照彦サイド~二年前~
冒頭、少し残酷な描写があります。
今日の空は抜けるように青く澄んでいた。雲一つない青空。
梅雨の晴れ間とはいえこの時期には珍しい。水平線が見渡せる波除の堤防に沿って走る人気のない県道。村田照彦は愛用の軽トラックを駐車し、運転席で煙草に火を点けた。
白い煙が開け放っていた窓から、潮風に乗って揺らめき消えて行く。そんな煙を目で追い、照らされた太陽の光の中に、消えて見えなくなるまでじっと眺めていた。
「私、猪肉嫌いや」
頭の中に一人娘のミチルの声が聞こえたように感じた。
そして、ミチルの拗ねた顔を思い出し、喉の奥からこみ上げて来た嗚咽を煙と共に吐き出した。座席に背中を預けて、ただ、青く澄んだ空をフロントガラス越しに見上げた。
ミチルは照彦が山で仕留めて来た猪の肉が食卓に並ぶのをとても嫌っていた。
確かに牛肉や鶏肉に比べれば肉質は硬くて今頃の少女には嫌われて当然だったと思うが、それ以前に彼女は照彦が山に出て猪を狩る行為自体を嫌っていた。
猟犬として飼っていた二匹の犬のメリーとコリーさえ連れ出すなと何度も言い寄って来ていた。
猟師仲間の一人から猟犬として譲り受けた二匹の犬を子犬の時から大事に育ててきたミチルにしては家族も同然だったのだろう。
反対に照彦からすればこの二匹はよく働く気の合った猟師仲間の一員だった。
そんな可愛い家族を猟に狩りだして、獲物を追い詰めたりと言う、残酷な目に合わせたくは無かったのだろう。
年をとってからやっと生まれてきてくれた可愛い娘は幼い頃から喘息が酷く、本が一番の友達だった。そんな彼女から見ればかなり血生臭い照彦の趣味は考えたくないものだったに違いない。
趣味と言えば聞こえはいいが、この町の近辺で農家の農作物を食い荒らす厄介者を駆除する役割がほとんどで、頼まれると嫌と言えない性格の照彦はその度に猟師仲間たちと二匹の犬たちを引き連れて山を駆けずり回っていた。
当然、照彦からすると、人の役に立つ、素晴らしい趣味だと自負しているところも有った。
照彦は今日、何度目かのため息をついた。 今思えばミチルとのそんな小競り合いも幸せなひと時だったのだ。
農家の厄介者とは言え、生きた尊い命を奪った自分への神からの戒めだろうか?
いつの間にか流れ落ちた涙に気がついた。
全開にした軽トラックの窓から日を浴びた潮風が強く吹きこむ。
途中までしか吸っていない煙草を、火がついたまま外へと投げ捨てた。
後、一カ月もすればこの砂浜は海水浴を楽しむ家族連れなどで溢れかえり、この白い砂浜にビーチパラソルの花が咲き乱れるはずだ。
幼いミチルを連れて何度か泳ぎに来たことがあるこの砂浜。
波を怖がり、この胸にしがみ付いていた小さな手は、自分から離れることなど永遠に無いと思っていた。
陽が少し傾きかけてきた。遥か沖には漁船が数隻見え、先ほどとは違う色合いを見せていた。
照彦はもう一度空を見上げ、この青い空に溶け込むように逝ってしまったミチルの笑顔を思い出し
「ミチル!」
大声を出して、ハンドルを思い切り叩いた。




