王子だった時代に貴族の間で疫病が流行ったことが原因らしいが、前王の兄弟をはじめ王子や姫までたった一人の世継ぎを残してほぼ全滅しているのだ。

 あまりにも短期間に王族や貴族が死亡したことで国内では一時、存亡の危機だと騒がれたらしいが、代替わりした王に立て続けに王子が生まれると次第にその不安は消えていった。

 だが、早々に結婚した王子たちは何故か子に恵まれない。数年は静かに見守っていた国民も、近頃では新しく側妃を置いたほうがいいのではないか、いや第二王子にこそもう一人妃をと口さがなく噂するものまで出る始末だ。

 ここに新たな王族が登場などすれば碌なことにならないのは目に見えていると、そっぽを向いて現実を否定しようとするレティシアの、手を取ったグレイは続きがあるのだと深刻顔だ。


「我々民にもわかること、当然成り行きを予想していた陛下は、周到にも未婚の姪に最適な夫候補まで打診してみえた。ホーネイ将軍のご子息とは面識があるのではないかな?」

「…あー…紅顔の美少年…」


 よりにもよってと彼女の意識は一瞬遠のいた。

 今年、騎士団に入った見習い達は将来有望だと期待が大きい。元騎士団長の息子や、大臣の息子、侯爵家や伯爵家など大きな領地を継ぐ子供たちと、家柄が良く資産もあり結婚相手には最適と、娘を持つ貴族たちは色めき立っている。中でも目玉と言われるのが将軍の嫡子様だ。

 夫人が次々懐妊すれど生まれるのは娘ばかりで、いい加減本人たちも周囲も諦めたところにひょっこり授かった第七子である彼は、勇猛果敢と言われた父親が手塩にかけただけあり剣の腕は確か、母親譲りの輝ける美貌は対面したものが気後れするほどと、美辞麗句に事欠かない最優良物件である。

 だがしかし。


「わたしに、子供と結婚しろとおっしゃいますか、陛下は…」


 何度か父の使いで男爵家を訪れたことがある将軍の息子は、まだ十一歳の愛らしい少年だった。

 強くなりすぎて周囲に練習相手がいないからと最年少で入団した彼は、背はレティシアの胸元までしかなく、声変わりもしていない女子と見まごう美少年だ。

 十九の娘に夫として宛がうには無理がありすぎるだろうと、頭痛すらしてきたレティシアだったが、そうでもないとグレイは言う。


「この程度の年の差、貴族の間ではさして問題にならないだろう。ましてや本人が是非にと望んでいるそうだから」

「…将軍がですか?」

「いや、本人だ」

「ですから将軍様ですよね?」

「違う、息子の方だよ。トーマス様が、だ」


 理解しようとしないレティシアに噛んで含めるようゆっくり言葉を口にしたグレイを、その落ち着き払った真剣な顔を、殴り飛ばしてやりたいと思ったのは長い付き合いで初めてだと彼女は思った。

 八つも年上の女を妻にしてもいいと本気で考える子供がいてたまるものか。周囲に家の利益となるからと煩いくらいに説得されて仕方なく、が真相に違いないのにどうしてそう嘘を真のように並べ立てるのだ。


「からかって楽しむのはやめて。グレイ様だってこんな話、信じているわけじゃないでしょう?」


 馬鹿らしいと、レティシアは本気で怒っているのに。


「いや信じているよ。というよりも間違いなく真実だと知っている」


 何故か自信満々で断言したグレイは、何故年端もいかない少年が婚約者候補として推挙されたのかを教えてくれた。


 姪の破談騒動の裏で妹の復権を着々と進めていた王は、数少ない身内を合法的かつ平和的に王家に引き入れるため、王族の血にふさわしい青年貴族を物色していた。

 結婚を機に絶えて久しい公爵家を第二王子と共に興させ、王家を盤石のものにしたいと構想していた国王は、有力貴族の嫡男でも兄弟が地位を引き継げれば構わず候補に入れ、宰相の意見も聞きながら日夜検討を重ねていたのだが、そこに割って入ったのが息子の懇願に負けた将軍だったのだ。


 幾ら利益優先の貴族婚とはいえ、年の釣合いも考慮されるのは当然で、そう言った意味では将軍の息子はまず候補に入らない存在であった。レティシアの夫選定について知ったトーマスは、騎士団の寮を抜け出してまで父親に自分を候補に入れてくれるよう頼みに来たのだという。

 初めは必死な息子の様子に戸惑った父であったが、レティシアに一目惚れしたこと、どうしも諦めきれない夢にまで見ると切々と情に訴えられ、ならばと国王の元へ向かったのだ。


「…それで、子供のお願いを聞いてあげたの?お年頃の男性より優先して?」


 小さな子の初恋など、いつ心変わりしてもおかしくない淡いあこがれだ。全く現実味のない夢を叶えるため、大の大人が揃ってレティシアを人身御供に差し出したのかと益々怒りを深めた彼女を、そう言ってやるなとグレイは寛大に宥めている。


「面識もない利害関係ばかりが勝つ婚姻より、愛され望まれる方がレーテには良いだろうと仰ったそうだよ。父上と母上に向かって、陛下ご本人が」

「わたしの心は考慮されないのに?」

「うん、同じようにお二人もお考えでね。夫人の出生の秘密を無断で暴露したことを抗議しに行って、笑顔でこんなことを言われたものだから『約束破ったんだから、国を出るわ』と、珍しく激昂した夫人の宣言通り、我が館に避難して見えた。二日前の朝の、それが真相だよ」

「あー…うん、わかりました。どうりで変だと思ったのよね」


 家出癖のある娘ならともかく、先触れも出さずに両親が他家を訪ねるなど幾ら息子と可愛がっているグレイの館であってもあり得ない。なのに突然、しかも迷惑にしかならない早朝に玄関先にいたのはそう言う訳だったのか。


「でもそんな啖呵を切ったのなら、父さんも母さんも隠居どころじゃないわね。わたしが働いて面倒を見なくちゃ…」


 元より貧乏一家だ。職も家も失くした今後を心配した娘の真剣さを、だが笑い飛ばしたのは傍らの男だった。それはそれは愉快だとばかりに、ひどく珍しい大笑いをやっとの思いで引っ込めたグレイは、そんな心配は一切必要ないときっぱり請け合う。


「コーエン家は決して貧しいわけではない。仕事柄、市井に紛れるのが望ましかったから小さな家で使用人がいない生活をしていたがね。他にも貴族の暮らしは性に合わないことを理由にしておられたが、おかげで収入の大半が貯蓄に回ったのだから、残りの人生は豪華に遊び暮らしてもお釣りがくるよ。君が心配する必要はないさ」


 それは本日何度目かの初耳で、もう驚くことさえ疲れたレティシアは、代わりに深い深い溜息を吐くのだった。


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