葵サイド
テーブルに置いてあった携帯のバイブが震え出した。ボンヤリと外を見ていた葵だったが自分でも驚く位冷静に手に取り通話ボタンを押した。この着信音は純也だった。
「葵ちゃん?今、このホテルのロビーのフロントに来てる。もうチェックイン済ませたからこっち来てや」
純也から葵が見えているらしく、携帯を持ったままラウンジから見えるロビーへと振り返った。私服に着替えた純也が手を振っている。同じ様に小さく手を振って答えた。
携帯をカバンにしまい、ゆっくりと立ち上がった。歩きながら緊張している自分に気付いた。手が震えている。一歩一歩純也に近づいた。もう……後戻りはしたくない。
自分から純也に慰めてくれと頼んだのだから……。
純也へと後、五メートルだという場所に来た時、純也の後方から三人のスーツを着た男性が純也を取り囲んだ。
三人ともガッチリとした身体付きだった。一人は五十代。一人は三十半ばだろうか。後一人は二十代に見えた。三人共険しい表情だった。五十代の男性が純也に話し掛けている。
葵はその場に立ち止まった。それは……TVドラマを見ているようだった。
「大橋純也さんですね。S署の刑事課の佐上といいます。先日遺体で発見された浜野将太さんについてお聞きしたい事があります。署に任意同行と言う形で御同行お願いします」
「浜野?」
恐ろしいほど暗い表情を浮かべた純也が佐上と言う私服警官に問い質した。
「はい。遺体の傍には浜野さんが乗っていたと見られる原付バイクが乗り捨ててありました。場所はガードレールの無い山道下でして、単独事故と接触事故の両方で捜査しています」
「俺には何の関係も無い話や」
純也は手にしていたカードキーを目の前に立つ葵にチラつかせた。
「浜野さんが持っていた携帯電話に二年前の着信記録が残っていまして、最後に連絡を取ったのが大橋純也さんの携帯電話でした。それで、こうしてお話を伺いに参りました」
三十代の私服警官が二コリともせず淡々と純也にそう話した。
「二年前の着信記録?そんなもん本当に残ってたんか?」
「浜野さん。結構厚手のウィンドブレーカーを着ていまして、携帯電話そのものは、無傷だったんですよ。電源さえ入れれば、ちゃんと、データは残ってました」
「……」
純也の目付きが見る見るうちに険しくなった。
「今日のレースを観戦させて頂きました。凄いライディングテクニックでしたね。そのことも踏まえて御同行願いたいです」
佐上が何か含みを持たせた言い方をした。
「まぁな。それが本業やしな。葵ちゃん。ごめんな。ちょっとこの人たちに付き合って来るから。約束守れんようなったわ」
純也が三人の私服警官たちに囲まれてホテルを出て行った。
ロビーに一人残された葵はガラスの自動ドアの向こうで三人の私服警官に囲まれ車に乗り込む純也の姿を茫然と見ていた。
遺体、任意同行、接触事故、着信記録。私服警官たちの言葉は今の自分には聞いた事がない呪文のように聞こえた。純也が殺人の疑いを掛けられている。その事実だけしか……頭に浮ばなかった。純也が殺人?そう思うと寒気がして身体が震え出した。
葵は茫然としたまま、私服警官と純也が消えたガラスの自動ドアの方へとヨロヨロと歩き出した。




