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葵サイド


 ロビーに一人残された葵はガラスの自動ドアの向こうで三人の私服警官に囲まれ車に乗り込む純也の姿を茫然と見ていた。


 遺体、任意同行、接触事故、着信記録。私服警官たちの言葉は今の自分には聞いた事がない呪文のように聞こえた。純也が殺人の疑いを掛けられている。その事実だけしか……頭に浮ばなかった。純也が殺人?そう思うと寒気がして身体が震え出した。


 葵は茫然としたまま、私服警官と純也が消えたガラスの自動ドアの方へとヨロヨロと歩き出した。


 国道に出て、いつものバス停でバスを待った。もう少しこのバス停でボンヤリしたかったが、バスは五分ほどで、葵の目の前に停車した。


 ゆっくりとバスに乗り込み、空いている座席に座った。夕べ、美津子の部屋で荷造りをした。持って来ていたスポーツバックに身の回りの物を詰め込み、純也とひと時を過ごした後、最終の電車で自分の住む街へとかえるつもりだった。


 何もかもリセットして、何食わぬ顔で教室に入り授業を受けるつもりだった。宙と出会う前の淡々とした日々を過ごして行くつもりだった。


 純也との約束は果たせなかったが、それでも今夜予定通り帰省しよう。宙への気持ちが揺るぎそうで、学校へ通うのは辛いがそれでも……これ以上この場所には居られない。


 駅前のバス停に着いて、葵はバスを降りた。


 美津子のアパートへと向かい、玄関のドアを開けた。小さな玄関には男物のスニーカーがキチンと揃えて脱いであった。そのスニーカーには見覚えがあった。それは……とても懐かしく思えた。


「ミチル?宙君が来ているんだけど」


 玄関に出て来た美津子が心配気な表情を浮かべてそう言った。


「うん」


 葵はその場を逃げ出す事もせず、ただ、吸い寄せられるように宙の居るリビングへと向かった。


「葵?」


 葵の気配を感じた宙が少し安心したような笑みを浮かべて声を掛けて来た。


「ヒロちゃん……ここが分かったの?」


「あぁ。ミチルの自宅前の飯塚さんにこの場所聞いて来た。葵。帰ろう。今日は葵を迎えに来たんや」


 ガラステーブルの前に座った宙が立ち上がって葵に近づいて来た。


「嫌。帰るけど……ヒロちゃんとは帰らない」


「なんでや?」


「この前も言ったでしょ?私……もうヒロちゃんを信じて無いの。ミチルちゃんの事だって……女として許せないから」


宙から逃亡していたここ、何ヶ月間、ずっと心に溜めていた気持ちを吐きだした。


葵の冷やかな視線と、憎悪の籠った言葉に、宙は眉一つ動かさず、ただ、葵を見降ろし、そして、視線を葵の背後へと移した。


「そのことやけど……あの時のミチルのことで、一つおばさんに聞きたい事があるんやけど」


 美津子の表情か強張った。



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