【 2 】
―― そして僕らはその後、部屋で色々な話をした。
トシさんのサイエンス雑誌を熟読したり、ネットでパラレルワールドについての色々な文献を漁ったりもした。でもその情報はどれもパラレルワールドについてのそれぞれの考察や、胡散臭い呪い的な潜入方法ばかりで、その中にはどこにも
【 パラレルワールドからの脱出方法 】
なんて洒落た情報は紹介されていなかった。当たり前といえば当たり前だけど。
「これはかなり難しそうだね……」
お手上げだ、と言った様子でトシさんがため息をつく。
「たぶんもう一度その穴をくぐっても、また別のパラレルワールドに行く可能性の方が大きそうだ」
「うん……」
僕は絶望的な気持ちでそう返事をした。ゾンビのような顔色の僕を見てトシさんが力づけるように肩をポンポンと叩いてくる。
「学校、今日は休むことにするよ。君を一人っきりには出来ないから」
本当に優しいなぁ。こんなどうしようもない僕の心配をしてくれるんだもん。
大人びている僕の前で甘えてばかりな自分が恥ずかしかったのでその好意は気持ちだけ貰っておくことにした。
「いいよ学校に行ってよ。僕、ここでおとなしくしているから。それに君が学校に行かなかったら真柴さんが心配しちゃうしさ」
「真柴さん……?」
あ! うっかりショーリの世界とごっちゃにしちゃった!
「真柴さんがなぜ僕の心配をするんだい?」
どうやらこっちはあまりそういう進展は無さそうだ。真柴さんの名前が出てきてもトシさんは全然動揺していなくって純粋に驚いているし。
「ごめん。今の無し。ここに来る前の世界を引きずっちゃったんだ」
「じゃあさっき君が見てきた一つ目の世界では僕と真柴さんは普通に会話しているんだね……。ふぅん……」
口に手をやり、何やら考え込むトシさん。銀縁眼鏡の奥の目が困惑しているのうに見えるのは気のせいかな?
「ここの真柴さんはどんな感じの女の子なの?」
「どんな感じって?」
「すっごく優しいとか、めちゃくちゃ怒りっぽいとか」
「あぁ性格のことかい? そうだなぁ……」
またしても俯き、真剣な表情で考え込むトシさん。
なんだろ、ここの二人の関係ってなんか普通じゃなさそうな感じがする。
しばらく考え込んでいたトシさんは頬の横にかかる髪を掻きあげ、一言だけこう言った。
「分からないな」
「へ?」
「分からないんだ。僕、真柴さんとほとんど話したことがないから」
うーん、どうやらここの二人の関係は僕本来の世界よりも更に接点が無いようだ。だって僕の場合は一応真柴さんは笑顔で挨拶してくれるし……。
するとトシさんは今度は逆に「君の世界の真柴さんてどんな人なんだい?」と聞いてくる。僕はショーリに言った時と同じように答えた。
「すっごく優しいよ。それに明るいし可愛いし。クラス委員長もしている」
「真柴さんがクラス委員長……?」
唖然とした顔でポカンと開いたトシさんの口から「信じられないな」という声が漏れる。
「ここの真柴さんてそういう感じの人じゃないの?」
「う、うん……」
トシさんは重い口調でまたその先の言葉を口ごもってしまう。
なんとなく漂ってきたミステリアスな空気のせいか、未知の真柴さんにすごく興味が湧いてきた。
「ねぇもったいぶらないで教えてよ!」
「どうしてそんなに真柴さんのことに興味を持つんだい?」
うっ、なんて言えばいいのかな。
今度はこっちが口ごもる番になっちゃった。トシさんは真剣な目で僕を見ていたけど、僕がなかなか返事をしないので答えを待つのを諦めたようだ。
「そんなに気になるなら真柴さんの所にこれから行ってみないかい? きっとその方がよく分かると思うから」
「えぇっそれはマズいよ! 僕らが一緒に学校に行ったらパニックになっちゃう!」
「いや、学校には行かないよ」
「えっ学校じゃないの?」
「それに君を真柴さんに会わせたら何かが変わるかもしれない。僕の力じゃ無理みたいなんだ」
「どういうこと?」
トシさんの表情が急に曇った。
「……真柴さんはね、ずっと学校に来ていないんだよ」
「えーっ!! それって登校拒否ってこと!?」
うん、と静かに答えたトシさんの顔はもう全然大人びてなんかいなかった。
まるでどうしていいのか分からなくて途方に暮れている、小さな子供の顔にそっくりだった。