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パラレル人生 ミジンコなボク  作者: IKEDA RAO
◆一つ目の世界 ・ とっても勇敢なボク◆
9/46

【 4 】



「……僕、そろそろ帰るよ」


「もう行くの?」


 ショーリの僕に対する警戒心はもうすっかり消えているようだ。


「うん。あまり長くこっちの世界にいないほうがいいと思うし」


「もし君がこっちにワープしてるんだとしたらさ、自分の世界に戻ってみたらすごく時間が進んでいた、なんてことになってたりして」


「エ――ッ!?」


 僕の顔が青ざめたのを見たショーリが「脅かしてごめん」と慌てて謝ってくる。

 ショーリは軽いジョークのつもりで言ったのかもしれないけど、もしショーリの言うとおり向こうとこっちの流れる時間が万一違っていたら……。

 元の世界に戻っても知っている人が誰もいなくなっている世界なんてそんなバッドエンドは絶対に嫌だよ!


「急いで帰る! あっ靴をベランダに置きっ放しだったから取ってくるよ」


 二階に駆け上がって靴を手にし、また急いで一階へと戻る。

 ショーリはお腹をさすりながら玄関先で待っていてくれた。そしてかがみこんで靴を履きだした僕の後頭部に向かって明るく話しかけてくる。


「ね、別世界の僕。最後に僕からも一つ聞いていいかい?」


「なに? 急いでいるから手短に頼むね」


「君も、もしかして君の世界の真柴さんが好きだったりする?」


「!」


 靴ひもを結ぶためにうつむいていた顔がカァッと瞬時に熱くなるのが分かった。


「ととと、とんでもないっ! あ、いやっ、そのっ、つまり、とんでもない、っていうのは別に真柴さんのことを嫌いだ、っていうんじゃなくって、あのその、こんなどうしようもない、救いようもないこの僕が真柴さんを好きになるなんてとんでもないっていう意味だからねっ!? もう恐れおおいにもほどがあるよ! こんなミジンコな僕がミス白百合とも言われているあんな素敵な真柴さんを好きになるなんて冗談でも思っちゃいけないんだ!」


 一気にまくし立てた僕をショーリは唖然とした顔で眺めている。


「君ってものすごく後ろ向きな性格なんだね……」


「ほっといてよ。そんなこと自分が一番よく知ってるってば」


「でもさ、結局は真柴さんのこと好きなんだろ? ただそうやって最初から何もしないで勝手に諦めているだけでさ」


 にこやかな顔で鋭いことを言うショーリ。返事が出来なかった。


「君にいい事教えてあげようか。僕なんかさ、初めて真柴さんと顔を合わせた時にあの人からなんて言われたと思う?」


「なんて言われたの?」


「“ この虚弱モヤシ男! ” だよ」


「うわー、それキッツイなー……」


「だよね。初めて真柴さんと出会った時も、あの人、今日みたいに通学途中に男に絡まれててね、通りがかった僕が助けようとしたら反対にボコボコにされちゃってさ。結局通行人が集まって来たから相手は逃げたんだけど、野次馬が誰もいなくなって二人きりになった時にビシッと指をさされて今の台詞だもん。しばらくポカンと真柴さんの顔を眺めていたよ」


「で、どうなったの?」


「いや、その時はそれで終わり。真柴さんはさっさと学校に行っちゃったし、僕はそのまま保健室に直行したしね」


「冷たいね真柴さん……」


「ううん、違うんだ」


 廊下の壁に背中を預け、笑うショーリの顔はとっても楽しげだ。


「後で保健室の先生から聞いたんだけど、あの日、僕が傷の手当をして教室に戻った後、真柴さんがこっそり保健室に来て、僕の傷の具合がどうだったのか、って聞きにきたんだって。詳しく話してほしいってすごくしつこく聞いてきたって言ってたからきっと心配だったんだよ」


「へぇ……」


「ちょっと素直じゃないだけなんだよね、真柴さんって。お礼を言いたいけど言い出せないからわざと反対の言葉で責め立てる。優しい言葉で話すとうっかり本音がでちゃいそうだからああやって強い言葉で自分を隠す。もうとっくに分かってるんだ」


「で、君は真柴さんのそういう所が好きだ、と」


「うん、そういうこと」


「真柴さんは何も言わないで帰っちゃったけど振られないといいね」


 するとショーリは少しだけ声を出して笑う。


「ありがとう。自分で自分に激励されるってのも不思議な気分だよ。でももし今回の告白がダメでも僕はまだ真柴さんを諦める気はないよ。真柴さんに彼氏でも出来れば諦めるしかないだろうけど、それ以外の理由なら僕は諦めない。もし僕自身に理由があるっていうならそれを取り除くために努力は惜しまないつもりだしね」


「その手始めがサンドバッグとかハンドグリップなわけ?」


「そう。あの人、声をかけてきた男にすぐにああやってケンカを吹っかけるようなことをするからさ、危なっかしくって見ていられないからね。とりあえずもっともっと強くなって真柴さんを守れるような男を目指すよ。皆から皮肉で呼ばれているショーリってあだ名が本当の意味になるようにね」


「へぇ……」


 僕は心の底から痺れていた。

 大きな赤い痣、その〝勇者の刻印〟を頬と腹につけたショーリは今は確かに弱いけど、その内とてつもなく強くなるような気がした。スケールのでかさを感じた。僕とは全然大違いだ。


「じゃあ、僕、本当にそろそろ帰るよ。色々とありがとう」


「君と話せて楽しかったよ。最初はあんなに警戒してごめん」


「いいんだ。ショーリも元気でね」


「君も。ねぇ、真柴さんの事、好きならそうやって最初から諦めないでさ、とりあえず一度は告白してみたら? 僕だって最初は全然相手にしてもらえなかったんだよ? 最近ようやく北原って呼んでもらえるようになったくらいなんだからさ」



 その問い掛けには曖昧な笑いでごまかして僕はショーリと別れた。

 すっきりした白い気持ちともやもやした灰色の気持ち。それらが心の中で不均等にミックスされる。そのどっちつかずの感触に戸惑いながら僕は急いであの空き地を目指した。



 

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