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2章-3 知識の宝玉

 パソコンが起動し、画面が映し出される。ベルの言っていたファイルは探さなくても見つかった。メイン画面に『最終迷宮』と題されたフォルダがあった。


 フォルダを開くと、画面いっぱいに図が現れた。最終迷宮“死と再生の魔都”の地図だ。地図には多くの記号が記され、それに対応して注釈がつけられている。「★」印は宝物の在り処、「×」印はモンスターの出現場所といった具合だ。


 僕たちは画面を指でたどり、地図を確かめていった。

 まずキャンプ地の門から真っ直ぐに道が伸び、その左右に廃屋が点在しているのが分かる。廃屋の幾つかには宝箱を示す「★」印がつけられていた。スタート地点から左手に小道があり、その先にも一軒の廃屋がある。


「※1」と記されたそこの注釈を見ると「賢者の亡霊出現/アイテム:知識の宝玉」とあった。僕がベルと冒険をしたときに教えてもらった、思い出深い場所だ。さらに中央の道を進むと、三叉路に行き着く。そこには「×」印がつけられており、「ヘルハウンド出現(×8)」と記されていた。


 僕は唸った。

 細部を付き合わせれば、もちろん異なる部分もある。道の伸び方や廃屋の数には差があったし、ゲームとこの廃村では空間の広がり方がそもそも別物だ。


 が、ゲームの地図に対応して、今の舞台が用意されていることは間違いない。すなわち、パソコンの地図と照らし合わせることで、多くの危険を回避することができるというわけだった。


「すごいじゃない、ユマノンさん」


 感激した様子の香澄に手を握られ、ユマノンは困ったような照れ笑いを浮かべた。どうやらユマノンも僕と同じで、女性と接するのに馴れていないらしい。

 僕は続けて自分が貰ったパソコンを用意した。ユマノンの指摘から閃いたことは、もうひとつあったのだ。


 ゲームに登場する賢者の亡霊からは“知識の宝玉”というアイテムを入手することができた。それはゲームを進める上で有利な情報を知ることができる代物だった。ならば――。

 不思議そうな顔をするふたりに、僕は勢い込んで言った。


「あの運転手から受け取ったものがあったんだ」


 僕は胸ポケットに入れていたフロッピーディスクを取り出し、パソコンへ挿入した。デバイスから「3.5インチFD」を選び、中身を調べる。

 思った通り、ファイルが入っていた。『知識の宝玉』と題された文章データだ。



 僕はふたりとうなずき合ってから、データを開いた。画面が白に転じ、長い文章が表示された。

 静かな興奮とともに、冒頭から読み始める。画面の中から語りかけてきたのは、他ならぬベルだった。


『拝啓 親愛なる冒険者さんへ、ボクはベルです。

 今、この文章を読んでくれているのは誰なのかな。とにかくディスクを手に入れてくれて嬉しいよ。最初の廃墟に置いてある宝物に目が眩まなかったってことだもんね。それでこそ真の冒険者だよ』

 

 ベルはゲームで出会ったときと同じ調子で文章をつづっていた。データだと分かっているのに、僕は画面の向こうにベルがいるような錯覚を覚えた。

 

『もちろん君に損はさせないよ。今回のゲームを有利に進めるための、とっておきの情報を教えちゃう。ここに書いてあることを知っているかどうかで、ゲームのクリアがぐっと近づくと思うよ。じゃあ早速、行ってみようか』


 よし、と僕は拳を握った。霧の中で一本の道を見つけた思いだった。

 三人で食い入るように画面を見つめながら、僕はゆっくりと文章を先へ進めて行った。


 ベルはまず、『もう気づいていると思うけど』と前置きをして、今回の舞台が『ウロボロス』の最終迷宮をそのまま模していることを明かし、パソコンに入れられている地図と情報が参考になるはずだと教えていた。

 またゲームと異なる要素として、最初のキャンプ地からは帰還ができないこと、入手できるアイテムはほとんど現金になっていることが挙げられている。

 

『それじゃあそろそろ、このゲームに勝つために必要な情報を教えてくよ。当たり前のことをもう一度確認すると、最初に迷宮から抜け出した冒険者が勝者となるってのはいいよね。要するに早いもの勝ちってこと。とにかく急いでゴールすれば、勝者になれるってわけさ。

 だけどやっぱり宝物も欲しいよね。数々の苦難を乗り越えて栄光をつかむ。それが本物の冒険者の姿さ。

 なら、真の冒険者として勝利するためには何が大切だろうね。多くの宝物を集めることかな? それとも怪物を倒すこと? 確かにどっちも必要だよね。でも一番大切なのはそんなことじゃない。ライバルである他の冒険者に勝つことが、何よりも重要なんだよ』

 

 ベルはそう語ったあと、ゆえに他のプレイヤーのことを知ることが大事だと続けていた。

 が、僕には今ひとつ、ぴんと来なかった。まあベルの言いたいことは分かる。敵を知り己を知れば、ということわざもあるのだから。


 だからと言って、このゲームにおいて他メンバーの素性を知ることが何の役に立つだろう。それならゴールまでの近道でも教えてもらえる方がいいように思える。

 僕は懐疑的な思いを抱いたまま、メッセージを追いかけた。

 

『というわけで、ゲームの参加者である八人の冒険者のことを紹介するよ。とは言っても、あまりにくわしく教えちゃうと、ゲームの楽しさが半減しちゃうだろうからね。ほんの一言ずつにしておくよ。それでは発表します』


 文章はそこから長い空白が続いていた。僕はカーソルで画面の下を指し、ページを先へ送った。

 するとまず『参加者一覧』と書かれていた。言わずもがな、今回の八人の参加者のことだろう。

 さらにカーソルを進めていくと『①アニメショップのアルバイト店員』と現れた。そしてそのあとに説明文が続く。

 

『①アニメショップのアルバイト店員

 アニメ・漫画・小説・映画等の知識はもちろん、心理学や哲学にも造詣が深い人物。

 それらの知識を駆使することで、意外なダークホースになる可能性も』

 

 そしてまた広い余白が空けられていた。どうやら明かされる情報は、ひとり分ずつという魂胆らしい。今回のゲーム全般に言えることだが、細かな演出が利いている。

 ずっとカーソルを動かしていくと、さらに続く紹介文が現れる。

 

『②ゲーム会社のデバッカー

 昼夜問わずに働き続ける体力と精神力が武器。今回のゲームも夜通しの開催となるため、有利か。

 またかなりのゲーマーであり、最終迷宮に対するプレイ進行度も一番。その知識を応用できれば強みとなる』

 

 続いて記されていたのは『③ニート』。言うまでもなく、僕のことだろう。

 

『③ニート

 俗世間を離れて生きているためか、人間の裏表や欲深さを感じさせない。そういった考え方と行動が意外な結果を導くこともあるかも。

 また個人的見解ではあるが、ゲーム中の会話からの印象は、最も癖のないプレイヤー。そして今回のオフ会参加も直前に決めた経緯がある。すなわち共闘を持ちかけるならこの人物』


 文章の内容よりも、ニートという言葉に、途端に恥かしさが込み上げてきた。

 できるなら、香澄にだけは僕の本当の姿を知られたくなかった。たった二日間の出会いなのだから、僕という人間のことはなるべく見せずにいたかった。冒険者ニトとして付き合うことができればそれで良かった。


 しかし今の状況では、身分を隠し通すことはもはや不可能だろう。僕は陰鬱な気持ちでそう覚悟するしかなかった。

 が、そんなのん気なことで悩んでいられるのはそのときまでだった。


『④DV被害者

 恋人にひどい暴力を受け続ける毎日を送っており、そんな生活から逃げ出すべく、今回の参加を決めた。

 自らの幸せを勝ち取ろうとする必死の想いが勝利の鍵となるか』


『⑤重度の薬物中毒者

 一度目は大麻取締法で、二度目は薬物中毒による障害で実刑を受けている人物。が、現在も薬物は続けている。すでに重症患者であり、幻覚を見て錯乱することもしばしば。

 薬物の購入資金を得るために今回のゲームに参加。常人とは異なる世界を見る力が、ゲームにどう影響を及ぼすのか』


『⑥闇金融からの多重債務者

 現在、暴力団からの激しい取立てに追われている。債権者は自己破産などで逃げられない相手であり、このままでは命の危険があることも理解している。

 賞金を手に入れられなければ破滅という追い込まれた精神で今回のゲームに参加。本命候補のひとり』


 驚く言葉が並んでいた。これは本当に参加者のことなのか? そこにある意味をとらえきれぬまま、僕はただカーソルを進めた。


『⑦元殺人犯』


 え? 何だ、これは? 思わず僕はキーボードから手を離していた。思考だけがぐるぐると回る。元殺人犯? どうしてこんな言葉が書かれているのだろう。もしかして、それはつまり、以前にひとを殺した人間が混じっていると、そう言いたいのか? いや、そんなはずはない。これは何かの間違いだ。そんなこと、あるはずが――。


『⑦元殺人犯

 情状酌量の余地があると判断されたため、実刑の期間は比較的短かったものの、ひとりの人間を殺した過去を持つ。

 元殺人犯として社会的に抹殺された業を背負いながら、今回のゲームに参加を決意したのは並々ならぬ覚悟があるとうかがえる。本命候補のひとり』


 呆然となる視線の先で、再び画面が流れ始めた。香澄が隣から手を伸ばし、操作をしていた。空白を越えると、また短い一文にたどり着いた。


『⑧スタッフ』


 その意味を飲み込むのに、僕は十秒近くを要した。スタッフ? イベント会場か何かの? いやいや、そういうことじゃない。僕たち八人の中に、スタッフが――ベルたち主催者側の人間がいたということだ。すなわち僕たちはものの見事に騙されていたというわけだ。

 その証拠に、スタッフの欄には一切の説明がなかった。する必要もないということだろう。

 

『どう? 驚いたでしょ。こんなに個性的なメンバーを集めることができたなんて、ボクも実は自画自賛って感じなんだ。最終迷宮で出会って、いっしょに冒険をしたときにみんなから聞き出したものなんだけど、人生ってほんとに色々あるよね。おっと、ボクが君に教えちゃったことは他のひとには内緒だよ。きっと誰もが知られたくないことばかりだからね。そう言えば、これを読んでいる君は何番なのかな?』


 そこまで進んだとき、香澄がパソコンを操作する手を止めた。射抜くような視線が僕とユマノンを往復する。


「ねえ、わたしたちの仲だけでもはっきりさせておきたいの」


 香澄は覚悟を決めたように、強く言い切った。


「四番がわたしのことよ」


 瞬間、僕の胸にずきりと鈍痛が走った。DV被害者。それはあまりに重い衝撃をともなっていた。

 でも今はどんな感傷にも浸っている場面ではなかった。一瞬、ためらったが、僕はきっぱりと言った。


「僕は……三番だ。ニートってのが、僕のことだよ」


 続いてユマノンが告白する。


「僕は一番です。アニメショップでアルバイトをやってます」


 呼吸を止めたような数秒が過ぎた。そして僕たちはほとんど同時に、安堵の息をこぼした。


「ごめんなさい。疑ったわけじゃないの。でも、すごく怖くなっちゃって……」


 香澄はそう謝りながら、まなじりに浮かんだ涙を指で拭った。

 もちろん責める気など毛頭なかった。どころか、必ず確かめなくてはならないことだった。ただ僕は書かれていたことに混乱し、そのことを思いつかなかっただけだ。


 嘘をついているという可能性も、確かにある。香澄が実はスタッフで、ユマノンが実は元殺人犯なのかもしれない。真実は自分についてのみしか分からない。

 

 けれども僕はふたりを信じた。信じることを決めた。

 僕たちは再びパソコンへ向き直った。とにかくまずは書いてあることを全部読む必要がある。話し合いはそれからだ。


『さて、さらに大切な話を続けるよ。今回のオフ会のことなんだけど、君はどういう集まりだと思ってやって来たんだろう。おっと、妙な質問に聞こえちゃったかもね。でもボクがこんな質問をするのには、ちゃんとわけがあるんだ。

 君もオフ会についてのくわしいことは、ボクが教えたホームページから知ったよね。でも実は、みんなが君と同じホームページを見たわけじゃないんだよ』


 ベルはそう記したあと、オフ会のホームページには、内容の異なる三種類のものを用意していたと打ち明けていた。すなわち集まったメンバーは、それぞれに違うホームページを見て、オフ会へ参加をしているというわけだ。

 ページをさらに送っていくと、さっきの人物紹介と同じく空白が続いたあとに《HP1》とタイトルのついた文章が載せられていた。


《HP1》

『心を同じにする仲間たちといっしょに、冒険の世界を実現させてみませんか。PC等の必要となる道具はすべてこちらで用意しています。みなさんにはただ、現実世界での本名や履歴を捨て去った、冒険者のひとりとして参加してもらいたいのです。

 さあ旅立ってください。迷宮の最下層にてスタッフ一同お待ちしています。

                                     ベルより』


 忘れるはずはない。僕がホームページで読んだ文章だった。冒険者のあなたとして、というくだりに、僕は心を動かされたのだ。もしもこの一文がなければ、僕はきっとオフ会に参加していなかっただろう。

 訊いてみると、ユマノンも同じホームページを見たと言った。が、香澄は答えず、ただ先をうながした。


《HP2》

『不幸な人生を好転させるために、冒険へ出発してみませんか。仮想世界でしかなかったはずの迷宮が、現実のものとなってあなたを待っています。そこにはあなたの人生を変えられるだけの宝物(現金)が眠っているでしょう。もちろん財宝を手に入れるためには、怪物を倒し、ライバルを蹴落とすという、相応の覚悟をしてもらわなければなりませんが。

 さあ、危険に立ち向かう気持ちが決まったのなら、準備を始めてください。困難で危険に満ちた冒険を乗り越えるために必要だと思う道具を用意して。

 そして旅立ってください。迷宮の最下層にてスタッフ一同お待ちしています。

                                     ベルより』


 次に載せられていた一文は、最初のものと随分と印象が違っていた。

 少なくともこの文章を読めば、現金の懸かった何かのゲームが行われることは察することができる。書かれている内容を脅し文句だと受け取っても、多少の危険がともなうゲームであることにも勘付けるだろう。なぜならここには、“困難で危険に満ちた冒険”のための準備をしろと、はっきり書かれているのだ。


 香澄からはやはり一言もなかった。ただ横目でのぞいたその表情は、何かを深く考え込んでいる様子だった。

 さらにカーソルを先へ向かわせていくと、三つ目の文章が現れた。そして僕は、戦慄することになった。


《HP3》

『行き詰まった人生を打破するために、最後の賭けへ出てみませんか。仮想世界でしかなかったはずの迷宮が現実のものとなってあなたを待っています。そこにはあなたの人生を救えるだけの宝物(総額五千万円以上)が眠っています。もちろん財宝を手に入れるためには、血で血を洗う殺人ゲームを生き延びなくてはなりませんが。

 さあ、自分に問いかけてください。このまま絶望を抱えて生きていくのか、それとも他人の命を奪ってでも新たな人生をつかむのかを。

 そして答えが出たのなら、その手に武器を持って旅立ってください。迷宮の最下層にてスタッフ一同お待ちしています。

                                     ベルより』


 僕は身動きできぬまま視線だけを上下させ、そこに書かれてあることを繰り返して読んだ。

 だがいくら読み返そうとも、伝わってくる内容は同じだった。これは殺人ゲームの開催を宣言している。


 その事実は、僕をさらに恐ろしい現実へとたどり着かせた。僕たちメンバーの中に、この《HP3》を見た上で参加した者がいる。それはつまり、殺人ゲームに乗る気になっている誰かがいるということだ。


「まさか、こういうことだったなんて……」


 香澄がようやく口を開いた。唇を噛んだその表情は、月明かりとは無関係に白くなっているようだった。


「平介とユマノンさんは《HP1》を見たって言ったけど、わたしが教えられたホームページには、《HP2》の文章が載せられていたわ」

「じゃあ、香澄は最初から……」


 僕の言葉の途中で、香澄ははっきりとうなずいた。


「何かのゲームがあるってわかってたわ。それがいくらか危険なものであることもね。そう知った上で、わたしは参加を決めたの」

「どうして……?」


 問いかけようとした僕を見つめ返し、香澄は叫んだ。


「逃げ出したかったからよ!」


 香澄は顔を歪ませながら、力が抜けたようにうなだれた。


「わたし、同棲している相手がいるの。出会った頃は素敵なひとだった。ずっとひとりでいたわたしが、初めて心から愛していると思えた相手だった。でもいっしょに暮らし始めると、彼はわたしを奴隷か囚人のように束縛するようになったの。勝手に外出することは許されず、家の中でも全て彼の意思に沿うように振舞わなくちゃならなかった。好きになったひとだからって、わたしも必死に頑張ったわ。なのにすぐひどい言葉を浴びせるの」


 そこまで一気に話してから、いきなり香澄は小さく笑った。


「だけど手を上げることは、絶対にしないの。せいぜい髪を引っ張りまわされるぐらい。なぜかって、わたしを風俗店で働かせているからよ。体にやけどや痣ができれば、商売になんてならないものね」


 僕は自分の呼吸が震え出すのを感じていた。目が眩むほどの痛みが、体の中に広がっていく。香澄の一言ずつに、僕は打ちのめされるようだった。

 助けてやりたい。その苦しみを今すぐ取りのぞいてやりたい。そう願っても、僕は情けないほどに無力だった。

 僕は結局、言葉を失いながら香澄の話を聞いているしかない。


「店に出ているときが、唯一、外でひとりでいる時間。もちろんそんなところで働くのは嫌だったけど、彼が何もしてないんだから仕方ないじゃない。なのに彼はわたしを責めるの。他の男に抱かれて喜んでるってね。だんだんと自分でも何が大切なのかわからなくなって、もう気が狂いそうだったわ」


 そんなある日、ベルに出会ったのだと香澄は言った。


「実はわたし、そのときに初めてこの『ウロボロス』ってゲームをしたのよ。それまでは彼が遊んでいるのを横で見てただけ。パソコンなんて触らせてもらえなかったもの」

「だからライデンなんて名前で、男性キャラクターを使ってたのか」

「そういうこと。でもその日はちょっと煙草を買いに行くって、彼がゲームをつけっ放しにして出て行ったの。もちろん部屋には鍵をかけてね。信じられる? わたしたちが暮らしている部屋ね、外から鍵がかけられるのよ。だけど電話がかかってきて、友達と会ってこれから飲むから、パソコンを切っておけって言われたの。いつもなら言われた通りにするんだけど、そのときはわたしも疲れ切っていて、とにかく誰かと話したいって思ったの」

「それじゃ、そのとき偶然にベルと?」

「ええ、ベルから声をかけてきてくれたの。わたし、どうせ顔も名前もわからないんだからって、今までたまってたものを全部打ち明けたわ。ベルはそれを嫌がりもせずに聞いてくれた。そして最後にわたしは言ったの。もう逃げ出したいって」


 するとベルは、君にぴったりのゲームがあるのだと告げてきたという。ただし、相応の危険を覚悟しなくてはならないということも。


「教えられたホームページにアクセスして、わたしはすぐに参加を決めたわ。このままじゃ、わたし自身が駄目になるってわかってたから」


 そう言ってから、香澄は長いため息をついた。


「でもまさか、こんなにひどいゲームだとは思わなかった……」

「じゃあM駅で会ったときに言ってたことも」


 香澄はうなずいた。


「最初はみんなが競争相手だと決めつけてたの。だって同じホームページを見て来たひとたちだって思ってたから。だけど平介と話してみて、何だかおかしいなって気づいたのよ」


 僕は胸中で納得した。初対面の香澄はとにかく敵意に満ちた雰囲気だった。ジャンヌも「怖い」と言っていたほどだ。しかし僕たちのことを危険なゲームの競争相手だと思っていたのなら、あの対応も理解できる。

 と、そこで気づいた。


「そう言えばジャンヌも、オフ会のゲームについては知っているようだった」

「そうね。彼もわたしと同じホームページを見たんじゃないかしら。ひょっとすると《HP3》を知りながら、とぼけていたのかもしれないけど……」

「嫌ですよ、僕は!」


 不意にユマノンが上擦った声で叫んだ。


「こんな馬鹿なことはないですよ。ホント、どうにかしてくださいって感じです!」


 ユマノンは頭に巻いていたタオルを取り、髪を乱暴に掻き毟った。自分が殺人ゲームに参加しているという現実が、ユマノンの精神を恐慌状態に陥らせたのだろう。ユマノンは泣き顔になりながら、嫌だ、嫌だ、と繰り返した。


 僕だって同じ気持ちだった。許されるなら大声で喚き出したい気分だ。

 だが皮肉なことに、ユマノンが一足早く取り乱してくれたおかげで、僕は逆に冷静になることができた。ユマノンを落ち着かせると、僕はまだ続くベルのメッセージを読み進めた。


『さて君が見たホームページはどれだったかな? そうそう、もうひとつ、大事な情報を教えておくよ。それは、誰がどのホームページを見て参加したのかってこと。真の冒険者である君なら、この重要性はすぐにわかってもらえるよね』


 ベルにわざわざ言われる間でもなかった。誰が《HP3》を見たのか。それがわかれば、この殺人ゲームをやる気になっている者がわかる。それはもしかすれば、生死に直結するかもしれない重大な情報だった。

 だが、そこに書かれていたのは──。


『まず《HP1》を読んだのは、さっき紹介した①アニメショップのアルバイト店員、②ゲーム会社のデバッカー、③ニートに該当するひとたちだよ。この三名は何も知らずにオフ会に参加したひとたちさ。

 続いて《HP2》を見たのは④DV被害者と⑤重度の薬物中毒者。

 最後に《HP3》を見たのが⑥闇金融からの多重債務者と⑦元殺人犯のふたりだよ。

 もちろん⑧スタッフは、このゲームがどういうものか分かって参加しているよ。さあ、ボクが教えられるのはここまで。あとは君の観察力と推理に任せるからね』


 畜生、と僕は罵った。これでは肝心の《HP3》を見たのが誰なのかわからない。

 頼むからもう少しヒントを。僕は祈るような気持ちでカーソルを先へ移動させていった。しかしそこに書かれていたことは、僕たちをより深い絶望へ突き落としただけだった。


『あと注意点を三つだけ。

 

 まずひとつ目は、絶対に村からはずれて山の中に入らないこと。村と山の境目には鉄条網を張り巡らせてあるんだけど、これには猛毒が塗ってあるからね。ちくりって刺さるだけでも死んじゃうよ。それにスタッフが鉄砲を持って見張ってるんだ。不正行為を防ぐための処置ってわけ。まあ、ボクはみんなのこと信じてるけどね。

 

 ふたつ目は、午前五時の時間制限厳守ってこと。本当はもっと長くゲームを楽しんでもらいたいんだけど、こればかりは仕方ないんだ。このゲームのこと、他の誰かに知られるのは絶対に避けたいからね。だから時間制限が来ると、スタッフたちがピストル片手に後片付けを始めることになってるんだ。残念だけどその時点で、みんなはゲームオーバーになっちゃう。気をつけてね。

 

 最後のみっつ目は、このゲームには勝者の数が決まってるってこと。やっぱり一番はひとりじゃなきゃね。君も真の冒険者ならわかるでしょ? たとえパーティーを組んでいても、その中で一番になりたいって思わなきゃダメだよ。だからこのゲームも原則的に勝者はひとり、最大でもふたりまでっていうルールにさせてもらうよ』


 そのあとベルは、いかに真の冒険者という存在を尊敬しているかを語り、だからこそ本物の冒険をプレゼントしたいのだということを長々と述べていた。

 ベルは純粋な気持ちで僕たちを楽しませようとしている。その想いは文面からもひしひしと伝わってきた。

 だからこそ僕は慄然となった。


 そこにあるのはあまりにも子供らしい、悪意なき残虐性だ。ベルは心から僕たちのことを想い、偽りのない笑顔で、僕たちを死へ追いやろうとしている。

 ゲームの世界が現実になったなら。そんなことを願っていた自分の愚かさを僕は呪った。


 最後に『ボクの前に現れるのが君であることを願っているよ』と添えられて、ベルからのメッセージは締めくくられていた。

 途切れた白い画面はもう何も語りかけてはこない。僕は真っ白な奈落の底へ突き落とされたように感じていた。



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