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葵サイド(R15)

胸の先端を口に含まれ、生温かい舌が這いまわる。


「あ……」


意図せず漏れる声が、部屋中に響く。


初めて宙に抱かれた時は、下の階にいる母親の友香子が気になって仕方がなかった。


宙はそんなことはお構いなしで、葵の身体を愛撫し、その度に漏れそうになる声を押し殺していた。


何度も繰り返される行為は、羞恥心を鈍らせ、今では、与えられる刺激に恥じらいもなく声が出てしまう。


宙は快楽に喘いでいる葵を、まるで観察でもしているかのような目で見ていた。自分だけが淫らで、自分だけが快楽の渦の中に引き込まれているようで、無償に虚しくなっていた。宙の身体が動く度に、身体が波打ち、奥深く心まで狂いそうになる。


頭の中がジンジンと痺れだし、まるで麻薬のようにこの痺れを自ら追い求めた。


宙との温度差に気付いた時は、もう、この宙の腕の中から抜け出せなくなっていた。背中にしがみ付き、両脚を絡め、もっと深くと腰を浮かせて、宙の体温が自分と同じ熱さになるようにと願った。





「それで大学にはもう進学しないの?」


身支度を整えた葵は、まだ、トランクス姿のままベッドに寝転んでいる宙に尋ねた。


「実家から通える農大受けて、大学行きながら農園の手伝いするつもりや」

宙の中ではもう具体的な進路が決まっているようだった。


「翼君は後を継がないの?翼君が居るなら、ヒロちゃんは桂木家に残るべきよ」


ムクリとベッドから起き上がった宙がベッド脇に置いてある古びたカラーダンスから缶箱を取り出して中から少し黄ばんだ新聞紙を取り出した。新聞紙だけを取り出すとその缶箱をもう一度カラーダンスに直した。


「これ……読んでみて」


葵はその黄ばんだ新聞紙を手渡されベッドに腰掛けて読み始めた。


「「白昼の惨劇」」と大きく見出しに書かれていた。


「「三人の未成年のサーファーが海岸で散弾銃により死傷。犯人はその場で自殺」」


「「詳しい事情は調査中」」 



葵は新聞の日付を見た。


二年前の六月。


この事件には見覚えがあったがあまり記憶にない。


「これって?まさかこの中の一人が?」


Tシャツに腕を通しながら葵に背を向けたまま


「うん、翼やった」


新聞紙を握ぎりしめ


「亡くなったの?」


宙は首を横に振った。


「翼は死んでない。せやけど明日死ぬかもしれんし、もしかしたらこのまま何十年も寝た切りで意識のないまま生きるかもしれんし、あー良く寝たって今晩辺り起きて来るかもしれんし……。つまりそんな状態のまま、二年も病院に入院してる」


「どうして?散弾銃って、これって流れ弾にでも当たったの?」


やはり宙は背中を向けたまま


「翼はその犯人の男の娘と付き合ってたんや。翼は自由奔放の男やったさかその父親に反対されてたんや。でも、ミチルの……彼女の事は大事にしてたんやけどな、その事件の前の日、彼女が誰かに強姦されて自殺したんや。その父親は翼らが犯人やって決めつけて散弾銃持ち出して射殺したんや」


宙はそう言いながらその場に座り込んで肩を震わせて大声で泣き出した。


「射殺された大樹も良輔も俺の幼馴染やった。大樹は大工の息子で親の後継ぐつもりやったし、良輔は親父の船で漁師するつもりやったみたいや。二人とも父親が好きで大樹は親父に習って木で色んな物作っていたし、良輔は親父と一緒に早朝から船に乗って手伝いしとった。みんな、大事なその家の後継ぐ息子やったんや。何で……十五やそこらで死ななあかんのや」


宙は嗚咽を漏らした。


「翼君たちその彼女を強姦したの?」


「してない。するはずないやろ。自分の彼女やで。その日、近くで引ったくりの事件があって翼ら三人濡れ衣着せられて、その強姦があった日は警察で事情聴取受けてたんや。それが何よりの証拠や。言いわけ位……言いわけ位させたってくれたらこんな事にならんかったのに」


たった1つの強姦事件が四人の尊い罪の無い人間の命を奪ってしまった。


悲劇としか言いようがない。葵は蹲ったままの宙に近づき思い切り抱き締めた。


「翼らは彼女が強姦にあった事も、自殺した事も知らんと海へ来てたんや。そこをいきなり撃たれて……。翼だけは命中せんと頭の側面を掠っただけやったんやけど、頭やからな。翼は大樹も良輔もミチルもその父親も死んだ事知らんと寝た切りや」


葵は宙の柔らかい髪を何度も撫でた。


「ヒロちゃんが隠していた事、話してくれてありがとう。私はヒロちゃんの事ずっと知りたかったんだよ」


宙が葵の腕にしがみ付いてきた。こんな宙を見るのは始めてだった。


葵は宙が愛しくて仕方がなかった。


「俺、この話し聞いた時、目の前真っ暗になったんや。本当に一年間は闇の中やった。ただ、翼がくれ

たヘラクレスを絶対死なしたらあかんってそれだけ考えて生きてた思う。そのヘラクレスの件で、葵と出会って……今でも夢みたいや思ってる……葵は俺の暗闇の中ではホタルに見えたんや。暗闇で光るフワフワ飛んでるホタルやった」


この上ない愛の言葉だと思った。宙の小さな光になれた自分が嬉しかった。


亡くなったのは四人だがその命に関わる人間は真っ暗な闇へと突き落とされた。どれほどの人が宙と同じ暗闇を漂っているのだろうか?


亡くなった彼らの両親、まだ年若い年齢でその祖父母でさえまだ健在で、想像するだけでも数え切れない闇の数が見える。


 親の後を継ぐ。そう言われて嫌な思いをする親がいるだろうか?


子供に親の全てを認められていた気がする。子供は親の愛情を身体いっぱいに感じていたのだろう。


そんな何よりも代えがたい繋がりを無残にも断ち切られた。


その断ち切った犯人でさえ娘をこの上なく愛していた上での犯行。


親が子を思い、子が親を思う。


何も、誰も間違っていない。


ただ、何かの歯車が外れて壊れてしまっただけだ。


「ミチルを強姦した犯人は、まだ捕まって無い。それに強姦されたとは世間には公表してないんや。母親も、強姦での被害届は出してないんや。まあ、被害者が死んでるさか、母親としたらどうでもええ事かも知れんけど……。こっちはその強姦が原因で三人も死んでるんや。俺は……ミチルを強姦した犯人を捜したいんや。休みを利用して向こうへ帰っとるのも犯人捜す為や」


「強姦した犯人を?」


「あぁ。この事件の根源はそいつや。そいつが警察に捕まらんと生きているのが許せんのや。何年掛ってもその犯人を捜すつもりや」








 興奮していた宙がようやく落ち着いて来たので葵はベッドに座るように宙に促した。


 それから宙の隣へと座ろうと葵が立ちあがった瞬間、天井がグルリと回るほどの眩暈を覚えた。


「葵?」


 宙に抱きかかえられ倒れる事はなかったが急に気分が悪くなった。


「葵?さっきから気になってたんやけどお前もしかして熱あるんと違うか?」


 宙がそう言いながら葵の額に手のひらを添えて来た。


「うん、完璧に熱あるわ。どうする?親父の診察受けるか?」


「ううん。いい。もうすぐ診察時間は終了でしょ。ドクターに悪いし大丈夫だよ」


「わかった。体温計とスポーツドリンク持ってくるわ。それからタクシー呼ぶ。今日はタクシーで帰れや」


 宙がそう言って部屋を出て行った。


 葵は持っていた例の記事が載った新聞に目をやった。


 犯人捜しをしている宙にとっては大事な資料の一つだ。


その新聞を元の場所に戻すため、ゆっくりと立ちあがり宙が新聞を取り出していた古びたカラーダンスに向かった。


 やはり身体がフラフラした。


 かなりの熱もありそうだ。


 宙と抱き合っていた時はそう感じなかったが、さきほどからずっと寒気がしていた。


 ふらつきながら、缶箱を取り出し、新聞をその中に戻そうと蓋を開けると、中には宙宛の手紙の束が入っていた。


 葵はその手紙の束を手に取り、送り主を見るとそれは全て村田ミチルからのものだった。


 色取り取りの可愛い絵柄の封筒が輪ゴムで束にされている。宙はどうやらミチルと文通していたようだった。


 少し戸惑ったものの、手紙の内容がどうしても気になった。


(どう言う事?ミチルって子は翼君の彼女だったんでしょ?どうしてヒロちゃんと……)


 一度やニ度の文通ならそう気にはしないが、これほど多量な文通となると二人の仲がどうのようなものだったのか気になる。


 葵は宙に悪いと思ったが、その中の一番新しい消印の封筒を束の中から抜き出し、中を開けてみると手紙が一枚だけ入っていた。


 葵はその短い手紙を読み終え、もう一度缶箱の中からさっきの古びた新聞紙を取り出し、日付を確認した。


 熱があり寒気もしていたがその内容に鳥肌が立った。


 そして、その全ての手紙の束を自分のカバンの中へと押し込み、ふらつく身体を庇いながら宙にも友香子にも声を掛けずに桂木宅を飛び出した。





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