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パラレル人生 ミジンコなボク  作者: IKEDA RAO
◆一つ目の世界 ・ とっても勇敢なボク◆
7/46

【 2 】



 お互いの顔を見合わせて苦笑した後、僕らの間に似たもの同士の連帯感みたいなものが生まれた。

 そのおかげか今までオドオドした目つきで僕を見ていたこっちの世界のもう一人の僕、ショーリの態度がほんの少しだけ軟化し始める。そこで近くに転がっていたハンドグリップを手にして「ショーリってこれとか庭にあるサンドバッグでトレーニングしているの?」聞いてみると、「うんそうだよ」という答えが返ってきた。


「ふーん、でもその成果は出ていないんだね」


 僕のストレートなツッコミにショーリはちょっとだけ悲しそうな顔をした。


「そう言わないでよ。まだ始めたばかりなんだからさ」


「あ、ごめん! でもさっきはとってもカッコよかったよ。結局真柴さんは助けられなかったけどさ」


「もしかして君さっきの見てたのっ!?」


「うん見てた。一部始終ね」


「じゃあ一緒に加勢してくれれば良かったのに……」


「だってさっきの連中強そうだったし怖かったんだもん」


 口を尖らせた僕にショーリは呆れ顔だ。


「殴られて気絶した僕が偉そうには言えないけど、女の子が無理やりどこかにさらわれようとしてたんだよ? 怖いからって隠れて黙って見てるなんてダメじゃん」


 うわ、なんか新鮮! ミジンコな僕からこういう言葉が出るのを聞くなんて! 


「それで話は戻るけど、君は一体誰なんだい? 元の世界ってどういう意味?」


 あ、本題の事をすっかり忘れてた。

 そこで僕は自分の身に起きたこの不思議体験をショーリに教える。

 とにかくショーリは僕がドッペルさんじゃないかと焦っているようだからその辺りも安心させつつ話をした。そういや、ドッペルさんに出会ってしまうと死ぬ、っていう言い伝えみたいなのがあったっけ。


「……っていうわけ。だから僕はドッペルゲンガーじゃないよ」


 しかしせっかく緩まったショーリの疑惑の目がこの説明でまた元に戻ってしまったようだ。


「そんな眉唾な話、信じろっていうわけ?」


「でもそれ以外に今のこの状況を説明出来ないもん。だっておかしいじゃん、こんなにそっくりな僕らがいるなんてさ」


「もしかして僕には知らされていないだけで、実は君は生き別れた僕の双子の片割れ、ということも考えられるじゃん」


「もう疑り深いなぁ! 僕は一人で生まれてきたし、下に忠志(ただし)文武(ふみたけ)っていう弟がいるよ」


「うわ、僕の弟たちと同じ名前だ……」


「ねぇ信じてよ。僕は君だし、君は僕なんだ。たぶん住んでいる世界が違うだけなんだよ」


 ショーリは疑いと言う名のアイマスクを再び少しだけ上にあげ、その隙間から僕をしげしげと観察し出したようだ。そしてしばらく黙り込んでいたけど、やがてふーっと大きく息を吐く。


「……ところで君、その元の世界ってとこに帰れるのかい?」


「うん、ここに来る前にくぐってきた穴があるんだ。そこを戻ったら帰れると思う」


「それならいいけど。『 帰れないからここに居候させてくれ 』 なんて言われたらどうしようかと思ったよ」


 片頬の大きな赤痣を歪ませてショーリは笑った。


「ここのところ赤くなってるけど病院に行かなくて大丈夫?」


「そこまではいいよ。保険証とかどこにあるか分からないし」


「さっき、怖くなかった?」


「そりゃあ怖いよ。相手は大人でしかも二人だったし。でも殴られる恐怖よりも真柴さんを助けたい気持ちの方が全然上だったから、あの最中はあまり恐怖を感じてなかったような気がする」


「へぇ……」


 ……うーん、すごいなー、こっちの僕は……。

 帰る前にショーリの爪の垢をざっと三年分くらいテイクアウトして帰りたいぐらいだ。

 戦うなんてたぶん僕には出来ない。きっとさっきもショーリが来なかったら真柴さんが連れ去られる所を震えながら呆然と見送っていたに違いないんだ。

 うじうじとした気持ちでスクールシャツの肩袖をいじっていると、


「君のそのシャツって芽羊のスクールシャツ?」


 とショーリが僕の上半身を指差した。


「そうだけど?」


「芽羊の指定シャツってここの首周りが妙にゴワゴワしてて嫌じゃない?」


「そう? 僕、これしか持ってないから分かんないや。そういえばさっきショーリが着ていたシャツってこんな感じのシャツじゃなかったね。もっとパフッとした感じのシャツだった」


「うん。そうだ、良かったら僕のシャツを一枚上げようか? 待ってて」


 ショーリは僕の返事を聞かないでさっさと一枚のシャツを出してくる。

 ……なんだか気さくでいい人だな、こっちの僕は。それに勇敢だし。弱いけど。


「ほらこれ新品だから着てみて。それとシャツの裾は出したほうがいいよ。そうやって中に入れちゃうとカッコ悪いよ」


 カッコ悪いよ、って言われてもなぁ……。

 こっちの芽羊中学はどうか知らないけど、僕の所は校則がメチャクチャ厳しい。こんな開襟シャツを着ていったり、シャツの裾をだらしなく出していたらすぐに職員室に引っ張られて怒られちゃうよ。

 でもショーリのせっかくの好意なのでとりあえず着てみることにする。ネクタイと芽羊指定のスクールシャツを脱いで、渡されたまっさらの開襟シャツに腕を通すだけは通してみた。


「どうだい?」


 ショーリが着心地感を尋ねてくる。


「うん、なんかスースーして気持ちいいかも」


 綿素材だからサラサラしてるし、首の締めつけ感もぜんぜん無いや。これからもっと暑くなるからこういうシャツならきっと肌とシャツの間を風が通り抜けて涼しいんだろうなぁ。


「だろ? それあげるからそのまま着て帰りなよ」


「でもこれ新しいし、本当に貰ってもいいの?」


「うん。実は母さんが間違って倍の数で注文しちゃってさ、余ってるんだよ。弟たちが芽羊に入るのもまだ先のことだし、こんなにたくさん要らないから貰ってくれると助かるな」


「ありがとう! でもこのシャツにどうやってネクタイをつければいいの?」


「ネクタイはつけないよ」


「えっこっちの芽羊ってネクタイないの!?」


「あるよ。でも卒業式とかの学校行事の時だけつければいいから、その時だけ指定シャツを着るんだ」


「ネクタイいつもつけなくてもいいの!? いいなぁー! こっちの芽羊って校則緩いんだね」


「君のところは厳しいの?」


「超厳しいよ。女子のスカート丈だって毎朝大きな三角定規できっちり測ってるし」


「ははっ、それすごいね!」


「そういえば制服脱いじゃってるけど今日は学校に行かないつもりなの?」



 僕の何気ないこの質問にショーリの顔から急に笑顔が消えた。



「……うん今日はいいや」


「えーなんで? 今からだと遅刻になっちゃうけど学校は行ったほうがいいんじゃない?」


 だけどショーリは困ったような表情を浮かべるだけだ。どうして行く気がないんだろう、と考えた時、ある一つの予測が頭の中にピンと閃く。


「ねぇねぇ、もしかして真柴さんと顔を合わせずらいから行きたくない、っていうのが理由だったりしてる?」


 僕のこの推理にショーリは困った顔のままで小さく笑った。そして言いにくそうにそれを認める。


「正解。だってあんなカッコ悪いとこ見せちゃったからね」


 相手が自分だから聞きにくいことでもストレートに聞ける。「もしかしてショーリって真柴さんの事を好きなの!?」と好奇心満タンで詰めよるとショーリは頷いた。


「芽羊に入学してすぐ好きになったんだよね。ちゃんと告白したいと思っているんだけど、なかなかチャンスがなくってさ。さっき真柴さんをあいつらから助けられたらそのまま告白しようと思っていたけどあっさりやられちゃったし、カッコ悪くて今日はあの人の顔を見られそうにないから休むよ」


「さっき真柴さんにあんなにいっぱい罵られても全然平気そうだったじゃん」


「平気じゃないよ。あの人の前で笑ってるの結構キツかった」


 落ち込んだ様子のショーリにこっちまで鳩尾の部分がきゅうんと痛くなる。

 そっか、さっきは無理してたんだね。好きな女の子にあれだけ言われちゃったらそりゃあ堪えるよね。


「そっちの君の世界にも真柴さんは居るの?」


 なんて言って慰めてあげようかなと考えていると、ショーリが唐突に話題を変えてきた。


「真柴さん? いるよもちろん。当たり前じゃん」


「そっちの真柴さんはどう? こっちの真柴さんと同じような感じ?」


「まっさかぁ――っ!!」


 僕はエクソシスト化しそうなくらいにぶんぶんと大きく首を横に振った。僕のあまりの必死な否定っぷりにショーリは驚いたみたいだ。


「じゃあどんな感じなの?」


「もうね、一言で言うと天女、女神、聖母」


「一言じゃないじゃん」


「いいの! だってこっちの真柴さんみたいに恐ろしくないもの。優しくって明るくって可愛くって……、そうだ、癒し! まさに癒しの象徴のような女の子だよ!」


 僕のこの台詞にショーリは少々ムッとしたようだ。


「真柴さんは恐ろしい人なんかじゃないよっ」


「だ、だってあんな乱暴じゃないか。言葉遣いもすごい悪いし……。ぜんぜん女の子らしくないよ」


「あれはあの人のスタイルなんだって。真柴さんってすごくシャイな人なんだよ。思っていることが上手く言えないからああやって乱暴な振りをして、それを必死に隠そうとしてるんだけなんだよ」


 そうかなぁ、と僕は言いかけたが、真柴さんが涙ぐみながらショーリの顔をハンカチで拭いていたシーンを思い出した。


「あっそうだね! そうかもしれない! だって君が気を失っていた時、そういえば真柴さん、ぼろぼろの君を見て泣いてたもん」


「やっぱり見間違いじゃなかったんだ! ね、こっちの真柴さんだって可愛いところあるだろ!?」


 満面の笑みで喜びまくるショーリ。その喜びっぷりになんか僕までも嬉しくなってきた。その時、玄関のチャイムが鳴る。


「ん? 誰だろこんな時間に」


 ショーリは立ち上がると下に行こうとする。


「あれ、母さんはいないの?」


「パートに行ってていないよ。ちょっと見てくる」


 ショーリは一階に下りていってしまった。

 ふーん、こっちの母さんはパートに出ているのか。うちの母さんは生まれてこの方一度も勤めた経験のない専業主婦なのになぁ。

 そしてショーリの足音がしなくなった直後、下から驚いたような声が聞こえてくる。



「真柴さんっ!?」



 真柴さんが家に来たの!? 何しに!?

 いても立ってもいられず、部屋を抜け出すことにする。

 もちろん気配に気付かれないように息を極限まで殺して。



 

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