葵サイド~一年前の回想~
「凄い立派ね。これ、自分で羽化させたの?」
「うん。初めてで、無事成虫になるか心配やったけど、何とか羽化できた」
宙のカブトムシは従兄弟から幼虫時に貰ったそうで冬場の温度管理とやたらと出るフンの処理が大変だったと
言った。蛹になってからもケース内で上手く納まって角が曲がらないかとか色々気を使ったようだ。
それに、オスとメスとでは羽化する時期が三カ月ほどずれる為、飼育温度に差をつけないと同じ時期に成熟期を迎えられないのでそこも気を使ったと言った。
そうして苦労して羽化させたにも拘わらずよく考えてみるとこの二匹は兄妹でカップリングさせるには血が濃すぎて向かない事に気が付いたと言う。
「図書室であんたを怒鳴りつけて正解やった。この話しを了承してくれたお陰で苦労が水の泡にならんで済んだ」
「ねぇ。もし卵が産まれたら私も飼育に挑戦してみようかな?その時は飼育方法教えてくれる?」
「うん、産まれた卵の半分はあんたに権利あるし、俺かて初心者で手探り状態やけど。まぁ時間掛るけどやってみよ」
ヘラクレスオオカブトのような巨大種は成虫になるまで二年位かかる。
「でも、産まれた卵が成虫になる頃は私たち大学生だね」
葵は無防備な笑顔で隣に座る宙の顔を覗き込んだ。
「多分、この種は100個近く卵産むさかこんな小さなケースじゃ飼育は無理やな。衣装ケース位の大きさが必要や。大学生になってそんなもん持って一人暮らしせなあかんとなると大変やな」
葵は宙と顔を見合わせて大声で笑った。
「そんなにいらないからネットで売っちゃおうよ」
宙は多分葵が飼っているオスメスもきっと兄妹だと言った。自分が繁殖させたカブトムシを売りさばくとしたら別の親から生まれたペアを組ませて売ると言う面倒な事はしないと言う。最低四匹のカブトムシが必要になるからだ。
だから葵のペアも兄妹ではないかと言うのだ。葵はちゃんとしたペットショップで買ったわけじゃ
ないのだ。
カップリングは成功だった。お互いが気に入ったらしくオスはメスから離れようとしなかった。
「カブトムシはクワガタと違ってメス殺しないさか安心やな」
クワガタムシのオスが気性が激しいと気に入らないメスを挟んで殺してしまう事があるらしい。
「クワガタって結構残酷だよね。人間の女の子が告白して、「気に入らない」って男の子に殺されるようなもんなんだよ。怖いね。告白なんて出来ないよね」
宙に告白して刺されたようだと言った女の子を思い出した。
「カマキリのメスも交尾後オスを食うって言う話し聞いた事あるけどな」
「人間の女の子はしないでしょ」
「イヤ、今の日本の女は分からん」
「アハハ。桂木君って結構面白いんだね。日本の女の子敵に回して食べられちゃうよ」
「うわぁ。冗談に聞こえんなぁ。本当に食われそうや。でもあんたにやったら食われてもええかな」
「もう、私がするはずないでしょ」
葵は笑いながら宙の首を絞める振りをした。
「でも、クワガタは気に入ったメスには物凄く優しいんやで。一緒に甲虫ゼリーを食べたりするんや。それ見ると何か微笑ましいかったけどな」
「クワガタも飼ったことあるの?」
「うん、スマトラフタマタクワガタをね。結構気性の荒いタイプやったけど一緒に飼ったメスをえらい気に入った様子やったけど結局繁殖は失敗したけど」
「いいなぁ。私もお金と飼うスペースさえあれば色々飼ってみたいんだけど。今は図鑑を見て満足してる」
「じゃぁ図鑑好きに1つクイズな。その残酷なクワガタムシの幼虫時に栄養を与える為には何を食べさせればいいか?」
「それって甲虫の飼い方に書いてあった。多分カブトムシの蛹じゃない?」
「正解。やっぱあんた変わってるわ。こんな事普通女の子は知らんぞ」
「あのね、私が八歳の時に妹が出来たから私のお守はいつもお父さんで、お父さんは甲虫が好きだったからそのせいなの。甲虫好きになったのは」
そう言って葵は交尾中のカブトムシを恥ずかしげもなくまじまじと見ていた。そんな葵をまじまじと見ていた宙が
「ほんま、あんた変わっとるわ。可愛い犬や猫見とるみたいにカブトムシに見とれてるんやもんな。あっそうや」
そう言って宙は勉強机の上に置いてあった小さな箱を葵の目の前に持って来て蓋を開けた。
「これ、やるよ。クイズ正解した景品」
中には四センチほどの長細い玉虫の羽が入っていた。
キラキラと見事に光る緑色と赤色の縞模様に葵は驚いた。
「え?凄い。私、実物は初めて見た。ねっ触っていい?これどうしたの?本当に貰っていいの?」
葵はその羽を手のひらに乗せて見た。思ったより硬くて、図鑑で見た物より数段綺麗に輝いていた。
「人工的に造られたみたい。余りにも綺麗過ぎる」
「これは去年俺の故郷の寺の裏山で拾ったんや。そこの寺は山の上にあって駐車場がまた離れた山の中でな、そこに落ちてたんや。その山は寺が所有するもんやから殆ど人の手が加えられていないから珍しい玉虫もまだ生息してたんやろな。でも片方の羽だけしかなかったから辺りを捜しまわったけど結局捜せず諦めたけど、綺麗やろ?俺も初めて見たから家に持ち帰ったんや。生きてる玉虫が絶対あの辺りにおるって事やから機会があったら採集しに行くつもりや」
「ねっもし、二匹見つけたら一匹ちょうだい」
「あんたなぁ。段々あつかましくなってきとるな。それやったら一緒に行こうや。玉虫採集」
「ここから近いの?その場所?」
「俺、関西弁喋ってるやろ?俺の故郷関西や。ここからやったら最低一泊はせな無理やな。かなり辺鄙な場所にある町やから」
「一泊?」
「あんたと一泊玉虫採集旅行したら、俺、玉虫どころじゃなくなるやろな」
宙は意味深な事を言って葵を見つめて来た。葵は目を逸らし、火照り出した顔を隠すようにカブトムシに目を向けた。
葵は宙の家に来てから何度も宙の熱い視線を感じていた。最初は気のせいだと思っていたが、時間が
立つに連れ時折絡めてくる視線の回数が増え、葵もどんな対応をすればいいか正直困っていた。




