【 5 】
向かった公園は五分もかからない場所にあった。
今はまだ午前中なので、公園には赤ちゃんに近い小さい子とそのお母さん達しかいない。子供は半分ほったらかしでお母さん達はペチャクチャとお喋りに夢中だ。その喧騒から逃れるために遊具施設の場所から大きく離れ、静かな場所へと僕らは向かう。
真柴さんをベンチに腰掛けさせるとトシさんは僕の肩にポン、と手を置いた。
「じゃ僕はこの辺をぶらぶらしてくるから君はゆっくり真柴さんと話して」
それだけしか言わないでトシさんが背中を向けて去って行く。でも僕には分かった。
―― 真柴さんが学校に来ない訳を聞いてほしい
間違いなくトシさんの目はそう言っていた。
「しっ失礼します」
と言い真柴さんの隣におずおずと遠慮がちに座る。その時真柴さんが小さく笑った。こっちの真柴さんが笑う所を初めて見た。
「な、なにかおかしかった?」
「だって今の座り方、ちょっとヨロヨロしていて、お婆さんが露天風呂にしずしずと入る格好にそっくりだったんですもの」
……ねぇ、それってちょっと失礼すぎない、真柴さん?
しかも例えがお爺さんじゃなくてお婆さんて……。僕、一応男だよ?
そうは思ったけど、一瞬でも真柴さんの顔から悲しそうな表情が消えたから良しとしよう。
「双子さんじゃないなら、あなたは北原さんの親戚の方なのですか?」
やっぱりさっきの話、全然信じてもらえてないや。
「ううん、違うよ。信じてもらえなかったらそれはそれでいいんだけど、実は僕、パラレルワールドに迷い込んじゃってここに来たんだ」
「パラレル、ワールド?」
また真柴さんが小さく首を傾げる。うーん、その仕草は罪過ぎです。可愛過ぎるよ真柴さん。
だけどそれより今はとにかく話を進めなくっちゃ。
「あのそれでね、なんで僕がこの世界に来たのかというと……、んー、うーんと…………」
でもなんて言って進めればいいんだろう?
「うーんと……うーんと…………きっ、君のSOSをテレパシーで感じたからなんだっ!」
「……私があなたにSOS?」
あーもうやけだ! こっから先は思いつくまま気の向くままに喋ってやる!
「まっ真柴さん、君、今学校に行ってないんだよね? 君は何か悩みを持っている。僕にはそれが分かるんだ。その君の救援信号をキャッチしたから僕はここに、君のところにこうしてはるばるやって来たんだよ。だから僕にその悩みを話してみてくれないかな? きっと力になれると思うんだ。それにあっちの僕も君のことをとても心配しているし。クラス委員でもないのに毎日君の家に来てたんだからそれは分かってるよね?」
この最後の言葉に真柴さんはそっと目を伏せた。
「あっちの僕は真柴さんのことをずっと心配しているんだ。今だってそう。だから僕たちに話してみてよ。どうして学校に行かなくなっちゃったの? 誰かが真柴さんをいじめたの?」
真柴さんは小さく首を横に振った。
遠くから子供達の遊ぶ陽気な声が微かに聞こえてくる。トシさんはどこまで行ったんだろう。もう姿はどこにも見えない。本当は僕よりもあの人の方が真柴さんと話がしたいだろうに。
「……大切なものを無くしてしまったことってありますか……?」
囁くような真柴さんの声。
「大切なもの?」
真柴さんは「はい」と言うと静かに話し出した。右手の中のリードを見つめながら。
「私、飼っていた犬を亡くしてしまったんです。私の不注意で……」
「犬?」
「はい……」
―― 真柴さんの話を要約するとこうだ。
今から一ヶ月前、芽羊中に入学したての真柴さんは日課だった飼い犬、ザッシュと朝の散歩をしていた。
そしてたまたまその日は真柴さんが日直で、早く学校に行かなくてはいけない日だった。その事を忘れていて散歩の途中でそれを思い出した真柴さんは、まだ散歩をしたがるザッシュをなだめながらいつもと違う短縮ルートで帰ってこようとした。
―― そこで事故が起きた。
同じコースで帰りたいザッシュは真柴さんの一瞬のスキをついて元のルートに戻ろうと駆け出した。
咄嗟のことで真柴さんの手からリードが外れる。
そこにバッドタイミングで早朝、頻繁に良く国道を走っている大型貨物トラックの一台が。
ザッシュは死んだ。 あっさりと死んだ。 介抱する間もなく一気に死んだ。
そう、真柴さんの目の前で――。