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3章-1 廃校① ~潜入~

 

 殺し合いが行われる場所へ向かっている。そう考えると、一歩進むごとに重圧感が増すようだった。


 とにかく、誰よりも早く鍵を見つけ、小切手を入手し、脱出すること。安全最優先で、危険はできる限り回避。運悪く敵となる相手と遭遇したときは、とことん逃げる。頭の中で念仏のように百回も繰り返したとき、僕たちは校門前に到着した。


 近くの草むらの中から、校舎を見上げた。

 白っぽい壁面には細かなひびが幾つも走り、壁に這う配管にはさびが浮いている。整然と並ぶ窓に光はなく、井戸をのぞき込んだような闇がはまり込んでいた。

 

 街中にある学校の校舎と比べれば、建物自体は小さい。しかし廃墟同然の家屋しか残っていない村の中では、その姿は威風堂々としており、辺り一帯を支配者として睥睨しているようだった。


 校舎はL字型をしており、僕たちがいる場所は長い直線部の端にあたっている。目の前に小さな校門があり、その向こう、L字型校舎の先端に入り口が見える。

 門構えから推測すると、ここは正門ではなく、通用門だと見当がついた。門に掲げられていたであろう学校名を記したプレートははずされていた。


 L字の短い方の直線部にあたる建物は、奥の左手に確認できた。すなわち僕たちの位置からすれば、Lの字を一八0度回転させた格好で校舎が建っているうわけだ。

 運動場は校舎に囲われるように広がっており、真ん中には一本の大銀杏が立っていた。きっと学校のシンボルとして親しまれていただろう。


 L字型校舎の鋭角部分に見える正面口は、大きく開け放たれていた。幅広の階段を従えた、立派な入り口だ。かつては多くの生徒たちが往来したのだろう。

 が、神聖なる学び舎の門も、今は不気味な洞窟のように思えた。


 学校の全体像を眺めていた僕は、途中で目を見開いた。

 校舎が三階建てであることは、縦に並んだ窓の数からわかった。しかしL字型をした校舎の長い側の先端部分、すなわち僕たちから見れば校舎の一番手前側だけが、四階建ての構造となっているのだ。


 設計時からの姿なのか、それとも増築されたのかはわからない。だが校舎の一部分だけとはいえ、とにかく四階が存在しているのだ。そして、それは極めて重要な意味を持っていた。


「あの一画が、この学校の最上階なんだ」

「じゃあ……」


 息を吸い込んだ香澄に、僕はうなずいた。塔の最上階に封印されているという“財宝”は、四階に眠っているに違いない。


 僕たちは茂みを抜け出し、門まで近づいた。辺りにひとの気配がないことを確認し、一気に通用口まで駆け抜ける。校舎に入る手前で足を止め、壁面に身を隠しながら中をのぞいた。


 建物の幅いっぱいを使った広間があった。仕切りは一切なく、がらんとしている。左手の奥には廊下が伸び、対する右手には二階へ通じる階段が斜めに走っていた。

 目に付く場所には誰もいない。さらに十秒ほど様子をうかがってから、ようやく校舎の中へ足を踏み入れた。


 校舎の中は思っていた以上に明るかった。廊下に並んだ窓から、外の光が斜めに深く入り込み、建物内を淡く浮かび上がらせている。

 廊下と各教室の境界である壁面にも多くの窓がはまっており、闇が立ち込めている場所は少ない。学校の校舎というものが、随分と開放的な造りになっていることを、僕は初めて認識した。


 廊下は真っ直ぐに伸びていたが、見通しは悪かった。というのも、廊下に雑多なものが積み上げられているからだ。

 机や椅子、ロッカーといった学校に関係ある品が多かったが、中にはドラム缶や廃タイヤといったものも放置されていた。僕たちの立場から言えば、見つかりにくい代わりに、逃げにくいということになるだろうか。


 建物自体は鉄筋コンクリートで造られていたが、床には木の板が敷かれていた。僕の小学校も同じだった。学期末の大掃除のときには、モップで磨かされた記憶がある。


 通用口を入ってすぐの壁面に、掲示板と黒板が備え付けられていた。場所から考えて、学校の行事などを報せるために使われていたのだろう。


 掲示板は六分割され、それぞれに「一年生」から「六年生」までのプレートが貼り付けられていた。そのことからこの建物が、かつては小学校だったことがわかった。

 黒板には赤チョークでメッセージが記されていた。だがその内容は生徒にではなく、僕たちへ向けられたものだった。



『ようこそ、賢者の塔へ


 この塔のどこかに、諸君の探し求めている財宝が封印されている。しかし財宝を手に入れるためには、まず鍵を見つけなくてはならない。鍵はたったひとつだけ存在し、やはり塔のどこかに隠されている。


 財宝はふたつ用意されている。鍵を手にした勇者にのみ、どちらかを選ぶ権利が与えられる。諸君の奮闘に期待する。幸運のあらんことを。 』



 香澄が不審なものを見るように、口をへの字に曲げた。


「財宝がふたつって、どういうことかしら」


 僕も首をひねった。と同時に、漠然とした嫌な予感を抱いた。

 メッセージの意味を素直に解釈すれば、二種類の“財宝”が用意されているということだろう。五千万円の小切手と、それに匹敵する価値を持つ何かというわけだ。


 でも僕はそこに、単純に好きな方を選べばいいということではない、もっと深い意味が隠されているような気がした。しかも悪意にもとづいた意図があるような。


 だがここであれこれと悩んでいても仕方がない。まずは“財宝”の前へ立つことが重要だった。


 僕たちは辺りに気を配りながら、周囲の物陰に目を走らせた。パソコンの情報には、“賢者の塔”の入り口付近で“光の精霊”が入手できると書かれていたからだ。


「あった」


 二階へ続く階段の裏側にあたる空間に、大き目のダンボール箱が置かれていた。

 ささやき声で香澄を呼んでから、ダンボール箱を開いた。思ったとおり、中には懐中電灯が入っていた。

 試しにひとつを手に取ってスイッチを入れて見ると、ちゃんとライトが点いた。

  

 箱の中には数種類の懐中電灯が入っていた。好きなものを持っていけということらしい。

 僕はすぐに物色を始めた。探し出す前から頭に描いた懐中電灯が二種類あった。映画などで頻繁に見かけるタイプのものだ。


 はたして僕はその二種類ともを見つけることができた。マグライトとL型ライトだ。

 あらかじめ知識がなければ、一般の懐中電灯との機能差には気づきにくいだろう。だがこの二種類は、どちらも特別な状況下での使用を想定されて造られたものなのだ。すなわち、戦場という状況を。


 マグライトは軍隊の歩哨用に開発された棒状のライトで、本体は航空機材料用の軽合金で造られている。本体に入る単一電池の数によって大きさが異なるが、大型のものはそのまま警棒代わりにも使える。


 実際、映画の中でアメリカの警察がマグライトを肩に担ぐように保持し、見回りをするシーンは良く見かける。肩に担いで使用する理由はふたつだ。相手に逆光で対することで、こちらの顔を隠して威圧感を与えるためと、そのまま振り下ろすことでいつでも一撃を加えることができるためだ。


 ダンボール箱に入っていたのは、単一電池が五つ入る大型だった。手に持つとずしりと重いが、このぐらいの方が護身用としても期待できるだろう。


 L型ライトはその名の通り、ライトの先端がL型に折れ曲がっている懐中電灯だ。アメリカ陸軍で考案されたもので、リュックの背負いスリングに結びつけることによって、両手の自由を奪わないように考えられている。


 僕はL型ライトを香澄に渡し、マグライトは自分で持って行くことにした。自分たちの居場所を教えることにもなるため、なるべくライトは点灯しない方がいいだろうが、持っているに越したことはない。それに僕としては、もう携帯電話のか弱い明かりに頼るなどという情けないことはしたくないのだった。


 箱にあったその他の懐中電灯は、ごく一般的なものばかりだった。もうひとつぐらい持って行こうかとも考えたが、荷物になると判断し、やめておいた。


 最後にダンボール箱を空間の片隅に押しやった。せこい考え方だとは思ったが、もし後から誰かがやって来ても、わざわざライトを所持するアドバンテージを渡す必要はない。


「それにしても、随分と静かね」


 香澄はそうつぶやき、「怖いぐらいだわ」と付け足した。

 長い廊下の向こうへ、耳を澄ましてみる。物音は何ひとつ聞こえてはこない。


 少なくともここには、多賀、司馬、エルフェンの三人が到着しているはずだった。もちろん、ゲームのヤマ場となる場所だけに“怪物”役もひとりやふたりというわけではないだろう。


 なのにこの静けさはどうだろう。もしかして、メンバーの全員がすでにやられてしまったのだろうか。それとも誰かが“財宝”を手に入れ、さらに先へ進んでいるのか。


 とにかく行動するしかない。じっとしていれば、それだけ危機は大きくなっていく。

 メッセージの書かれていた黒板の前を通過したところで、入り口の広間は廊下と階段へと分かれている。一階を進むのか、それとも二階へ上がるべきか。

 パソコンの地図に書かれていたヒントから考えて、まず目指すのは図書館だ。


「学校の案内図みたいなものがあれば、話は早いんだけど」


 辺りを見回してみたが、それらしきものはどこにも見当たらない。


「やっぱり、しらみつぶしにしていくしかないかしら」


 ぼやく香澄に僕は言った。


「あくまで勘なんだけど、一階か二階にあるんじゃないかな。それもきっと、校舎の端にあると思うんだ」

「え、どうして?」

「図書室って場所は、全校生徒が気軽に使える場所に設置されるはずだろ。そう考えると、三階は問題外だ。だってここは小学校なんだから、六歳からの小さな子供がいたんだ。そんな幼い子に三階まで上らせるのは酷だからね」


 なるほどね、と感心の息をつく香澄に、僕は続けた。


「それと図書室ってのは、学校の施設としては大切な場所かもしれないけれど、常に使う場所ってわけじゃない。だから校舎の端にあることが多いんじゃないかと思うんだよ。校舎の中央に設置すべき大切な部屋は、他にたくさんあるからね。たとえば、職員室や保健室、校長室って具合にね」

「冴えてるじゃない、平介」


 香澄はからかうように笑った。


「わたしってホント、男を見る目があるのね」


 褒められると、逆に自信がなくなるのが僕という男だった。


「あくまで僕の勘だよ。間違ってるかもしれないし……」

「いいわよ。闇雲に探すよりもずっと効率的だわ。それで、どういう順序で回ればいいかしら」


 香澄は僕の意見に全幅の信頼を置いているようだった。僕もその期待に応えるべく、頭をフル回転させる。


「最初に二階に上がって、こちら側の端っこを調べる。もしも図書室が見つからなかったら、また一階へ戻ってきて、今度は向こうの端に行く。一階にいる方が、逃げやすいからね。それでもまだ見つからなければ、向こう側の二階を探すってのはどうかな」

「まずは校舎の一階と二階の両端を調べるってことね。うん、それでいきましょう」


 迷う素振りもなく、香澄は賛成してくれる。責任重大という気分だ。どうにか自分の予想通りに図書室が見つかることを、僕は内心に祈った。



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