幸也サイド
二年後幸也サイド
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「松本くーん」
甲高い声が駅のホームで鳴り響いた。
声がするほうに松本幸也が振り返ると、同じクラスの女子が三人手を振りながら走り寄って来た。
幸也はチラリと腕時計に目をやる。
六時半を過ぎていた。二駅先の本屋で文庫本を物色しては立ち読みしを何度か繰り返していたら、気がつけばこんな時間になっていたのだ。
女子と言う部類は、男子とは違い、意味のないことをしゃべり続けるという特徴を持っている。
少し、振りかえったことを後悔した。
「一人?」
「うん」
「買い物?」
「うん。本屋に用があって」
手にしていたレジ袋をチラリと見せた。
「なに買ったの?」
一人の女子がレジ袋を覗き込んできた。
「うん。文庫本」
「えー。何々?見せて」
「わたしも見たい」
三人同時にレジ袋の中身に興味を示した。
早く見せろと三人とも同じ目をして、俺に訴えかけて来る。
「前にやってた外国映画の原作だよ。映画は見てないんだけど流行ってたからね。読んで見ようかなって思ってさ」
そう言いながらレジ袋から買ったばかりの文庫本の上下巻を見せた。
「あー。これね。わたし、映画見たよ。面白かったけど意味が分からなかったヤツだ。優香も見たよね」
「そうだっけ?」
「うん。一緒に見に行ったじゃない」
「嘘? 覚えてない」
「ほら、犯人がまさかの枢機卿で、カッコイイ俳優さんだったじゃない」
「……」
今夜から読もうとした外国もののミステリー小説。
しかも、大枚を叩いて上下巻同時購入。一ページも読まない間に犯人を教えてくれた。
「あー。思い出した。思い出した」
「優香ボケてるー」
女子三人の声がホームにこだまする。
幸也は文庫本をレジ袋に仕舞って、腕時計に目をやる。
見上げれば駅の時計があるにも関わらずだった。そんな小さなパフォーマンスはことごとく気付かれない。
「松本君。それ、読み終わったらわたし、貸して欲しいな。わたし、映画見てないの」
三人のうちの一人が目をクリクリさせてそう言って来た。
「うん。貸すよ」
犯人が誰なのか分かったから、今すぐ貸してやると言いたい気分だったが、その言葉を無理やり飲み込んだ。
「美月ったら、何気に松本君と約束取りつけてる」
優香と呼ばれていた女子が、頬を膨らませた。
「だって、わたし、映画見てないし。前から気になってた小説だもん」
ちょっとした小競り合いが始まると
「あー。優香たち!松本君もいる。今日はどうしたの?」
背後から声がした。
クラスの女子二人組が幸也たち四人の方へと駆け寄ってきた。
「きゃー。偶然だね」
五対一のこの比率に圧倒されて逃げ場を失った。
(何なんだ?)
三対一なら何とか我慢も出来るがさすがに額に汗が出て来た。追い払う事も出来ず五人の女子たちが、さっき以上の声を上げて騒ぎ始めた。
五対一。
この比率はどう考えても可笑しいだろうと、縋るものは無いかと辺りを見渡した。
すると、ホームの階段を上ってくる長身の男子が目に飛び込んできた。
幼なじみで、家の向かいに住む竹本晴樹とその彼女の杉本沙耶だった。
「聖徳太子か?いや井戸端会議のおばさんか?」
五対一の比率を察知した晴樹が大声でそう呼び掛けて来た。
幸也の顔が光った。助け舟。
自分たちの横を通り過ぎようとしたそのカップルに
「おい、晴騎」
そう呼び掛けると、晴樹が振り返りながら
「幸也、釘刺しておくけど、今夜は俺の部屋に来るなよ」
杉本沙耶が飛びついて晴騎の口を押さえに掛る。
「もう、晴樹君!」
五対一の比率から逃れる為の助け舟が幸也を足止めして遠ざかる。
「今、過激な事言わなかった?」
「きゃー」
五人の女子が騒ぎ出した。
「松本君に来るなってことは……二人きりってことよね」
「きゃー。過激。過激」
「でも、杉本さん最近可愛くなったよね」
「違うよ、綺麗になったんだよ」
「ううん、色っぽくなったのよ」
「どうしてだろう?」
「きゃー。過激。過激」
「羨ましいー」
幸也は辺りを見渡した。
何人かがこちらに注目している。
どんな小さな穴でもいいから入りたくなった。
「興奮したらお腹が空いてきた」
「わたしも」
「マックでも行く?」
「いいねえ。それ賛成」
誰がしゃべっているのか分からなくなった。
腹が空いたのなら家に帰れよと言いたかったが我慢した。
「松本君もねぇ?マック行こうよ」
文庫本を貸してくれと言っていた女子が、また目をクリクリさせて幸也の腕を掴んだ。
(カンベンしてくれよ)
幸也は泣きそうになりながら、その腕を振り解こうとして一瞬胸がドキリと動いた。
目の前を……幼馴染の桂木宙の母の友香子が通り過ぎたのだ。
久しぶりに見たその美しい横顔が、幸也たちの前を歩いて行った。
抜け出せる口実になりそうだ。
幸也はゆっくりその子の腕を解いて
「ごめん。また今度にしよう」
何を勘違いしたのかその女子が顔を赤らめて
「二人でってこと?」
「イヤ……その……」
みんなでと言いかけてその言葉を飲み込んだ。
五対一の比率を自ら約束してどうするのだ。
視線を外せずにいるとその女子の顔が今以上に赤くなった。
「ちょっと……なに、抜けがけしているのよ」
「そうよ。そうよ。さっきから抜けがけばっかしてる」
「松本君、困っているじゃない」
五人で揉め始めた。
ラッキーだった。
「ごめん。本当に急用を思い出したんだ」
そう言って、遠ざかる友香子の背中へと目を向けた。
それに気付いた一人が
「知り合い?」
「うん。ほら、桂木宙の母親だよ」
「えー。桂木君の?」
「綺麗な人だったね」
「うん。桂木君に似てた。桂木君って中性的な顔立ちしているもんね」
五人は宙の話題に移りそうだったので
「じゃあ。俺、行くよ」
幸也は必死の思いでその場を素早く後にした。




