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葵サイド


 純也が連れ出してくれた場所は、市内から三十分ほど西へと県道を走り、蛇のようなカーブが繰り返される山道を抜けた高台だった。純也はレーサーらしいライディングテクニックで、難なくその繰り返されるカーブを走り抜け、葵はただ、純也にしがみ付いてその身を預けた。


 両サイドは木々に囲まれた一車線の山道。CBRのライトが闇を照らす。


 純也がバイクを停止させた場所はその先に続く道路が無く、行き止まりで、木を模写して作られた柵が車止めとして整備されていた。白線だけが引かれ数台ほど車が駐車できるほどの小じんまりした駐車場になっていた。


 街燈一つ設置されていないその駐車場はCBRのヘッドライトだけが辺りを照らし出していた。


「暗くて怖い場所やろ?」


 純也がCBRのピリオンシートに座る葵の方を向いてそう話し掛けて来た。


「うん。ここって?」


「ここね。この山中に入ったら、清流があって鮎が釣れるらしい。若鮎の解禁日は六月一日やからまだ一週間ほど先やけどね」


「鮎?」


「ちょっとライト落とすよ」


 純也がライトを落して、変わりにバザードランプを点滅させた。


 点滅するライトに時折浮かび上がる純也がヘルメットを脱ぎ始めたので、葵も同じようにヘルメットを脱いだ。エンジン音が鳴り響く中

「今夜はかなり湿気のある日やから見れる思ったんやけどなぁ」


 そう言いながら純也がボンヤリと黒い輪郭だけが見える闇の中の山系を見上げると小さなホワホワとした光りが葵達の方へ近づいて来た。暗闇の中を薄緑色の筋を引きながら一匹、二匹……とバイクのバザードランプに吸い寄せられるように何処からともなく蛍が舞い降りて来たのだ。


「ほっ蛍!!」


 葵は初めて見る蛍の光に思わず声を上げた。


「このハザードの光りを仲間だと勘違いして寄って来るんよ」


 三匹の蛍が葵の肩に止まった。幻想的な蛍の光が葵の肩で点滅する。


 純也がバイクから降りて、手に嵌めていたライディンググローブを脱いでから、そっと両手を包み込むように葵の肩に乗せ、その三匹の蛍を自分の手のひらの中に閉じ込めた。純也の手の中でも点滅し続ける蛍を葵の目の前に持って来て見せてくれた。


「ウワ―綺麗。本物の蛍だ。これ……ゲンジ蛍だよね」


「いや、俺分からん。カブトムシとクワガタムシの違いなら分かるけど」


 純也が首を傾げながらそう笑う。


「それくらいは誰でも普通分かるでしょ。ヘイケ蛍はもう少し小さいはずなの」


「蛍にも種類があるんやね」


 蛍……


(葵は俺の暗闇の中ではホタルに見えたんや)


 宙が言ってくれた言葉。暗闇のホタル……


 その言葉は……全て……ミチルがあっての物だった。


 暗闇はミチルが作り出した物。


 宙の暗闇の真相は……分からない。


 ミチルを強姦した相手……


 葵の知っている宙からは信じられない事だった。


 真相を聞きたい。


 宙の口から真相を聞きたい。


 でも、聞くのが怖い。


 葵の目から涙が零れ落ちた。


「葵ちゃん? 」


 純也の呼び掛けに顔を上げた。


「なんや……泣いているんか? 」


「ちょっと……辛い事を思い出しただけ」


「元彼の事とか? 」


 葵はコクリと頷いた。純也の手から三匹のホタルが飛び立った。


「ほら、そんな湿っぽい顔するからホタルが逃げてったやん。元彼の事なんか忘れや」


 純也が子供を宥めるように手のひらを葵の額に乗せて来た。そんな純也が堪らなくなって葵は両手を伸ばして純也の首に抱き付いた。


「私を……慰めて下さい」


 暫く沈黙が続いた。


「ダメですか? 」


 ハザードランプの光が純也の表情をボンヤリ浮かび上がらせた。


 その口元に薄らと笑みを浮かべた純也が

「ええよ。遊びやったら付き合う」


「遊びで……いいです」




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