002 初めての味
くんくん。良い匂い。部屋中に漂う幸せな匂いで目を覚ますと、そこはユナの知らない場所だった。このアパートのような木造建築はユナが住んでいる惑星にはない。
「あ、ユナが目を覚ました!!」
嬉しそうにバタバタと走り、台所で料理中のお父さんに話しかけていた。そして、声を高らかにしてユナが目を覚ました事を報告している。
「それは良かったね。ちょうど夕飯も出来上がったし、一緒にご飯を食べようか」
「うん!」
翔太朗は再びドタバタと走ったと思うと、ユナのところに戻ってきた。
「なんだ。ここは、それにこの良き香りは」
すると、ちゃぶ台の上にぐつぐつと音を立てた料理が皿に盛られた。その料理はジャガイモにニンジン、豚肉などが調理された肉じゃがという料理だった、無論、アララ星には肉じゃがなんて料理はない。初めて見る料理に、胸を躍らせて、『ぐうう』という大きな腹の音を鳴らすユナだった。
「そうか。外国には肉じゃがなんてないね」
「ユナちゃんも食べていいよ」
真っ白に輝く銀シャリもドカンと目に焼き付けられる。それほど、肉じゃがと銀シャリのコンボは破壊力抜群だった。
「わぬも食べていいのか?」
「モチロンだよ。君のために作ったんだから」
父親の崇文は笑顔で答えた。
「じゃ……じゃあ遠慮なく頂こう」
「ちょっと待って。ユナちゃんは箸の使い方分かるかい?」
「この地に降り立つ前、ここ日本の分化を学んだ。箸は使えると思う」
すると、ユナはいとも簡単に箸でジャガイモを持ち上げたのだ。これには感心した様子で崇文は頷いていた。
「凄い勉強熱心な子だね。翔太朗も見習ってほしいよ」
「僕は箸使えるよ」
箸を握りしめて御飯を喉にかきこむ翔太朗だった。
「さあ、ユナちゃんはお上品に食べてね」
「わ、わかった」
じゃがいもを恐る恐る口に入れた。その瞬間、この地球という地球の自然が脳内の映像として垣間見えた。それ程の自然の旨さと甘い味が口内に広がっていったのだ。あまりの美味しさにユナの目はウルウルと潤んでいた。
「おや、口に合わなかったのかな」
「違う。こんな美味い物を食べたのは初めてだ」
そう言って、二口、三口と肉じゃがを堪能するユナだった。
「ハハハ、それは良かった。僕も嬉しいよ」
「お父さんの料理は最高だよ。小説家より料理人の方が向いてる」
「実の子供ながら手厳しいな」
「小説家……なんだソレは?」
ユナは口元にご飯粒を付けて聞く。
「本を書いてお金を稼ぐ職業だよ」
「へえ。それは儲かるのか?」
「どうだろう。人によるかな」
「僕のお父さんは儲からない方だけどね」
「大丈夫だよ。今度の作品は凄いんだから!」
崇文は張り切った様子で声を大きくした。しかし、
「10年ぐらい同じ事聞いてる」
と、言い返されるのだった。
「いいや。今書いてる作品は本当に自信があるんだよ。書きあがったら真っ先に読み聞かせてあげるからね」
「僕、小説より漫画が好きなのに」
「うううう。小説の良さを分かってほしいな」
崇文は何やらションボリとしていた。
「大丈夫だ。絶対売れる!」
そう、励ましたのはユナだった。
「ありがとう。20年近く小説書いてるけど、自分以外に励まされたのは初めてだよ」
「わぬに手伝えることがあれば、なんでも言ってくれて構わんからな。わぬが住んでいたところでは一宿一飯の恩を決して忘れない風習がある」
「へえ、そうなんだ。それじゃ、何かあったら頼むね」
崇文は笑いながら言うのだった。