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パラレル人生 ミジンコなボク  作者: IKEDA RAO
◆一つ目の世界 ・ とっても勇敢なボク◆
6/46

【 1 】



 頭上を僕の世界で見かけたあのヘリコプターが旋回しているのが見える。

 置いてきぼりにされちゃったし、まずは冷静になって現在の状況を整理してみなくっちゃ。



 ―― 僕は今朝、いつもと同じ時刻に学校へ向かった。


 通学途中で今上空を飛んでいるピンクのヘリコプターと、お尻を拭き忘れた経験ありの疑惑のかけられた高校生のヤマオカさんとその仲間たちと、そして憧れのミス芽羊、真柴さんに会った。


 真柴さんとの距離を開ける目的で入った空き地。そこにあった塀の四角い穴をくぐり、僕は突然現われたもう一人の僕と迫力のある真柴さんに出会った。


 ここまでの経緯で考えられること。

 ちょっと信じにくいことだけど、ここってもう一つの世界なんじゃないのかな?


 ずっと前にサイエンス系のTVで特集で観たことがある。実は世界はたった一つじゃなくって、自分のいる世界と重なるように無数に存在しているって。そんな並行世界の一つに僕は迷い込んでしまったのかもしれない。

 もしパラレルワールドの一つに迷いこんだのだとすれば解決方法はおそらく簡単だ。空き地に戻ってあの四角い穴をまたくぐれば僕は僕でいられる世界に戻れるはず。

 情けなくて、小心者で、真柴さんを助けたくても助けることなんて出来ない、臆病者の僕が存在する世界に。


 自分の世界に戻らなくっちゃ。

 でもその前にこの世界の僕ともう一度話がしたい。

 どうして弱いくせにああやって強い敵に立ち向かっていけるのかの秘密が知りたい。

 あんな無駄なことをして真柴さんにあそこまでボロクソに罵倒までされたくせに、どうしてあんなに爽やかに笑えたのかを知りたかった。


 たぶんもう一人の僕は家に逃げ帰ったと予想したので、真っ直ぐに向かってみることにする。

 鞄はあっちの空き地に置いたままにしておこう。雑草のおかげで路地からは見えないだろうし、イタズラで持ち去られることは無いはずだ。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 

 僕の家に着いた。

 まぁたぶん厳密には本当の僕の家ではないのだろうけど。


 鍵は持っているから中には簡単に入れると思うけど、きっと一階には母さんがいるだろう。見つかると面倒だ。裏の庭に回って物置小屋から梯子を出し、それを使って二階の僕の部屋によじ登ろうっと。


 足音を殺してこっそりと裏庭に回るとおかしな物を見つけた。

 僕の家の庭には狭いながらも古い大木が一本ある。

 かなりがっしりした幹と枝を持っている木で、子供の頃はその一番太い枝に小さなブランコがつけられていたこともあった。今は僕も弟たちも大きくなり、誰もブランコなどでは遊ばないからいつのまにか父さんが外してしまったけど。


 その枝が今は違う物をぶら下げている。

 ちょっぴり汚れた赤いサンドバッグ。大きい。

 まだ使い始めてまもないようだけど、誰がこれでトレーニングしているんだろう? 弟たちかな。……まさかこの世界の僕とか!?


 裏庭から二階を見上げてみる。僕の部屋の窓ガラスに人影が映っている。あ、やっぱり戻って来てるみたいだ。とにかく二階に行ってみよう。

 物置小屋の中から伸縮梯子を出すと直接二階のベランダに向けて立てかけ、下を見ないようにしてよじよじと登りきる。窓からそっと中の様子を覗くと、もう一人の僕はこちらに背を向けてジーンズにTシャツの服装に着替えている最中だ。

 もしかして今日はもう学校に行く気はないってことかな。でも母さんにはなんて言ったんだろう?


 細心の注意を払いながら梯子からベランダの中に移る。

 窓には鍵がかかっていて部屋の中には入れなかった。

 ここでガラスを叩いて「やぁ元気?」なんて言ったらまた飛び上がるくらい驚かせちゃうだろうなぁ……。でもいつまでもここにいる気もないし、ここから梯子で下に降りるのも怖い。えい、どうにかなるだろ。


 コンコン


 窓ガラスをノックするとちょうど着替えの終わった僕がすぐに振り返る。


「うわあああああああああああぁぁぁっ!?」


 そしてさっきよりも更に驚愕した顔で大きく後ろに後ずさり、壁に頭をぶつけた。

 大丈夫かなぁそんな大きな音を立てて……。母さんが飛んで来ないといいけど。


「ここを開けてよー。話があるんだー」


 両手でメガホンの形を作り、そう頼んでみた。

 僕のお願いなどたぶん聞いちゃいない、目に恐怖の色を浮かべたガラスの向こうの僕は真っ青な顔で叫ぶ。


「ドドドドドドッペルゲンガーだあああぁぁっ!!」


「違うってばー。ちょっとだけ君と話をしたらすぐに元の世界に帰るからさー、だからここを開けてよー」


「うわわわわわわわわ――!!」


「ねー開けてよー落ち着いてよ―」


「来るな来るな来るなああああぁぁ!!」


「僕はドッペルさんじゃないよー。何もしないよ―」


 しばらくの間「開けてよー」と何度も頼み続けていると、引きつった顔でようやくもう一人の僕が恐る恐るベランダに近づいてきてくれた。

 さっき不細工ブラザーズに殴られたその右頬、赤痣になっちゃってるや……。見ているこっちが痛々しい。 

 窓の鍵にそろそろと手が伸びてきたけど、開ける寸前でまだためらっている。


「本当に何もしないからさー、入れてよー頼むよー」


 カチャン


 やっと開けてくれた。ベランダで靴を脱ぎ、部屋の中に入る。


「ふーん、僕の部屋とはちょっと違うなぁ……」


 部屋内部の家具の配置はほとんど変わらなかったけど、こっちの僕の部屋にはダンベルやハンドグリップが転がっている。


「とりあえず座ろっ」


 僕の提案で、僕らは部屋の中央で向かい合って座った。鏡と向かい合っているようでなんかヘンな感じだ。そのくすぐったさをごまかすために近くにあったハンドグリップを一つ手にとって握り締めてみたけど、固くて完全に握りこめない。しかしつくづく非力だなー僕って。


「あのさ…」


 もう一人の僕に呼びかけようとしてなんて呼べばいいのか戸惑う。自分で自分の名前を呼ぶのはなんだか恥ずかしい。


「君って家族からなんて呼ばれてるの?」


 そう尋ねるともう一人の僕はちょっとだけ不思議そうな顔をした。


「家族から? 普通にカツトシだけど……」


 あ、やっぱり一緒だ。でも当たり前か。


「君は……?」


「僕もカツトシだよ。母さんはたまにカー君って言う時があるけどね。なんかカラスみたいですごくいやなんだけどさ」


「僕もそれ時々言われるよ」


 強張っていたもう一人の僕がやっと笑った。そして「じゃあクラスの皆からはなんて呼ばれてるの?」と尋ねてきた。でも何気ないその問いは小さな黒い針になってチクンと僕の胸を刺した。


 それ、言いたくない。

 言いたくないけど僕の胸の痛みを知らないもう一人の僕は返事を待っている。自分の前で取り繕ってもしょうがないか……。


「クラスからはペーペーって言われてるよ」


「ペーペー? なんか意味があるの?」


「社会の授業でチラッと先生が話したことがきっかけなんだけど、“ 何にもできない未熟な下っ端 ” って意味なんだって。北原の北ってペイとも読めるみたいだしそれからペーペーってからかわれるようになったんだ。男子にも女子にも」


「そうなんだ……。君も大変そうだね……」


「エ!? じゃあそっちも変なあだ名付けられてるの!?」


「うん」


「なに!? なんて言われてるの!? 教えて!」


「僕はクラスからショーリって言われてるよ」


「えぇ~!? それなら別にヘンじゃないじゃん! 僕らの名前ならそうとも読めるんだからさ!」


「確かにそうだけど思いっきり皮肉で言われてるんだ。僕は勝つことに無縁でケンカもすごく弱いからね。きっとバカにされてるんだと思う」


「あー……」


 自分とは全然違うこっちの世界の勇敢な僕にちょっぴり萎縮していたけど、それを聞いて急に親近感がもりもりと湧いてきた。


「辛いよねお互い」


 と苦笑いを浮かべるショーリ。

 僕は大きく頷くとお互いの顔を見て力なく笑いあった。



 

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