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パラレル人生 ミジンコなボク  作者: IKEDA RAO
◆二つ目の世界 ・ とっても温厚なボク◆
17/46

【 6 】



 真柴さんの気持ちを考えて事故の詳しい状況は聞き出さなかったけど、轢かれたのが大型トラックだったせいでザッシュの亡骸はかなり損傷が激しかったらしい。おそらく滑らかな毛並みはボロボロになって、内臓や腸の一部なんかがアスファルト上にぐちゃぐちゃにぶちまけられたぐらいの凄惨さだったのだと思う。

 そんな酷い状況がすぐ目の前で起きたんだ。真柴さんのショックは相当なものだったはずだ。


 そして真柴さんはそのショックでその日から学校に行けなくなった。


 時としてペットは人間と同価値、もしくはそれ以上の位置に来る場合がある。

 きっと真柴さんにとってザッシュはただの飼い犬ではなく、かけがえのない大切な家族の一員だったんだろう。僕も昔はプーギーを飼っていたからその辺りの感情はよく分かる。

 そして真柴さんはザッシュが死んだのは自分のせいだといまだに自分を責め続けているんだろうな。そうやって外出時にその青いリードを右手に携えてさ。

 こうして心の中の辛い気持ちを教えてくれた真柴さんに僕はなんて言ってあげればいいんだろう?

 そしてどうやって学校へ誘えばいいんだろう?  あちこちに視線を漂わせながら考える。


 ―― あ、トシさんがいた!


 少し離れた先にある小山の頂上にトシさんが座っている。こっちに背を向けているからどんな表情をしているかは分からない。


「ね、真柴さん。あっちの僕も呼んで今の話をしてもいいでしょ? さっきも言ったけどあの人もすごく真柴さんのことを心配しているんだ」


 僕のこのお願いに、真柴さんはまた困ったように目を伏せる。


「あの方にですか……?」


「だって本当に心配してるんだ。実は白状しちゃうとね、あっちの僕が自分じゃ真柴さんの心は開けないし、それに自分は嫌われているみたいだから、って言って僕を真柴さんのところに連れてきたんだよね。僕らが二人で現れたら、驚いた真柴さんを家から引っ張り出せるんじゃないか、って考えたみたいなんだ」


「……私が北原さんを嫌ってる……? 北原さんがそんなことを言ってたんですか?」


「うん。言ってた」

 

 するとそれまで元気の無かった真柴さんが急に取り乱し始めた。


「わっ私っ、北原さんのことを嫌ってなんていませんっ」


「そうなの? 良かったー。なら今呼んでくるよ。選手交代するね」


「えっ!? 待って下さいっ!」


 左手が柔らかさに包まれる。真柴さんが僕を行かせないように手をしっかりと握ってきたからだ。


「で、では北原さんにもお話しします。でもあなたもここに一緒にいて下さいませんか……?」


「えっどうして?」


「そ、それは……」


 僕の手を離した真柴さんの頬がほんのりとピンク色に染まる。


「私、北原さんを前にするとうまく言葉が出てこなくなるんです……。だからあの方と二人っきりになるなんてとても……」


 恥じらいながら自分の顔を隠すように手で覆う真柴さん。

 ……あーなるほどなるほどー……。そういうことですかぁ……。なんだよ、結局ここも両想いなんじゃん!


「分かったよ。じゃあ僕も一緒にいるからとりあえず呼んでくるね」


 真柴さんは頷くと僕の手を離した。

 小山の上にいるトシさんに向かって走る。今の所まだ自分の中にどす黒い気持ちは出てきていない。良かった。

 トシさんは退屈そうに足元の小さなセイヨウタンポポを一本手にし、それをクルクルと動かして眺めている。きっと真柴さんのことを考えているんだろうなぁ。


勝利(かつとし)


 ちょっぴり気恥ずかしかったけど、僕は僕の名を呼んだ。そういえばパラレルワールドに来て自分の名を呼んだのはこれが初めてだ。

 僕一人しかいなかったのでトシさんは慌てたように聞いてくる。


「真柴さんは帰っちゃったのかい!?」


「大丈夫、まだあっちにいるよ」


 小山の上からベンチを指差すと、時刻が十一時になったことを園内の時計塔が鐘を鳴らして告げ出し始めた。


「どうだった? 真柴さんは君に話してくれた?」


「うん」


 僕はトシさんに真柴さんの話を教えてやった。トシさんは真剣な顔で僕の言葉を一言だって聞き漏らすまい、といった表情で聞いている。


「犬が死んじゃったのが原因だったのか……。誰かにいじめられたのかと心配していたけど、そっちが理由じゃなくて良かった。学校が理由なら戻ってこいとも言いづらいからね」


「そうだね。原因も分かったし、これから真柴さんを学校に誘うんでしょ?」


「そのつもりだよ」


「じゃあ一つお願いがあるんだ。次の説得は君と交代しようかと思ったんだけど、僕も横に一緒にいてくれって真柴さんに頼まれちゃったんだよね。だから悪いけど僕もまた隣にいさせてもらうことになるけどいい?」


「なんだ、そんなことか。もちろん構わないよ」


 トシさんはタンポポから手を離して立ち上がると僕に向かって笑いかけた。


「僕と違って君は真柴さんにとても気に入られたみたいだね」



 ……違うんだけどね。


 本当は君なんだ、好かれているのはさ。

 真柴さんが学校に行かなくなったのは自分の不注意でザッシュを死なせてしまったショックのせい。

 だけど君の前になかなか姿を現さなかったり、出てもすぐに引っ込んじゃうのは君のことが好きで近くに行くと恥ずかしかったせいさ。でも今はまだ教えてやらない。


 トシさん、君が真柴さんへの自分の気持ちをちゃんと認識するまではね。




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