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葵サイド

宙がカブトムシはじっくり時間をかけた方が繁殖しやすいからと言って葵のカブトムシを10日ほど預かると言った。


葵は宙なら大事なカブトムシを預けても大丈夫だと頷いて、その日はそのまま家に帰った。


葵は次の日からの10日間、毎日カブトムシの様子を見る為に宙の家を訪れた。


その間に葵は自然な成り行きで宙に身体を許した。


付き合い始めてまだ、10日も経っていないので早すぎるとは思ったが宙を拒む理由が他に見当たらなかった。


10日が経ちカブトムシを家に連れ帰った後も葵は毎日学校帰りに宙の家を訪れた。




 宙はガラスのように脆い精神の上にギリギリ立っているような男の子だった。時折見せる何とも言えない遠くを見る目は葵を不安にさせた。


冗談を言って明るく振る舞う宙を見る度になぜか切なくなった。求められ何度抱きあっても宙が消えてしまいそうで不安で堪らなかったのだ。


宙は楽しい事や好きな事は何でも葵に話した。でも、嫌な事や辛い事や悲しい事は何一つ話さなかった。葵を不安にさせる要因はそこにあると思っていた。



そんな中で、夏休みと冬休みと春休みの長期の休学期間は必ず三日ほど宙は故郷に帰っていった。不安な葵も行したいと申し出たが宙は首を縦に振らなかった。


理由は向こうの同級生たちと遊びたいから葵を同行させても寂しくさせるだけだろうとの事だった。


「すぐ、帰ってくるさか。そんなに辛い顔するな」そう言って宙は故郷へ帰って行く。


たった二、三日会えないだけなのに葵はこの上なく寂しくて不安だった。それは宙がこの町に二度と帰って来ないのではないかと言う思いからだった。



そんな思いを抱いた人物が葵の他にも,もう一人いた。母親の友香子だった。


友香子は病院の診察がある為、宙と一緒に故郷へ帰る事はなかった。


宙から連絡があったかと一日に何度も葵に電話をかけて来るのだ。宙は故郷の親戚の家に寝泊まりしているのだから直接電話をかければいいのにと思ったが、電話をかけられない事情があるようで葵は深く追求しなかった。


付き合い始めてから宙が最初に故郷へ帰った夏休みの日にそんな友香子が心配で、冷たい葛餅を手土産に友香子を訪ねた事があった。


玄関先に出て来た友香子を見て葵は驚いた。いつも綺麗に完璧なまでに化粧をして、綺麗に髪をセットしている友香子が髪を後ろに1つ束ねただけで口紅1つ付けていなかったのだ。


童顔の友香子がもっと幼く見えた。葵は家に上がってくれと言った友香子に近くに来ただけだからと言って葛餅だけを渡してその場を後にした。


そんな友香子を見て葵の不安は倍増した。友香子も葵と同じように宙はこの町に,自分たちの住むこの町に帰って来ないのではないかと言う思いを募らせていたのだ。


実の親子では考えられない友香子の行動。


離れていても親子は親子だろう。その部分も葵を不安にさせていた。






学校を出てから、宙にあらかじめ連絡をしていたが駅に着くと宙はまだ来ていなかった。


宙は葵が遊びに来ると必ず駅まで迎えに来てくれ、帰りは必ず葵の家まで送り届けてくれる。


こんなに過保護にされていいのだろうかとたまに思う時もあるが、それが愛情の深さから来るものだと思い宙に甘えていた。


葵は駅を出てから一人で宙の家に向かった。いつもは宙と一緒に玄関に入るので付き合って一年になるがインターホンを押すのは初めてだった。


「はっはい。あっ葵ちゃん?」


「はい」


インターホンのカメラから玄関の様子が分かったらしく宙の母が直ぐに玄関に出てきてくれた。葵は宙の母を見て驚いた。


泣いていたのだ。大きな目が真っ赤だった。


「あの?どうかしたんですか?」


宙の母は葵にしがみ付いて


「どうしよ…。私……ヒロちゃんにどう言いわけすれば分かってもらえるんやろ」


かなり動揺しているらしく珍しく彼女の口から関西弁が漏れた。


すると、宙がドカドカと二階から下りて来た。


「ヒロちゃん?ねぇ話し聞いてえ」


宙の母が宙にしがみ付いた。


「話しは聞きたないわ。俺、ユッカちゃんが何考えとるんかわからん。昼ドラの見過ぎっちゃうんか」


「そんな言い方せんといて」


宙の母がまた泣きだした。宙は母親の前では関西弁を喋らない。それにカーやんではなくユッカちゃんと読んだことにも驚いた。


宙は葵の腕を掴んでそのまま階段を上がり始めた。そしてそのまま部屋に連れて行かれた。


「ねぇ。何があったか知らないけどお母さん泣いてたよ。許してあげなよ」


葵は不貞腐れてベッドに寝転んだ宙に宥めるように声をかけた。


「あんなん、カーやんでも何でもないわ」


「お母さんに向かってそんな言い方よくないよ。そんなのヒロちゃんらしくない。ねっどうしたの?喧嘩のわけを話してよ。お母さんが泣くなんてよほどの事でしょ?」


宙は首だけ振って


「もうええ。あんなこと口が裂けても言いたない」


「何があったか知らないけどヒロちゃんの勘違いかも知れないし。ねぇ。許してあげて。お母さんが可哀相だよ」


「ちゃんとした理由も聞かんと可哀相とか言うな」


「じゃ、ちゃんとした理由を話してよ」


宙は眉間に皺を寄せたまま口を開かなかった。


こうなると宙は絶対喋らない。


「分かった。今日は帰る。ヒロちゃん早退したから心配して見に来たんだけど、明日は普通に学校に来るでしょ?」


宙は葵に背中を向けて


「明日は六組との合同授業が無いさか普通通り行く」


葵はベッド脇に座り込んで宙に顔を近づけた。


「どう言う事?ヒロちゃんが怒っている理由と関係あるの?」


「六組に顔を見たない奴がおるだけや」


「言ってる意味が分かんないなぁ」


そう呟いて立ち上がろうとした時、葵は思い切り宙に腕を掴まれそのままベッドに押し倒された。


「俺の事心配して見に来てくれたんやろ?」


「ごめん……ヒロちゃん。そんな怒ったヒロちゃんは……」


宙は葵の言葉に耳を向けず強引に唇にキスをしてきた。


ただ、葵を貪るだけで心はどこかに置き去りにしたようなキスだった。


長いキスを終え


「なぁ葵、俺、医大受けるの辞めるわ」


葵に覆いかぶさった宙が耳元でそう呟いた。


「えっ?医大辞めるって事は医者になるの諦めるの?どうして?今のヒロちゃんの成績なら国立でも受かるって言われてるでしょ?」


「うん、俺、今まで結構頑張って来たつもりやけど、なんかそんな意味も無いように思えて来た」


葵の首筋に宙の熱い息が掛った。表情は見えなかったが宙が泣いているように思えた。


「高校卒業したら、俺の生まれ育ったとこへ帰ろう思ってる」


葵は宙の背中に腕を回してしがみ付いた。


目の前が真っ暗になり、そしてガラガラと何かが崩れ落ちるようだった。


葵と友香子が一番恐れていた事だ。


「なぜ?どうして帰っちゃうの?それじゃ、お父さんとお母さんはどうするの?ここに置いていくの?」


宙はそのままの状態で葵の耳元で呟いた。


「葵も気づいてるやろ?俺、この家の本当の子じゃないんや」




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