葵サイド(R15)
言われた通り確かに薄々は気づいていた。宙は母親の前でも父親の前でも関西弁は喋らないし、親であるその二人からも関西弁を聞いた事がなかった。
「俺が十歳の時この家に養子に来たんや。俺の本当のカーやんと今のカーやんは双子の姉妹で、今のカーやんが大病
患って子供が出来ん身体になってしもて、それで、俺がこの家に養子に入ったんや。それに、実は俺も双子や。俺の実家には俺の双子の弟も年の離れた妹もおる。葵に従兄弟やって言うたけど本当は実の弟や」
不安がる友香子の気持ちがよく分かった。宙は自分が産んだ子ではないのだ。葵も親子でなくして、こんなに良く似た他人がいるだろうかと不思議に思っていたが本当の母親と双子の姉妹なら似ていて当たり前だ。
宙と友香子の喧嘩の原因は教えて貰っていないのでよく分からないが宙がこのタイミングで帰ると言いだしたのはやはりその喧嘩のせいだろう。葵の手のひらに汗がにじみ出て来た。
「ヒロちゃんが帰るって言うなら私も一緒に連れてって」
「あかん。葵は国立か公立の大学行って幼稚園教諭になるんやろ?そんな夢わざわざ捨てんでもええ。折角ここまで頑張って来たのに勿体ない」
「いや、夢なんか捨てる。ヒロちゃんがいなくなったら私何にも無くなっちゃう……」
葵は腕に力を入れて宙の背中にしがみ付いた。
「そんなに大げさに考えんなよ。俺がもし医大に行っても葵が進む大学と離れるかも知れんやろ?それと同じや」
「ヒロちゃんが進む医大に近い大学を目指すつもりだったの。絶対離れたくないから。どんな事してでも合格するつもりだった」
葵は宙に抱きついたまま泣きだした。高校卒業まで後一年。受験生になって、これから本格的に受験勉強に励む予定だったはずが、宙のその一言で何もかも狂ってしまう。宙を止めたい。何が何でも故郷へ帰したくない。
「もう、二年も前から向こうのトーやんとカーやんに帰って来てくれ言われとる。こっちの親父にもカーやんにもこの上ない世話になってて、ましてやこっちの親父は赤の他人や。それやのに俺の事本当の子以上に大事に育ててくれて、そんな二人を置いて今さらよう帰らんってずっと断って来たんや。それやのに……」
宙はそれ以上、話さなかった。
「そんなに故郷がいいの?今まで頑張って来た努力とかを全て投げ出しても故郷がいいの?」
「俺は……今、この世に生れて来た意味を探してる。俺は、渡瀬家の長男や」
葵は生まれてきてから一度も宙の言ったような家だとか長男だとかそんな話を考えた事がなかった。葵は宙の瞳を見つめたまま、自分の家の事を考えた。
自分は長女で、妹もいて……。葵の親は出来ちゃった結婚で葵が生まれたと言っていた。望まれて生まれたのだろうかと落ち込んだ時もあった。
名前も新婚旅行へ行った際にグァムで見たハイビスカスが綺麗だったから葵と安直に名付けられた。八年目に妹が生まれた時、明らかに夫婦ががっくりと肩を落としたのを覚えている。名前も四月に生まれたので(さくら)と安直に名付けられた。
それから弟が産まれ夫婦は両手を叩いて喜んでいた。名前もどこか有名なお寺の住職に付けて貰ったと言っていたし、五月には必ず庭先に鯉幟が泳いでいる。最近は男女は関係無いと言う風潮だがやはり跡継ぎは男子でないと、と葵の親たちの様に言う親も少なくない。地方へ行けば行くほど根強く残っている。
「長男?」
「俺の実家は地元でもかなり大きいミカン農園を営んでて産まれた時からお前はこの農園の跡継ぎやって言われて育てられたんや。自分もその気になってたから学校の勉強もそれなりにして、畑や山や海で毎日泥んこになって遊んでたんや。そんな田舎の子供がこんな海も山もない街中へ養子に来てオマケにいきなり医者になれって言われて……かなり無理してたと思う」
葵は自分から宙を抱きよせ唇に軽くキスをしてから
「どうして、ヒロちゃんが養子になったの?双子の弟の方はって考えなかったの?」
今度は宙が葵に口づけてから
「最初は弟、翼が養子に行く事になってたんやけど、翼がどうしてもカーやん、トーやんと離れたくないって駄駄捏ねて……それで、俺が自分から養子へ、桂木家へ行くって言うたんや」
「十歳で?」
「うん」
葵は宙の首に抱きついて
「ヒロちゃん、小さい時からしっかりした子だったのね」
「産まれた時から、マイペースの弟を気にしながら育って来てたら嫌でもしっかりしてくるもんや」
宙は葵に跨ったまま来ていたTシャツを脱ぎ始めた。
葵も何も言わず宙と見つめ合ったまま、いつものように寝た状態で制服のブラウスのボタンを外し、後ろに手を回してブラのホックを緩めた。
そして、ブラウスと一緒にベッドの下へと落とした。
お互い上半身裸のまま暫く見つめ合っていた。
中性的な顔に似合わず筋肉質な身体は何度見ても葵の心と身体を開かせる。
始めて抱きあった時、葵はその筋肉質な身体が意外だと宙に尋ねた。
宙は父親に勧められて小学生の頃から始めた剣道を中学卒業と同時に辞めたが、気晴らしに毎日素振りだけはしていると言った。
逆に宙は葵の細い身体の割に胸が手の中に納まりきらないと言った。葵はそんな自分の身体が嫌で切ってしまいたいと言った。宙はそれは辞めてくれと言い、贅沢な悩みで小さい胸の女の子を敵に回すぞと笑った。
宙は葵と離れても平気なのだろうか?
宙なら葵が傍にいなくなれば直ぐにでも彼女が出来るだろう。
現に葵と付き合い始めてから宙は五人の女の子に告白されている。その子たちは葵と言う彼女がいると知っていて宙に告白したのだ。
「あんなジミな女、直ぐに飽きるはず」
「マジ?遊ばれてるんだよ。あの子」
「大人しい顔してどう言う手を使ったの?」
「私さ、あんたには負けてないと思う。ねぇ、そう思わない?」
陰口ならともかく面と向かって言われた事もあった。
辛くて涙が出た事もあったが絶対自分からは宙と別れないと誓っていた。
宙の少し茶色がかった瞳に見つめられたまま欲しがるように両手を伸ばした。
宙は両手を掴んで手のひらに軽くキスして両腕を葵の耳元へ押さえつけた。
ベッドが少しバウンドして豊かな胸が波打った。
「俺かって……葵と離れたくない。言いたい事分かるやろ?」
涙で溢れた瞳を閉じるとポロリと雫が頬を伝う。
その涙にキスをしながら
「付き合い始めた時、葵がこんなに俺の事好きになってくれるとは思わんかった」
今は宙の思いより葵が勝っている。心も身体も宙の事ばかり考えている。知らなかった甘美な世界も宙が教えてくれた。やはり今の自分には宙しかいない。




