葵サイド
「ねぇ。この店ってさ、罪だよね」
「はい?」
「いやぁ。この臭いは違反だって」
「はぁ」
「でもさ、この牛串一本500円だよね?それって安いの?高いの?」
一方的に喋くりまくるこの客に水田葵は首を傾げながら
「さぁ?」
「商売っ気無いね。こう言う時はお買い得ですよって言うもんだろ?」
葵は真っ赤になりながら
「そうですね。ハハハ」
「国際レーシングコースからこの遊園地への市道下トンネルを抜けるとさ、肉が焼ける香ばしい、いい匂いが漂ってくるんだもんな。ねぇ。それって戦略?」
戦略と言われて葵は吹き出してしまった。
葵と同じくらいの見えるその客は、自分はカッコイイと知っているタイプの男の子だった。
切れ長だが愛橋のある目を見開いて
「ねぇ。眼鏡、曇って来ているよ。大丈夫?それで肉焼ける?」
「はい。なんとか大丈夫です」
そう言ったものの確かに曇って見えにくい。ガスコンロの網の上で、牛串がかなりの量の煙を出している。
「もしかして……新人?」
「はい。ケホッケホッ」
今度は喉に引っ込んだ。もう、ボロボロだ。
「眼鏡……取ったら?」
「はい」
涙目になりながら眼鏡を外してレジ横のカウンターに置いた。
「へぇ。ねぇ。バイトさん。眼鏡取った方が可愛いよ」
眼鏡を外した葵にはそう言ったその客の表情が見えない。
焼けている牛串をひっくり返して塩コショウを振る。
「それ、焼ける前に先にコーラちょうだい」
「はい」
急いで後を向いて大き目の紙コップに氷を入れ機械にセットしてコーラのボタンを押す。
「ねえ。俺ね、SRS―Jアドバンスクラスの生徒なんだけどバイトさんってここにいつ入ったの?」
「一週間前です」
「そうだろうね。俺ね、一カ月に一回はここに通って二輪車走らせているんだけど初めて見る顔だって思ったからさ」
そう言えば朝から軽快に走り抜けるバイクの排気音がこの売店の向かい側の建物の奥からずっと鳴り響いていた。
ここは、FⅠグランプリも開催される国際レース場で、その中には二輪車や四輪車の将来、世界で通用するライダーやドライバーを育成するためのレーシング・スクールも設立されている。
葵は、そのレース場に隣接して建てられている遊園地内の売店で牛串を焼くアルバイトをしていた。
「レーサー……ですか?同じ年くらいだと思ったから」
「うーん。高三だよ。ちゃんと高校行ってるし」
「高校生でレーサーなんですか?」
「まっ……卵って感じかな。九月のサンデ―ロードレースには出場出来るように目指しているんだけど。バイトさんは幾つ?」
「私?高三です」
「タメか」
良い具合に焼けた牛串を相手に渡した。
「バイト……何時まで?」
「はい。三時までですけど」
そう言うと相手が後に見える観覧車を見上げた。観覧車の中央はデジタル時計になっている。
「もう直ぐだね。ねっ。俺と遊ばない?遊園地でさ」
「え?」
「この牛串最高だったし、ねっ?」
いつの間に食べたのか竹串だけを手にしている。
「名前聞いていい?」
「水田ですけど」
「ちゃんと答えてよ。下の名前は?」
「葵」
「俺は坂本瞬。ほら、ちょうど三時だよ。今の時期はこの遊園地、六時まで営業しているから三時間も遊べるよ」
葵は瞬の勢いに負けて、バイトを終えてからそのまま瞬に付き合う事にした。




