7.夢解(3)〜RPG〜
◆クラン
その夢は、いつもとちょっと違ってた。
「何なのだ、これは……?」
白黒の世界に変わりはねぇけど、どう見てもリシュトの街並みじゃねぇし、オレの知ってるどこの国でもなさそうだ。確かに家があって人がいて、木も空も普通に存在している。リーフが眉をひそめているのは、それが現実にはちょっとないだろう光景だからだ。
まず、レンガ造りの家のいくつかは窓も扉もない。木や花は枝葉にいたるまでまったく同じで、空には絵に描いたような雲が規則正しく浮かんでいる。まわりのヤツらはみんな無表情のまま、たまに動くだけで一定のところをうろうろしていた。
「いくら夢が固定世界ではないとはいえ、不自然すぎる。それに……」リーフはすっかり困惑して、自分とオレを何度も見た。「どうして俺たちまで、こんな格好なのだ?」
そう。極めつけは、オレは銀の胸当てにマントをして、腰には立派な剣。リーフはフードのついた長いローブに、くねくねした木の杖。こいつは間違いない……アレだ。
「RPG、だな」
「あーる、ぴー、じー? なんだ、それは? 何かの暗号か?」
「知らねぇのか? ロールプレイングゲームだよ」
「聞いたこともない」
まぁ、貴族サマがテレビゲームなんか知ってるわけないか。本気で混乱している相棒がおかしいやらかわいそうやらで、とりあえずRPGのなんたるかを基本から説明してやった。
「で、一番有名なのは、勇者と仲間が世界征服を企む魔王を倒すってやつだ」
「ふむ、つまり圧政から立ち上がった民衆が蜂起して、暴君の独裁政府を倒す革命、というようなものだな?」
「そんな生々しいゲーム、誰がやるんだよ……。勇者ってのは伝説の剣を使える選ばれた人間で、魔王はごっつい化け物ってのが相場だな」
「それは誰が選ぶのだ? 化け物とは空想上の生き物ではないのか?」
「だーかーら! これはゲームなんだって。子供のときに読んでもらった絵本とか御伽噺とかじゃ、動物が平気で二足歩行して人間語をしゃべってただろ? あれと同じだ」
「俺は二歳から語学と政治学の本を読まされた記憶しかない」そっちの方がどうかしてるぞ。「あぁ、しかしそういえば、シアに読んでやった絵本でクマが歌っていたな。なるほど、そういうことか」
そんなところで納得されてもなぁ。
「それで、それと俺たちのこの格好と、なんの関係があるのだ?」
「こいつは戦士と魔法使いってところだろうな。つまり、ゲームの中の登場人物になっちまったみたいだ」
「……先ほどから元に戻ろうとしているのだが、いつもと感覚が違う」
オレが実物大のゲームに感心してる間に、リーフは混乱しながらもしっかり対処方を考えてたらしい。オレも言われて試してみたら、本当にできなかった。普通は現実と同じ服装で、その気になればどんな格好にでもなれるはずなんだけど、今は自分の意志が妨害されてるっていうのかな。うまくイメージできねぇんだ。
「俺たちの意志を無視して強制的に発現させるなど、とんでもない影響力だ。この夢、やはりどこかおかしい……」
「そんな深刻になるなよ。ただのゲーム好きの夢だって」
「だといいが……」
心配性だなぁ。これはこれで、いつもよりわかりやすいぜ?
「核は魔王で、居場所は魔王城に違いねぇ。そいつを倒せば、世界は平和になってハッピーエンド! もしかしたら財宝が隠されていたり、囚われの姫君なんかもいたりするかもしれねぇな」
「どうしてわかるのだ?」
「それがRPGのお約束だ」
感心しているのか納得できないのか、リーフは複雑な顔をしている。オレ達が無理にでも登場キャラクターにされるってんなら、この世界の法則に従って、ボスをやっつけてゲームクリアをするまでだ。
「おっ、さっそくモンスターのお出ましだ!」
どこからともなく現れたのは、小さなゼリーみたいなのが二匹と、タヌキっぽいのが一匹。まず初めは弱っちいヤツからぶっ飛ばして、レベルを上げて……
『グガアァーッ!』
……って、ちょっと待て! いきなり横から出てきた手が十本もあるトラだがライオンだかわからん三メートル以上の化け物が、ゼリーを踏み潰してタヌキを喰っちまいやがった。最初からこんなでかいのは反則だろ!?
「初めの町からこんなのがいたら、勇者が旅立つことさえできねぇぞ!」
「生物学的にあり得んデザインだが、かなり凶暴そうだな」
「スタート三分で終わらせるつもりか? 魔王……じゃなくて核は本気だな」
飾りじゃないことを祈りながら腰の剣を抜いたら、結構鋭い刃で、重さもちょうどいい感じだった。剣道なんかやったことねぇんだけど、ファンタジーに銃は反則らしい。
「おーし! いくぞ!」
こうなったら度胸で、こっちから突っ込んでいった。ご丁寧にも、白黒なのに干渉できるようになっているらしい。別々に動く十本の腕をよけて足元に滑り込んで、一本を切り落としたはいいけど、コンマの差ですぐ背後の地面がえぐられて穴が開いた。
「あっぶねぇ。リーフ、魔法で援護してくれ!」
「マホウ? なんだ、それは。どうしろというのだ?」
「オレに訊くなよ。魔法使いのキャラなんだから、火の玉とか氷とか出せるだろ」
そもそも魔法ってのがなんなのかをわかっているのかってところから不安だけど、こんな反則じみた化け物、オレ一人で相手にするのは勘弁してくれ。
「ん? ポケットに本が……なになに? 杖を空に掲げて、光の矢を放つイメージをする……こうか?」
オレが九本腕と格闘している間にブツブツ言っていたリーフから、空に向かって光が飛び出した。身の危険を感じて飛び退いたら、トラもどきに雷が落ちてきた!
「ふむ、夢と要領は同じだな」
感電してフラフラしているところへ、いっきに斬りつけた。いくら意思を妨害されるっていっても、もとの実力と経験でどうにでもなる。ダテに化け物じみた“獣”とやり合ってるわけじゃねぇぜ?
『グアァーッ!』
腕が全部なくなったライオンもどきは、コツをつかんでおもしろがったリーフの雷十連発で黒コゲになった。ふぅ、なんとか初戦が終わったな。
「少し非現実的で機械的な要素があるが、基本的には変わらないようだな」
理不尽な現象が平気で起こる夢と、確かによく考えたらほとんど違わねぇ。同じことしか言わない住人と同じ人物ばっかりの町。モンスターと“獣”。入口のない家と空の上につながってる灯台。違うのはオレ達が自由に動けないってことだけど、これはもしかしたら結構致命的なのかもしれない。
すぐ近くの町で聞き込みをしたら、いろんな情報があった。リーフが通りがかりを何人か捕まえて、聞き込み開始。
「すまないが、少し訊きたいことが……」
『北にある町が、魔物に襲われて困っているんだ』
「なんだと? 俺はまだ何も……」
『森の泉には女神様がいらっしゃいます。あなた達もお祈りをすると、きっとご加護があるでしょう』
「いや、そんなものより魔王とやらを……」
『どこかの山の洞窟に、古代の宝が隠されておるらしいぞ』
「だから、魔王はどこだと訊いているだろう」
『どこかの山の洞窟に、古代の宝が隠されておるらしいぞ』
「貴様……」
『恐ろしい魔王の城がここから見えるので、夜も安心して眠れません』
同じことしか言わねぇヤツらに、さすがのリーフもキレる寸前で、なんともあっさり魔王の居場所がわかっちまった。町人Aの視線の先、川の対岸に見えてる古い廃墟みたいな城がそうらしい。
「なんだ、すぐそこではないか。さっそく行って……ん?」
甘いな、リーフ。お前は川の存在を、RPGの掟をまるでわかっちゃいねぇ。いつもなら鍵のかかった扉でも開けと言えば開いたし、崖も飛び越えればよかった。でもこの世界はオレ達の意志を受け付けない上に、これはただの“川”じゃない。
「なんだ、この『壁』は?」
リーフは川の手前でぶつかった見えない壁を、パントマイムみたいにさわったり叩いたりしている。たとえ小さな水たまりでも、通り過ぎることはできねぇ立派な障害物なんだよ。
「こんな『壁』で塞ぐなど、理不尽な。どこかに橋は……」
「魔王がご丁寧にも橋をかけて歓迎してくれると思うか?」
「仕方がない。では、まわり道をするしかないか」
「あぁ、ぐるっと世界一周な」
「……」
さて、今回の夢解はかなり時間がかかりそうだ。現実とは時間の流れ方が違うっていっても、ここでの時間で何年もかかっちまったら、さすがに朝までに戻るのは無理だろうなぁ。
「ま、せっかくだから気長に楽しんだ方がいいぜ?」
抵抗するのも驚くのもあきらめたリーフを励まして、オレ達は魔王討伐の旅に出発した。
「今日の仕事は楽勝だったな!」
森に棲みついているモンスターを退治してほしいって依頼を完了して、村長から金貨をがっぽりもらった。途中で回収したお宝は、銀の剣に魔法の壷、傷薬に宝石。久しぶりの収穫だ。
「ここいらで一番強いっていう巨大ゴリラもぶっとばしたし、そろそろ次に行くか?」
「この地方ももう三ヶ月になるからな。この金で準備を揃えていこう」
冒険者になって二年とちょい。馬車に乗ったり歩いて山を越えたりしながら、町に滞在しては金を稼いでお宝を探して、また移動するって生活で、いつの間にか世界の半分以上をまわっていた。何千回も戦ってるおかげで、このあたりのモンスターも相手にならないレベルになった。村の道具屋で薬と地図と新しい靴を買って、いよいよ明日は砂漠の国だ。
「あのあたりには何があるのだ?」
「今度のはすげぇぜ。“燃える水”っていう、この世界の始めからある伝説のお宝だ。砂漠のどこかにある、砂に埋もれた空洞にあるって話だ」
「あの大砂漠を歩きまわるのか? 一年はかかりそうだな」
「でもよ。せっかくのAクラスのお宝だぜ? 見過ごすのはもったいねぇ」
「見てみたいとは思うが……なぜそれが必要なのだ?」
「なんでって、宝を探すのがオレ達の……。探して……どうするんだっけ?」
あれ? なんかすげぇ大事なことを忘れてる気がする。旅をして、モンスターと戦って、宝を見つけて……んん? それじゃぁ、なんで旅をしているんだ? どこへ行こうとしている? それ以前は、どこで何をやってたんだ……?
「あーッ! 魔王!」
そうだ、思い出した! オレ達、魔王を倒すために旅をしていたんじゃねぇか!
「世界を破壊しようと企む、あの魔物の王のことか? それがどうかしたのか?」
「どうもこうも、ヤツを倒すんだよ!」
「俺たちには関係ない……いや、あった気がするが……」
「オレ達、夢解に来たんじゃねぇか!」
「夢、解……そうだ、夢……!」
リーフがこぼした疑問でオレはいっきに思い出して、それを聞いたリーフもやっと全部わかったらしい。なんでそれを忘れてたんだ? 忘れてたことさえ今まで全然不思議にも思わなかったことが不思議だ。
「これも魔王、いや、核の力なのか?」
「たぶんな。オレ達の記憶を少しずつ消して、この世界の住人にしたんだ」
「それで自分の身を守ろうとしたのか。小賢しい」
「でも、もう思い出したからにはこっちのもんだ。すぐに魔王城へ行くぞ!」
あぁ、頭がスッキリした気分だ。さっきまで完全にこの世界の登場人物になりきってた自分が怖い。無駄に二年以上も居座っちまったけど、現実じゃどれくらいの時間がたったんだろう。さっさと還らねぇと、オレ達まで夢死扱いにされちまうぞ。
『今まで魔王に挑んで、生きて帰ってきた人はいませんわ』
ここまでなじんだ後に現実を思い出すと、この一方的で同じセリフも気持ち悪い。これが普通だと思ってたオレ達も、もしかしたら決められたことしか言ってなかったのかもしれねぇだろ? 最初はオレ達の意志が邪魔されてるだけだと思ってたけど、操作までされるとなったら厄介だ。制限のある中でも精一杯意志を強く持って、リーフと二人でお互いに確認しあっていれば、かなり抵抗できるみてぇだ。
『魔王の城に入るには、古代石の鍵が必要じゃ』
「確かにお前の言うとおり、なんでこんなばばぁがそんなことを知ってるのか不思議だよな」
「古代石の鍵とやら、あの孤島の塔で見つけたあれではないか?」
自分の城の鍵をご丁寧にも塔のてっぺんに置いてあるってのは、よく考えたらマヌケな話だ。ゲームだから当然だと思ってたことでも、疑問を持つことで自分が部外者だってことを意識していられる。
最初に川をはさんで見た向こう岸に二年越しでたどり着いたオレ達は、やっと魔王城に入ることができた。ゾンビやらドラゴンやら大蛇やら、もうなんでもアリの歓迎っぷりだ。でも、どうやら強くなりすぎちまったみたいで、埃を吹き飛ばすみたいにどんどん進んでいった。
「ついにここまで来たか、人間よ」
どう考えても外から見たよりでかい城の最上階で、オレ達は玉座の間に乗り込んだ。影のような黒い姿、低い声、紫色のおぞましい光。んー、絵に描いたような魔王だ。……けど。
「人間など、わたしが滅ぼしてやる」
「じゃぁ、もっと早くにさっさとしろよ」
「まずはお前たちを血祭りに上げてやる!」
「お前がか? おいおい、調子に乗るなよ」
リーフと目配せして、遠慮なく階段を上っていった。あわてた魔王が放った炎はリーフが雷で打ち消して、オレは魔王を真正面から思いきり殴り飛ばしてやった。
「なっ、何するんだよ!?」
禍々しい雰囲気は一瞬でなくなって、そこに倒れていたのは怖くもなんともねぇただのガキだった。はん、やっぱりな。
「俺たちの意志を無効にするとは大した力だが、いくら巧妙な世界を創ろうとも核だけは変化できない」
「ラスボスが一番弱いなんて笑えねぇなぁ」
「くっそー!」
「よくも世界一周させてくれたな。さっさと還りやがれ」
「嫌だ!」
ビクティムは、こうなったら完全にただのダダをこねるガキだ。
「こっちの方が楽しいんだもん! ボクはもっと、いろんなものを作るんだ!」
「そういうのを現実逃避っていうんだよ、覚えとけ。世の中そんなに甘くねぇってこと、教えてやろうか?」
「兄ちゃん達だって、気付かなきゃここで楽しく過ごせただろ。それにボク、誰にも悪いことしてないじゃないか!」
「まず一つ、お前の両親が何日もロクに寝ないで心配している。二つ、オレ達に仕事を増やした。充分悪いことだぜ」
「う……でも、還りたくない! 塾も習い事も勉強もテストも、もう嫌だ!」
おおかた、厳しい家庭環境に嫌気がさして夢に逃げたってところか。金持ちだか良家のぼっちゃんだか知らねぇけど、贅沢ぬかしていい気になるなよ。
「嫌なら、それを変える努力をしたのか?」
オレがガツンと言ってやろうとしたら、リーフが前に出てきた。
「そ、そんなこと、ボクなんかじゃ何もできないよ」
「結果ではなく、努力をしたかどうかだ。現実に不満があるなら、どうすればよくなるのかを考えて動くしかない。しかし、もしそれがうまくいっても、失うものや犠牲になるものが必ずある。その覚悟を忘れるな」
「な、何それ……?」
「それは自分で考えろ。そのうちわかるときがくる」
いつもの説教と似ているようで、ちょっと違う。まるで自分自身に……過去の自分に言っているみたいだ。オレはこのガキくらいの歳には失うものさえなかったけど、そうだな、今ならなんとなくわかる気がする。
「ボクは、好きなことをしたいだけなのに……」
「できるかどうかはお前次第だが」言葉を切って表情を見ていたリーフが肩をすくめた。「プログラマーという職業がある。同じ楽しむなら、こういうゲームを作って他の人々にもその楽しみを分け与えたらどうだ?」
「ゲームを作れるなんてすごい! ボク、ぷろぐらまーになるよ!」
「かなり勉強しねぇとなれねぇぜ?」
「そんなの毎日してるから大丈夫だよ。それになったらもっと楽しめるんだから、がんばる!」
リーフの丸め込み……じゃなくて説得で、ビクティムはすっかりその気になったみてぇだ。シアでもそうだけどガキの扱いに慣れてるあたり、なんか二歳違いとは思えねぇほどオヤジに見えちまう。
「お前が子供なだけだ。それに俺はどんな相手にも、理論立てて真摯に話をしているぞ」
「オレには嫌味にしか聞こえねぇけどな」
「もちろんそのつもりだからな、そう聞こえたのなら幸いだ」
軽く一発ぶち込んでやろうと思ったら、ビクティムが現実に還った影響でオレ達も引き戻された。剣と魔法、どっちが強いか勝負しておくべきだったな。もちろん現実じゃオレの方が強いぜ。……口であいつにかなうヤツなんか、いねぇけどな。