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拘束と強奪

 敬愛する夢野久作先生に捧ぐ。

 拘束される痛みにも慣れた。口に押し込まれたボールギャグは言葉すらも奪う。ただ一つだけ自由が許された眼には白い壁と鉄の扉しか映らない。

 どのような扱いを受けようとも、彼への愛は微塵も揺らぎはしない。彼からの愛がこの拘束だというのならば、あたしはこの理不尽すらも受け入れる、それだけだ。

 薄気味悪いほどに純白い壁には窓すらもない。あたしを守る為なのか逃がさない為なのか、それは考慮する必要もない。あたしが逃げるつもりなどないことを彼は知っている。だから、これはあくまであたしを守る為の拘束だ。

 拘束され続けることは辛い。何一つ変化がない空間は時間の感覚すらも奪い、思考も感覚も何もかもが曖昧になっていく。それは穏やかながらも連綿と続く地獄だった。

 だがそれに耐え得ること、それもまた彼への愛なのだとあたしは知っている。

 不意に、分厚い鉄の扉に備え付けられた小さな覗き窓が開き、そこから冷たい色を灯しながらも厭らしく垂れた目が覗き込む。

 小窓から覗く眼には、切れ長の一重、つぶらな二重、垂れ目、の三つの種類があり、こうして日に数度、扉の小さな覗き窓からあたしをじっと見詰める。その眼は常に冷たく、まるであたしを弄るかのように舐め回し、時折厭らしく歪む。

 あたしはこれらの中で特に垂れ目が好きではない。何かしらの好奇と、それよりも遥かに強い色欲が見えるからだ。

 あたしは彼に全てを捧げたのだから、他の何者にも触れられたくはない。それだけは決して許してはならない。あたしの存在意義も存在価値も全ては彼だけの為にある。

 垂れ目は厭らしく欲に満ちたその眼で、思う存分にあたしを弄ると、満足したかのようにそれを歪め小窓を閉じた。

 愛という言葉を突き詰めていけば果てにあるのは死だ。幾千もの愛の言の葉を告げようが、唇を、身体を重ねようが、真理としてその愛を確認する術などありはしない。

 ただ彼からの愛の欠片であれば触れることができた。だが、その触れるための方法が、一般的に見て間違いだったらしい。

 あたしは彼の両手両脚を拘束し、一つになりながらその首を締め上げた。苦悶に顔を歪める彼が漏らす「愛してる」という小さな悲鳴が嬉しかった。窒息しそうになる前に力を緩める。それを幾度も繰り返した。

 彼は何度もあたしの中に精を放ち、時に意識を失いながら、何度も愛の言葉を告げてくれた。真理としての愛がなければ、あんなにあたしに尽くしてくれるはずもない。

 彼の愛を確認した数日後、あたしは両親によってここに連れてこられた。両親はあたしに、「彼はお前を愛しているが、このままでは彼が死んでしまう」と告げた。

 あたしも彼が傷付き苦しむことが正しいとは思わない。だが、あたしは彼の傍にいる限り、彼の愛をこうやって確認し続けるに違いない。この行為を続けていけば、きっとあたしは彼の命を奪う。そうすることによって、彼と彼からの愛を独占しようとするだろう。

 ここで耐え続けること、それがあたしから彼への愛であり、きっと彼もあたしの愛の真理を理解してくれたはずだ。

 脳裏にあたしの下で苦悶を顔を歪めつつも恍惚とする彼の表情を思い浮かべた。あの時、あたしに告げてくれたあの愛の言葉さえあれば、あたしはここでこのまま朽ち果ててしまっても悔いはない。

 いや、悔いがないなんて嘘だ。本当は会いたい。けれどきっともうここから出ることはできないだろう。

 また小窓が開いた。覗き込む厭らしい垂れ目の背後から、馬鹿みたいに強い日差しが漏れている。季節は夏なのだろうか。

 何もかもを奪われたこの空間で、いつかあたしは壊れてしまうのだろう。

 それでもいい。それで構わない。あたしの傲慢な愛が彼を殺してしまうよりは、はるかにいい。

 不意に鉄の扉が重い音を立てて開き、欲に満ちた厭らしい笑みを浮かべた、小太りの中年男が入ってきた。そしてあたしに近寄ると、拘束着の上から乱暴に乳房を揉みしだき唇をも奪おうとするが、拘束着とボールギャグが邪魔らしく、垂れ目はあたしの拘束着を解き剥がし口からボールギャグを外した。

 あたしは甘えるように上目遣いで垂れ目を見上げ、拘束を解かれ自由になった手を垂れ目の顎に伸ばし触れる。

 あたしに愛を与えてくれた彼に感謝を、自由を奪ってくれた両親に感謝を、そして自由を与えてくれるこの愚かな垂れ目に感謝を。

 強引にあたしの唇を奪い舌を絡める垂れ目のそれを、力の限り噛み、食い千切りる。

 ゆっくりと立ち上がり、血の泡を吹きながら転げまわる垂れ目を見下ろしながら、あたしは嗤った。

 また、彼に会いに行ける、と――

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