【 2 】
「おはよ、北原くん」
長い黒髪の両脇をきれいな桜色のヘアピンで押さえ、ニッコリと微笑みながら挨拶をしてきた小柄なこの女の子の名前は真柴 比奈子さん。
僕と同じ私立芽羊中学に通う一年生。
友達のいない僕に唯一優しく声をかけてくれる女神のようなヒトだ。
でも僕は知っている。
真柴さんが僕によく声をかけてくれるのは、彼女がクラス委員長だから。
入学そうそうクラスから浮き気味な存在の根暗な僕を皆の輪に溶け込ませたいから。
そしてそんな僕を心の中で憐れんでいるから。
でもいいんだ。
例え真柴さんの僕に対する感情が “ 憐れみ100% ” で純粋に構築されていたとしても、それでも彼女はこうして僕に朝の挨拶をしてくれる。
たぶんお愛想笑いだと思うけど、この存在感の無い僕に向かって白百合のような笑顔で微笑みかけてくれる。
本来なら視界に映らないはずのミジンコな僕に対してこれだけのことをしてくれるだけで、もうそれだけで充分だ。これ以上のことを望んだら罰が当たりそうだし。とりあえず真柴さんに朝の挨拶を返さなくっちゃ。
「……お、おはよう、真柴さん……」
すかさず真柴さんのため息。
「北原くん、もう少しシャキッと出来ない? こんなにいい天気なのに、どうして北原くんはいつもそんなに元気が無いの?」
「うん、ごめん……」
あぁ本当になんて可愛い女の子なんだろう。
挙動不審な僕を見上げ、細い腰に手を当ててため息をつきながら諌めるその困り顔。ずっとずっといつまでも見ていたいけど、ミジンコな僕にそんな権利なんてあるわけがない。
「どうして謝るの? 北原くんっていつも謝ってばかりじゃない。私はただ、もう少し元気よくしてみたら? って言っているだけなのに」
「ご、ごめん」
「ほらまた謝ってるじゃない」
意味も無く平身低頭してしまう僕の情け無い態度に真柴さんはもう一度ため息をつき、そのまま背を向けると先に学校に向かって歩き始めてしまった。
「待って真柴さん! 一緒に行こうよっ!」
……と、たった今もらった真柴さんのアドバイス通りに元気よく叫びながら駆け寄れば、きっとそれはパーフェクトに近いグッジョブになるんだろうけど、そんな真似は例え天と地がひっくり返ろうとも、海が真っ二つに裂けようとも、マグマが地表から一斉に噴出しようとも、そっちの天変地異の方が遥かに現実味があるくらいにこの僕には絶対に出来ない芸当だった。
だってそれが超弱気なこの僕、北原 勝利だから。