照彦サイド~二年前~
「なんで?お父さんには関係ないやろ?」
数か月前のことだった。
高校生になったばかりのミチルが泣きながら声を振り絞って怒り出した。
照彦はそんなミチルの手から携帯電話を無理やり取り上げ、自分の耳に当て
「お前みたいなヤツとミチルの仲は許さへんぞ。もう、二度と電話してくるな。わかったか?」
そう叫んで一方的に電話を切った。それを目の前で聞いていたミチルはその場に泣き崩れた。
「翼君は……お父さんの思っているような子じゃないんや……ただ、宙君がおらんようになって辛いだけなんや」
「渡瀬さんとこもアホや。出来のええ方を養子に出して、出来損ないの弟を手元に残してこっちはええ迷惑や」
「翼君は出来損ないやない」
渡瀬家は代々から、この地域で農業を営む大地主で照彦はよく猪狩りの依頼を受け、渡瀬翼の父親とは顔見知りだった。
「宙の方は今年有名高校へ入学して医者を目指してるらしいけど、翼の方は遊び呆けとるが」
「違う。翼君には夢があるんや」
「あかん。あんな男はあかん。そんな男と付き合う暇あったらミチルも精一杯勉強せい」
渡瀬翼はこの辺りではかなり有名な不良で、夜遅くまでコンビニの前に座りたむろしている派手な連中の中の一人だった。
可愛い一人娘がそんな不良と付き合うとはもっての外だと当然、照彦は許さなかった。
大人から見ればハラハラするぐらいの子供なのに本人たちはもう、自分たちは大人なんだと勘違いしている。
体の作りは大人でも精神面が追いついていない。
何か起こってからでは遅いのだ。この年頃が一番厄介だと照彦は妻の美代子と毎日頭を悩ませていた。そんな親の
気持ちなど考えもしないミチルは何をするにも相手との付き合いを最優先していた。
そして、その連中が最近夢中になっているサーフィンボードを見る為、この海岸に毎日訪れていた。
運動が苦手なミチルはその中には加わらず、時には小説を片手に、時にはデジカメで波に乗るその彼を写真に収めたりして、この砂浜に座って夕方遅くまで見ていたという。
照彦は軽トラックの窓を全開にして、身を乗り出し、堤防下に見える波打ち際を覗き込んだ。
ミチルの彼を含む、三人の若い男たちが砂浜を歩いてきた。
二百メートルほど先にある坂道には彼らが乗ってきたとみられる原付バイクが停めてあった。
照彦の居る場所から砂浜へは急な階段でしか降りることが出来ないが、サーフィンをする連中は必ず、その二百メートル先のなだらかな坂を利用して砂浜へと下りる。
照彦は遠くに見える彼らに視線を向け、固唾を呑んだ。
太平洋側に位置するこの地域は毎年何回かの台風の被害に合う。
直撃は避けられてもこの海域沖に進路を取り、通過すると、普段はなだらかな海水浴場に、まるで小山のような大波が打ち寄せるのだ。
荒れ狂う風と叩きつけるような大雨。そして、大波が怒涛のように押し寄せる。
その大波を狙って余所からきたサーファーが海に入ろうとするのを地元の漁協組合の漁師たちに目撃され注意を受けたりしている。
しかし、この彼らは地元のサーファーで、この海の恐ろしさを十分に知っている。
だから彼らは、このように頻繁に、この海を訪れて、たまに来る大波を待つのだ。
三人組の男たちがこちらに近づいてきた。
若者特有の均整のとれた上半身。
今、世間で騒がれているイケメン揃いだ。
その上、日焼けをしている三人の男たちはさぞかし女の子の視線を浴びているのだろう。
三人は持っていたサーフボードを砂の上に置き、海パン姿で海に入る用意を始めた。
海水はもうそれほど冷たくは無い時期だが、まだ海開きをしていない為、海水浴をする人はいない。
照彦は、この海岸沿いで一軒だけある駄菓子屋に目をやった。
たこ焼きと書かれた旗が海風を受けて、なびいている。
店先に置いてある自動販売機にさえ客はいない。
照彦は軽トラックのギアチェンジの横に立てかけていた手に馴染んだ散弾銃をスッと取り出した。
それから助手席へと移動して窓から身を乗り出した。
そして、銃口を砂浜にいる三人組へと向けた。
大きく息を吸って、両腕に力を入れ、引き金に指を添えた。
相手はいつもの動き回る猪や、飛び跳ねる鹿ではない。
視界を邪魔する大木も生い茂る草さえもない。
大波を待つ彼らの視線は波にだけ向いている。
この距離なら完璧に捕える事ができる。
泥にまみれボロボロになった血の気の引いたミチルの姿が浮かんだ。
照彦の指先には微塵の迷いも無かった。
銃口をその三人に狙い定めたまま、一気に引き金を引いた。
バンッ
バンッ
バンッ
三発の銃声が抜けるように青い空に鳴り響いた。
銃声が青空の彼方に溶け込み呑まれ、消えて行く。
打ち寄せる波の音だけが何事も無かったかのように聞こえ始めた。
熱く熱を持った銃口から火薬の匂い漂い鼻につく。
照彦は深く座席に沈み込み、背中を預け、大きく息を吐いた。
助手席の横に持っていた散弾銃を置き、そして、靴と靴下を脱ぎ、もう一度散弾銃を手にして、銃口を上にして自分の両足の間に挟んだ。
まだ、熱が籠る銃口を自分の口に銜えて、足の親指を引き金の中へと差し込んだ。
ミチル……お前を一人にさせへん。
そう呟いて思い切り足の親指に力を入れ引き金を引いた。
バンッ
軽トラックのフロントガラスが血飛沫で、真っ赤に染まった。




