4.夢解(2)〜三英雄〜
◇リーフ
夜だというのに『夢殿』の前の道に人だかりができているのを見た俺とクランは、嫌な予感がして立ち止まった。騒いでいるのは女性ばかりで、上は亡くなった俺の母より上の年代から、下は十代の少女まで、ざっと五十人以上も幅広くそろっている。
「……また服が乱れそうだな」
「いつもより多いぞ。たぶんあのヤロウも来てるな」
もう少し隠れて沈静化するのを待っていようかとも思っていたら、一人がこちらに気付き、瞬く間に包囲されてしまった。こうなったら動くこともできない。
「リーフ様! これ、受け取ってください!」
「ありがとう。大切に使わせてもらおう」
「クラン、一緒に写真とって!」
「おう、いいぜ。……んー、きれいに撮れたけど、やっぱ実物の方がかわいいなぁ」
「きゃーッ! 私も!」
あの裏表のないクランが、いつも文句を言いながらも女性たちの前では嫌な顔ひとつしないで対応しているのが不思議だ。俺も宮廷で身についた社交辞令のおかげで、笑顔で応えることには慣れていても、これだけは本当に疲れる。
「あ、クラン先輩! リーフ先輩!」
この騒ぎの中でもさらに大きく明るい声が、手を振りながら走ってきた。助かった、これで抜けられる。
「すまない、急ぎの仕事を知らせに来てくれたのだな」
「え? いえ、別に急いでは……んぐぐ!」
「……急ぎ、だよな? パップ?」
「は、はい! 急いで……お願いします……!」
まだ少年とも言えるような新人解夢士は、クランに締め上げられて訳のわからないままうなずいた。表向きは彼に引っ張られるように、実際には俺たちが彼を盾にして、女性たちの輪から抜け出すことに成功した。
ダルパピリオはいつも感心するほど元気で、クランに輪をかけて嘘が言えない直線な性格だ。この状況を見ても、なぜファンが集まっているのに立ち去ろうとしているのか、まったく理解できないという顔をしている。
「先輩! この前の大量おじいさんの話、最後はどうなったンスか?」
「あれか。じじぃが五百人くらい襲いかかってきたけど、オレがまとめてぶっ飛ばしてやったのさ」
「ご、五百人も!? さっすがクラン先輩ッスね!」
そして気の毒なくらい、疑うということを知らない。きっと温かい家庭で、何不自由なく愛情いっぱいに育てられたのだろうことが、ありありとわかる。いつもクランにいいようにあしらわれているのに、彼は懲りることなく、なぜか俺にまで尊敬のまなざしでついてくる。
「やっぱり三英雄はすごいなぁ。僕、本当に憧れるッス!」
「君もすぐにそうなれるよ」
事務所前の女性たちもかき分けて入ろうとしたら、入口で彼女たちの相手をしていたシグルドがやってきた。この爽やかな笑みと穏やかな物腰で、彼のまわりもまた女性の嵐が絶えない。ダルパピリオや世間が言うところの“三英雄”の一人だ。
「わたしが君くらいの歳には何もできなかったからね。これからが楽しみだ」
「はい、がんばります!」
「ケッ、なーにが『君もすぐにそうなれるよ』だ。エラっそうに」
後ろで舌打ちをしているクランは、この人気者をただ一人嫌っている。気どっていて八方美人で絶対に裏があるというのは本人の弁だが、根拠はあってないようなものだから、単にソリが合わないのだろう。
「やぁ、リーフ、クラン。君たちの顔を見るのは久しぶりだね」
「時間帯が違うことが多いからな」
「オレはてめぇの顔なんざ一生見たくねぇよ」
「すっかり嫌われているようだな。何か、気に障ることでもしたのかな?」
「てめぇのそのにやけた顔が……ぐぁっ!」
「気にするな。ただの遠吠えだ」
「せっかく同僚なんだから、仲良くしたいな」
暴れるクランを押さえつけて当り障りのない笑みを返しておいたが、じつをいうと俺もあまり彼が好きではない。いつも絶やさないあの優しい微笑が、宮廷に溢れているそれにそっくりだからだ。そういう意味では、裏があるかもしれないというのはあながち否定できない。
「キャーッ! 三英雄がおそろいになってるわ!」
「あぁ、三人同時に見られるなんて幸せ〜!」
幸か不幸か、俺とクランもその英雄とやらに祭り上げられている。確かに実力はここのトップなのだろうが、俺としてはあまり目立ちたくない……だいたい、俺たちでさえビクティムの情報は最低限しか与えられないくらい『夢殿』の情報管理は厳しいのに、どうして夢解の実績などを外部が知っているのだ。これは担当大臣として、情報漏えいの調査をしなければならんな。
「やめとけって。世間の噂ってのは、いくら上からふたをしても洩れるもんだぜ」
俺の考えを読んだクランが、差し出された色紙にサインをしながら笑った。
「しかし、放っておくわけにも……」
「ついでに言うとな、オレ達が人気なのは実力の他に、もう一つ理由がある」
「なんだ、それは?」
「女の子の視線をとらえて放さない、このクールな顔とハンサムボディに決まってるじゃねぇか」
「……自分で言うか」
俺自身のことは、あまり意識したことがないからわからないが、クランの容姿は貴族の子息と並んでも遜色がないのは認める。ただし、黙って動かなければ、だが。町に住んで二年たっても、これ以上悪い口と態度にお目にかかったことはない。
「てめぇら、いつまでそんなところで油売ってやがる! シメられてぇのか!」
いや、クランに並ぶ者はいたな。しかも、こちらはまさに本職の経歴と容貌だから、脅しも洒落になっていない。ここでウィルドに逆らうのは得策ではないから、俺たちはおとなしく出頭することにした。
「おう、総長! 今日はどんな夢だ? なんでもやってやるぜ」
おおかたイオリとデートでもしてきたのだろうクランは、夕方に帰ってきてから機嫌がいい。女好きでいつも誰かと出かけているわりには、彼女に対する態度だけはあからさまに違い、それなのに付き合っているというわけでもないらしい。別に彼の恋愛事情に口を出すつもりはないが、クランの真意がどこにあるのかまったくつかめないのが、たまに気になった。
「今回の夢解は……Aランクだ」
ウィルドの義眼が俺たちを見まわし、低い声で唸るように言った。全員の表情がそれぞれに動いた。
「……“獣”、か」
悪夢の原因である夢の核は、多くの場合ビクティム本人だが、外的要因が苦しめるというケースもある。ビクティムを憎んでいる人物、生命の危機を感じるほどの恐怖体験などがそうで、まれに形を持った強力な悪夢となってビクティムを夢に捕え、精神を蝕む。
一般的にそれらはすべて夢魔と呼ばれているが、その中でも特に危険な存在を、俺たち関係者の間では“獣”と呼んでいる。なぜすべて獣の姿なのか、どういうファクターで“獣”になるのかはわかっていない。ただ、普通の夢魔とは比べものにならないほど強力だということだけは確かだ。
「久しぶりの大物だな。気ぃ引き締めねぇと」
「クラン先輩、格好いいッス! 僕はまだ“獣”を見たことないンスけど、そんなに強いんスか?」
「お前じゃ一発でノされちまうな、パップ。跡形もねぇぞ」
「ひぇ……!」
「脅すのはそれくらいにしておけ。しかし数日前にも、ディファンス国でも解夢士が二人殺されたばかりだからな」
「あわわ……」
「リーフ、お前も充分脅してるぞ」
「それで、誰が行くのですか? よければわたしが担当するが」
クランと俺と、その間で震えているダルパピリオを流して、シグルドが速やかに話を進めた。ウィルドは重々しくうなずいた。
「“獣”は二人以上が原則だ。……というわけで」次の言葉は聞かなくてもわかったし、それを聞いたクランの反応もわかりきっていた。「今回はてめぇら三人で行ってもらう」
「なんだってぇ!?」やはり予想を裏切らない悲鳴だ。「んなもん、オレとリーフで充分だ! なんでこいつと組まなきゃいけねぇんだよ!」
「ディファンス国での一件もあるし、今回のはかなりヤバイらしいからな、三人で確実に仕留めてこい」
「だからって……」
「ちなみに、いつもどおり拒否権はねぇ。オレ様に逆らうなら、“獣”にやられる前に殺られると思え」
元総長の凄みを利かせたにらみこそ一番の脅しだ。
「うわぁ、三英雄の共同戦線ッスね! すごいッス!」
「うるせぇ! ……チッ、せっかくのやる気が最悪だぜ」
ダルパピリオだけが無邪気によろこぶ横で、クランは悪態をついている。いつものように微笑むシグルドは、何を考えているのかわからない。俺としてはどちらでも構わないのだが、このチームワークの欠片もないメンバーでは、“獣”以外のことも思いやられるな……。
夢はリシュトの港から始まった。色のない海に、灰色のカモメが飛んでいる。先ほど『夢殿』に向かう途中に見えた多くの船が、今はほとんどなかった。
「漁に出ているってことは、夜中から明け方だな」
「いや、漁ではないな。海が荒れている。これは嵐の前に船を避難させたんだろう」
シグルドもわかっているのかいないのか、いちいち的確に訂正するものだから、俺は今にも飛びかかりそうなクランを押さえるのが大変だ。
「嵐……四十年前の大洪水か?」
コルスコート全域を襲った史上最大の嵐による大津波と大洪水は、何千人もの死傷者を出した。この夢の“獣”は、災害で大きな被害を受けたときの辛い記憶が元になっている可能性が高いな。
「ビクティムも五十二歳の男だと言っていたから、おそらくそれだろうね」
「四十年も前のことが、なんで今ごろ夢になったんだよ?」
それを調べるのが俺たちの仕事、というのはウィルドの口癖だが、それを言ったらまたクランが怒るから黙っていた。
今回の目的は“獣”を消せばいいという明確なものだが、それを見つけるのは簡単ではない。ただでさえ強力な悪夢が自分から出てきてくれるくらいなら、それこそ勝ち目もないのだが。俺たちにわずかでも勝機があるからこそ、向こうも隠れて罠を張ってくるはずだ。それだけの知恵が、“獣”ならある。
「原因はなんであれ、この港付近にあると見て間違いないだろうな」
「じゃぁ、オレはあっちの方を見てくるから、そっちは任せたぜ」
クランは俺にだけ視線を合わせて、さっさと行ってしまった。やれやれ。まぁ、まだ危険はないだろうから、手分けした方が効率がいいか。いろいろな意味で。
「リーフ、君はどう思う?」
二人で海岸を歩き出すと、待ちかねたようにシグルドが話しかけてきた。
「今になって、という意味か? おそらく似たような場面が最近あって、記憶がフラッシュバックしたのだろう」
「ついでに言うと、四十年たっても覚えているくらい強い衝撃だった、と」
「お前も気付いていて、なぜ俺に言わせる」
「いや、君の意見を聞きたかっただけだよ」
俺はいつもなら年長者には敬意を払うのだが、五,六歳年上らしいシグルドには、あくまで彼も言っているように同僚として対応していた。年下だが『夢殿』では先輩のクランとは逆で、彼は俺の半年後に入った。
「ならば俺も訊いてみたいことがある。わずか一年半で、どうやってここまで力をつけたのだ? 以前にも夢解をしていたのか?」
「君もわずか二年じゃないか。同じようなものさ」
「答えになっていない」
「じつは、こっそり猛特訓していたんだよ。あとは才能、かな?」
得意の微笑にだまされる俺ではないが、これ以上は訊いてもはぐらかされるだけだと思って話をやめた。俺の場合は、そのための使命を背負った家系ゆえの血の業だ。だが普通は……五年であそこまでの力を振るえるクランも大したものなのに、シグルドのそれは何か納得できないものが引っかかっていた。
「ん? あれは何かな?」
唐突に壮年の男が現れ、彼が走っていく先の海で少女が溺れていた。
『手を伸ばせ! もう少しだ!』
男性は叫びながら海に飛び込んでいったが、少女はかなり沖に流されていて、たどり着く前に波に飲まれて見えなくなった。助けてやりたくてもこちらから干渉することはできないし、そもそもこれは過去の幻影だ……そう頭ではわかっていても、目の前で人が苦しんでいるのに何もできないのは、何度見ても辛い。
「今の男がビクティムだね。あの女の子は誰だろう?」
シグルドは特に感情を見せず、いつもの穏やかな表情だった。社交界でも通用するくらい完璧なポーカーフェイスだ。つい、その社交界の癖で彼の真意を探ろうとしていたら、かん高い悲鳴が響いてきた。
『こんなところから……怖い……イヤ……!』
この世界ごと包みこむように、声が頭に直接響いてくる。これはあの少女なのか? すると、“獣”は少女の無念から生まれたのだろうか。早くこの超音波のような声を止めないと、頭が割れそうだ……!
「おい、なんだこりゃ!?」クランも頭を押さえながら走ってきた。「さっき向こうで十人くらいガキが溺れてると思ったら、いきなり頭ん中で声が……お、おい!」
なんの前ぶれもなく、クランが叫んだときには五十メートル以上の津波が立ち上がっていた。青い壁となって、すぐ目の前まで迫っている。……青? 色が、ある……!?
「まずい!」
巨大な影が轟音とともに俺たちの上に倒れこみ、逃げる時間などまったくないまま一瞬で飲みこまれた。世界中が沈んだのではないかと思うくらいの衝撃が、頭の中の声もろとも港のすべてを破壊した。
「ひゅ〜、びっくりしたぁ!」
どれくらいたったのか、波が引いて静かになったころ、頭を押さえたままだったクランが恐るおそる顔を上げた。津波では絶対に壊れないとイメージして作り出したドーム型の壁で、どうにか潰されることも流されることもなく持ちこたえたが……さすがに俺も焦ったな。
「あの一瞬で壁を作るとは……」シグルドは、彼にしては珍しく笑みを消していた。「それも、あれだけの大津波を防ぎきるなど、君の力こそどうなっているんだ?」
俺は肩をすくめただけで何も答えなかった。クランも彼を無視して、波など一つもない海をにらみつけた。
「マジで死ぬかと思ったぜ。ヤロウ、いやらしい罠を仕掛けやがるな」
「こちらでも少女が一人溺れていたが、それが原因だとすれば、複数の恨みによる復讐ということになるな」
「あのガキ達が、そんなに強い恨みを持ってたってのか? そこまでには見えなかったけどなぁ……」
「しかし実際に、女の子の恨みの声が聞こえたからね」
「そのガキとは限らねぇじゃねぇか」
「確かに、まだそうと決まったわけではないな。もう少し調べてみよう」
クランの勘は妙に鋭いから、迷ったときは従うようにしている。彼らが対立している以上、俺が同意した方が決定事項になった。
港沿いの町並みはことごとく破壊され、ちょうど俺たちのアパートがあるあたりから向こうはまったく何もない無空間(ビクティムの記憶が途切れている)だから、残るは海岸の端にある不自然な灯台だけだった。あの津波に耐えたのかピンポイントで波が来なかったのか、とにかくこれは現実ではなくビクティムの……いや、“獣”の都合のいいように作られた世界だから、あれには必ず意味がある。
「なっ……!?」
大きな扉を開けて灯台の中に入った……が、なんとそこには床がなかった。足元に広がるのはリシュトの空と町。三人同時に入ったから、つかまる間もなく空の上に放り出されてしまった。
「だあぁーッ! 落ちるーッ!」
くそっ、空を飛ぶイメージはさすがに……
「……?」
強い横風はそのままだが、落下の空気抵抗がなくなった?
「と、飛んでる……浮いてるぞ!」
「なんとか三人とも、うまくいったな」
「シグルド、お前、空を飛べるのか?」
「自由に動くことまではできないけどね、浮かぶくらいはできるよ」
空中に座り込んでいた俺とクランは、シグルドの力に呆然としてしまった。
見たことのないもの、経験のないことをはっきりと想像し、しかもそれが当然だと信じて疑わないというのは、言葉で言うより本当にむずかしい。飛行機は開発されたばかりだが、空中飛行を強くイメージして固定するなど、かなりの精神力だ。夢境省が把握しているデータにも、空を飛ぶほどの力を持っていた者は史上数えるほどしかいない。
「空から落ちるなんて、もう完全に夢から離れている。これも“獣”の仕業だね」
シグルドは慌てることなく町を見下ろした。どこまでがビクティムの夢で、どこからが“獣”の罠なのか……。
「ん? クラン、どうした?」
「もしかしてあのガキ、溺れてたんじゃなくて、どこか高いところから落ちたんじゃ……?」
「どういうことだ? 先ほど海で溺れているのを、お前も見たではないか」
「でもあいつらの言葉、変じゃなかったか? 『手を伸ばせ!』って、普通、溺れてる人間に言うか? ガキも『こんなところから……』って言ってたし」
夢を混同するのは、よくあることだ。少女たちは溺れたのではなく転落したと? しかしそうなると、彼女たちが四十年前の津波を知っているはずもないから、これはビクティム本人の記憶……少女たちの怨念ではない?
『もう少し手を伸ばせ!』
眼下にある灯台の展望台に、海で見たあの男性と少年の姿が現れた。金属の出っ張りにつかまった少年は今にも落ちそうで、男性が手すりから手を伸ばしている。
『よし、つかんだ! ……くっくっく』
『助けて、おじちゃん! 早く引っぱって!』
『あぁ、待て。今……放してやるよ』
……ッ! 男がやっとつかんだ手を放した! 少年は目を丸くしたまま落下し、海へと消えた……。
『助かると思った瞬間に裏切られたときの顔……ククク、たまらん!』
なんということだ。あの男、快楽殺人者だったのか。
「正体を見せやがれ!」
言う前に撃ったクランの銃弾が届く瞬間、男は薄く笑って消えた。白黒だから夢の一部のはずなのに、明らかにこちらを見て。
「クケケケッ! 見破られちまったなぁ」
シグルドの力でゆっくりと地面に下りた俺たちの前に、猿の姿の“獣”が現れた。いきなり飛びかかってきた鋭い爪を俺が棒で受け止めてはじき返し、クランとシグルドの銃弾が飛ぶ。話し合いの余地もなければ合図もない対決が、突然始まった。
「キィッキッキ!」
“獣”は素早い身のこなしで翻弄し、爪で襲いかかってはまた飛びのく。野生の猿より速く、いやらしい声で笑うというだけでなく、銃弾をもはじくほど硬い爪が攻撃・防御の両方に障害となってタチが悪い。現実ならばとっくに折れている棒で打ちつけ、離れたら瞬間的に伸ばして間合いを与えないようにした。
「なかなかおもしろい棒だね」発砲する手を休ませることなく、シグルドが話しかけてきた。「てっきり、そっちの剣を使うのかと思ったよ」
ロングコートの中に隠している鞘に気付いていたのか。確かに、現実にある武器としては銃が一番身近で扱いやすいし、棒術よりは剣術の方がまだ有名だというシグルドの考えはもっともだ。実際、俺は三歳のころからずっと剣道をしていたから、剣の方が得意なのは事実なのだが。
「これはいざというときの、飾りのようなものだ」
言葉は足りないが、嘘ではない。我が家に代々伝わるこの剣は、使命を継ぐ当主が夢の中にいるときにのみ現れる。そしてある特別な存在にしか使えず、普段は鞘から抜くこともできないから、ほとんど飾りのようなものというのは本当だ。
「にゃろっ、逃がすか!」
銃も現実にあるとはいえ、まったく同じではない。弾道や命中率、貫通力など、すべてイメージと想像力が左右する。それらを巧みに操り、ミサイル並みの破壊力と“獣”の動きにもついていく身のこなしは、クランの並はずれた意志の力を示している。俺は近づいてきたら爪を受け止め、シグルドのランダムな弾道で隙を作り、クランの的確な連射で攻めたて、“獣”はついに倒れた。
「グギギ……今回は負けても……またすぐに悪夢は生まれる。心の闇は、そう簡単には消えねぇぜ」
「うっせぇ、てめぇはさっさと消えやがれ」
「この人間には資質がある。深い深い、恐怖と快楽の闇。今度はお前らが最も恐れる悪夢……“聖獣”になるぜ……グギャギャギャ!」
俺たちの顔色が変わったのを満足そうに見ながら、“獣”は煙のように消えた。予言でも予告でもない、ただの戯言だ……それはわかっていても、笑い流すにはあまりにも不吉な言葉だった。
“聖獣”……ヤツが再び現れるというのか?
「とにかく戻ろう。この夢解は終了したんだ」
ウィルド達も“獣”の消滅を察知したらしく、シグルドが言うのとほぼ同時に世界が揺らぎ、俺たちは現実に還った。