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夢人〜Dreamer〜  作者: chro
23/33

21.夢解(5)〜エリィ〜

◆クラン



「ぶぇぁっくしょい!」

 思いきりくしゃみをぶちまけたら、今度は鼻がズルズルだ。ちり紙の山はとっくにゴミ箱から溢れていて、その上に放り投げたら崩れて三つくらい床に転がった。沸騰した頭は、湯が沸かせそうなくらい熱い。

 あー、オレ様としたことが情けねぇ。おととい買い物から帰ってきてから、ずっとこの状態だ。今リシュトで大流行の病に、オレももれなく大当たりってわけだ。

「まったく、余計なものまで持って帰ってきたものだ」

 薬までコーヒーで飲むお前に言われたくねぇよ。カップと風邪薬を持ってきたリーフは、どうにか寝込まずにすんでるけど、せきがひどくてほとんど声が出てない。昨日シアをエリィちゃんの家に預けて正解だったな。マスターとエリィちゃんは無事みたいだけど、しばらくは店を閉めるそうだ。

「何を食べても健康そのものだったお前までやられたとは、いよいよこの世の終わりか」

「ガラガラ声でまで嫌味かよ」

「『夢殿(ゆめどの)』のオペレーターも解夢士(かいむし)も、ほとんどがダウンしたそうだ。ウィルドだけは乗りきっているそうだが」

「さすが総長、気合いが違うな」

 にしても、噂じゃ街の三人に一人が寝込んでるって言われるくらい、今回の流行り病は猛威を振るっている。症状は風邪の超強力版みたいなもんだけど、どうやら新種らしいウィルスが見つかっただけで、原因も特効薬もわかってねぇ。ディファンス国のあたりでも、魚の毒で全身発疹が広がっていて、死者まで出てるって話だ。

 病気だけじゃねぇ。ケ=ドルセの砂漠化、麻薬の横行、モルディア国の戦争、毎日起こってる凶悪事件……最近はいろんなことが狂ってきている。ったく、世界中どうかしてるぜ。

 でも、こうなったときにヤバいことを、もう一つ忘れてた。

「ゴホッ、ゴホッ……すまないが、電話に出てくれ」

 電話って単語しかかすれて聞き取れなかったけど、リーフがダイニングから引っぱってきた電話を渡されて、代わりに受話器を取った。

『おう、まだ生きてたか!』場違いに元気な組長の声が響いて、頭がくらくらした。『すぐに出てこい。仕事だ』

「マジかよ、ドン……勘弁してくれ」

『これだけヤバい状況だから、夢魔も増えまくってやがる。雑魚は無事なヤツらに当たらせてるが、“獣”を相手にできるヤツは他にいねぇんだ』

「は、は……はっくっしょん! オレらもヤバいんだって」

『電話に出られるくらいなら問題ねぇ。いいか、十分以内に来いよ! わーったな!』

 お、鬼だ……。一方的に電話を切られちまったけど、反論したところでオレ達に拒否権がないのはいつものことだ。

「やぁ、具合はどうだい?」

 受話器を持たなくても充分に聞こえてたリーフがあきらめて上着を取りにいったら、部屋の外から別の声が入ってきた。

「みんな体調が悪くて寝込んでいるようだから、ちょっと見舞いにね」

 後ろで肩をすくめているリーフをよそに、ボスとは違う意味で元気なシグルドがオレの部屋をのぞきこんだ。てめぇのにやけ顔を見たら、熱が二度くらい上がったぞ。

「さすがの君たちも、そうとう参ってるようだね」

「うるせぇ。てめぇ、こんなところまで何しに来やがった」

「そんなに怒鳴ると体に障るよ」じゃぁ、さっさと出て行きやがれってんだ。「じつはいい薬が手に入ってね。とてもよく効くし即効性もある。飲んでみてくれ」

 シグルドはポケットから小さな子ビンを取り出して、オレ達に一つずつ渡した。シアの殺人ジュースに負けねぇ色だな……。さすがのリーフも眉をひそめた。

「この病にはまだ特効薬ができていないはずだが、どこで手に入れたのだ?」

「医薬に詳しい知り合いが、今朝開発したばかりなんだ。ここだけの話、まだ試作段階なんだけど、わたしが自分で試してみたから問題ないと思うよ」

「毒じゃねぇだろうな」

「まさか。そんなものを飲ませるわけがないだろう。それに、もしもその気になったら、今の君たちなら毒がなくても簡単にヤれるさ。……ふふふ、冗談だけどね」

 絶対冗談じゃねぇ方に、こないだサイコロ博打で勝った金全部賭けてもいい。

「……しかし、今は信じるしかないな」

 リーフは怪しみながらも、しばらく考えてからビンのふたを開けた。しょーがねぇからオレも起き上がって腹を決めて、小ビンの液体を飲んだ。……どんだけヤバい毒薬かと思ったけど、味は悪くねぇな。

「お? なんかちょっとだけ熱がひいたっぽいか?」

 リーフの声はすぐには戻らなかったけど、体の重さはマシになったらしい。オレも頭痛さえなくなったら、鼻水くらいはどうにでもなる。

「よかった、うまくいったみたいだな」

「てめぇ、何たくらんでやがるんだ」

 シグルドはオレ達の症状が治まったのを見てから、来たときと同じようにさっさと出ていっちまった。あいつがただの親切でこんなことするなんて、それこそ天変地異が起こってもあり得ねぇはずなのに……。

「おい、とにかく今は急ぐぞ」

 いつまで効いているのかわからねぇから、薬が切れる前にさっさと仕事を片付けてこねぇとな。それでなくても、あと四分で行かねぇとドンに殺される。

「リーフさん、クランさん! 休んでなきゃ駄目じゃないですか!」

 めっきりひと気のなくなった通りを全力疾走していたら、『エーミル』の前でエリィちゃんが見かけて、悲鳴みたいに叫んだ。そうしたいのは山々なんだけどな。

「へへ、オレ達なら大丈夫だよ。悪いけど客が待ってるから、帰りにでも寄ってくよ」

 リーフも何か言おうとしたけど、声の替わりに大きく咳き込んだだけだった。オレの赤い顔を見られるのもマズいと思って、それだけ言ってすぐにまた走った。

「どいつもこいつも気合いが足りねぇぞ! ……ん? おう、来やがったか。三分遅刻だが、今日は大目に見てやる」

「総長、こいつぁ気合いの問題じゃねぇっての」

「“獣”が現れたそうだが、他の解夢士は……シグルドはどうした?」

「あいつはしばらく連絡がとれてねぇんだ。どっかでぶっ倒れてるのか知らねぇが、今はとにかくこいつを片付けてきてくれ」

 ヤロウ、先に行ったのかと思ってたのに、ここに連絡もしてねぇなんてどういうつもりだ? いや、今はあいつのことなんてどうでもいいか。組長の横に並んで、オレとリーフも準備をしながらモニター画面をのぞいた。

 よりによって、こんなときに“獣”かよ……いや、こんなときだからこそ、か。不安、苦痛、悲しみ、怒り……そういう負の感情が大きくなった人間ほど、悪い夢を見ちまう。今のこの不安定な情勢じゃ、どこの町でも悪夢も夢死者(むししゃ)も増える一方だろうな。

「っくしゅん! ……ドン、(あっち)へ行ってる間、安静にしておいてくれよ」

 今日は人手不足のオペレーターもやってるヘッドに体を託して、オレ達はすぐに夢に向かうことにした。


 現実があれだけ荒れていたら、当然ながら夢もえらいことになってた。

 場所はウチのアパートの近くなんだけど、車はスクラップになってるわ、家はボロボロの廃墟になってるわ、街路樹は腐ってるわ、おまけに白黒の問題じゃなくはっきりと真っ黒な雨が降ってるわ。あそこに転がってる白骨、どっかのホラーゲームじゃねぇんだぞ。夢だけど偽物であることを願うよ。

「どうだ、クラン、体の調子は?」

「まぁ、ぼちぼちだな。(あっち)実よりはマシだけど、全快ってわけにもいかねぇな」

 リーフの声もオレの鼻も、とりあえずこっちではいつもどおりだ。いくら精神体っていっても、これだけ体が弱っていれば影響も出る。あとは『大丈夫だ』って思って、騙しだましいくしかねぇか。

「ぬおぁっ……!」

 いきなり空からものすごい突風が吹きつけて、その勢いで雨が矢の嵐みたいに頭から突き刺さった。水だから致命傷じゃなくても、腕がしびれるくらい立派な凶器だ。

「シネ」

 うわー、すっげぇ端的。なんの前置きもなしに現れた“獣”は、羽の生えたライオン――って、空飛んでる時点で獣じゃねぇよ――で、オレ達をにらんだだけで問答無用に襲い掛かってきた。今回は複雑な夢解(ゆめとき)をしなくても、こいつを倒せばジ・エンド。こっちにとっても話は早い。でも……。

「やれやれ、今日はどこまでも厄日のようだな」

 ミサイルみたいに突っ込んできた爪を、リーフが棒ではじいて打ちかかった。オレも同時に連射したけど、ライオンもどきはすぐに逃げて距離をとった。

 いつだったか、罠を張って待ち伏せる知能犯のサルがいたけど、こいつは堂々と正面から出てきやがった。つまり、罠なんてまわりくどいことしなくてもオレ達くらい屁でもねぇと、そう言いたいわけだ。

「汚ねぇぞ、降りてきやがれ!」

 離れた方が有利だってことを、さっきの一撃だけで学んだらしい。上空から羽で風を起こして、まわりの瓦礫と雨を飛ばしてくるのを、銃弾と棒で打ち落とすのに必死だ。オレは遠近両用だけど、リーフは棒を伸ばす瞬間に隙ができちまうから、完全に防戦一方だ。

「はぁ、はぁ……」

 くっそ。いつもの調子が出ねぇ。まだそんなに動いてねぇのに、体が重くて息が切れちまう。いや、本当はその気になったら大陸を端から端まで走ることだってできるんだ。体力的な限界は、ここにはない。気持ち、精神力だけがすべてを左右している。

 病気のことが、ずっと頭から離れなかった。薬が切れたらヤバいかもしれねぇって、頭のどっかで気にしてたらしい。そこへ加えて、このライオンもどきがのっけから嫌な予感を漂わせてきやがった。いきなりの出現、空からの知能攻撃。

「くっ……んにゃろぅ!」

「やめろ、クラン! 深追いするな!」

 連射しながら距離をつめていって、風が緩まった瞬間に屋根まで跳んで、目の前で引き金を引いた。オレの銃弾は直線じゃねぇし、この至近距離からならはずすはずがねぇ。でもライオンもどきが逆に突っ込んできて、弾丸ごと銃に喰らいついてきた。

「クラン!」

 反射的に体をひねって腕にガブリは避けられたけど、空中じゃ動くことができなくて、丸太みたいな腕の一振りをまともに受けた。民家の屋根と二階をぶち抜いて、一階の床に突き刺さってやっと止まった。

「いっつつつ……」

 現実なら内臓破裂バラバラ骨折でも、この程度じゃ死なねぇ。つっても、現実の体は肋骨の一本や二本はイカレてるかもしれねぇな。

「ぐぁっ……!」

 リーフのみたいな棒を出して、つかまりながら立ち上がったら、その相棒が横の壁を突き抜けて転がり込んできた。

「さて、どうするよ?」

「ここでしばらく様子を見て……ん?」

「ガアァァーッ!!」

 家の中なら遠距離攻撃はできねぇし、向こうから出向いてくれるなら今度こそ接近戦に持ち込める。休憩を兼ねて相手の出方を見ようとしていたら、地響きみてぇな咆哮(ほうこう)と衝撃で、屋根と壁がまるごと吹っ飛んじまった!

「……よう、久しぶり」

 床だけになった家の残骸は完全に外にさらされて、上空のライオンもどきとしっかり目が合った。こいつはちぃっとヤバい、か……?

「オトナシク、シネ」

 最初のセリフに毛が生えた程度の言葉で、今度は竜巻みてぇな鋭い突風を起こした。家ごと切り裂かれて、風も廃材も避けきれねぇ……!

「嵐よ、そよ風になれ!」

 腕と頬に赤い筋が走った瞬間、吹き上げられてた柱がどさどさと地面に落ちて、風が止まった。いや、夏の始まりみたいな軽い風に変わったのか。いやいや、それよりさっきの声、どっかで聞いたような……。

「大丈夫!?」

「えぁ!? も、もしかしてエリ」

「エリィ! どうしてここにいるのだ!?」

 ビルの陰から現れたエリィちゃんを見つけたとたん、叫びかけたオレをはね飛ばしてリーフが駆け寄った。い、今のでヒビ入ってた骨が折れたかも……。

「二人とも、もう病気が治ったはずがないから、心配で『夢殿』まで追いかけたんです。ウィルドさんにお願いして、特別に送ってもらいました」

「そうではなくて、お前も夢に入れたのか? それに、先ほどの力は……?」

「……後で、説明します」

 声も姿も、間違いなくエリィちゃんだ。でも、なんだってこんなところに? 雨の空を見上げたエリィちゃんの顔は、いつもの優しい穏やかさの中に、厳しい表情があった。何かに苦しんでるみたいな、恐れてるみたいな……。

「私もお手伝いします。リーフさん、クランさん、いけますか?」

「あ、あぁ。しかし……」

「大丈夫。三人で協力すれば絶対に負けないから」

 いつも静かでおとなしいエリィちゃんが、今はきびきびしてはっきりとしゃべってる。体は相変わらずダルいままで、傷だらけなのもよくなったわけじゃねぇのに、なんだかさっきまでとは違って、本当にいけそうな気がするから不思議だ。なんでさっきまで、あんなにマイナスのことばっかり考えてたんだろ。

「私が援護するから、二人は思いきりやってください!」

「よぉし! いくぞ!」

 銃口をライオンもどきじゃなく、その上の空に向けて撃った。旋回して降ってきた銃弾を避けようとしたところへ、勢いをつけてビルの屋上に跳び移ったリーフが棒を振り下ろす。

「翼よ、固まれ!」

 棒の一撃は爪に払われたけど、ライオンもどきがまた羽を動かそうとしたとき、エリィちゃんが叫んだ。そしたら羽が凍りついたみたいにぴったり止まっちまって、かまいたちも竜巻も起こらなかった。

「リーフさん、クランさん! 空を走って!」

 オレもリーフもなぜか疑問にも思わないで、言われるままに地面を蹴った。空を飛ぶなんて芸当、癪だけどシグルドくらいしかできねぇと思ってたのに、まるで階段を駆け上がるみたいに、何もない宙をぽんぽんと跳んでいった。

「おらぁっ!」

 やっと同じ目線に立ったところで、今度こそ前脚に銃弾をぶち込んでやった。打ち付けると見せた棒が、避けられる寸前で小さくなって、バランスを崩したライオンもどきの腹に高速で伸びた。オレ達はしっぽではたかれても、ごつい腕にふっ飛ばされても、空から落ちることも、ひるむこともなかった。

「全然、痛くねぇ!」

 風がなくなって、接近戦になったら、もうこっちのもんだ。オレが左右に二発ずつ連射してる間に、リーフが猛攻で攻めたてる。牙や腕で防いでいたライオンもどきに気付く隙を与えないまま、さっとかがんだらリーフの後ろと頭上から銃弾が飛んできた。のどと腹を撃ちぬかれて、とどめに脳天をぶっ叩かれた“獣”は、最期まで余計なことは言わずに消えていった。

「ふぅ、今回はさすがにヤバかったな」

 地面に降りたら、“獣”に勝って気が抜けたせいか、今ごろ体中がギシギシ言い出した。どうにか無事に夢解は終わったわけだし、現実に還ったら病院にでも行くか。

「傷はすぐに治ります」

 ……んあ? あ、あれ? エリィちゃんが言ったら、打撲やら骨折やら流血やら、全部きれいになくなっちまった!

「どうなっているのだ? エリィ、これもお前が……?」

「言葉の力です。そうなるように、イメージしたの」

 確かに夢の中じゃ、考えたことがそのとおりになる。銃を出すのも、銃弾の軌道を曲げるのも、オレがそうなるように思ったからだ。

 でもそれは、明確なイメージと、そうなることに絶対の自信を持っていて、初めてできることなんだ。いくら夢ではなんでもできるって言っても、現実にないことをするのは並大抵の想像力じゃできねぇ。なのに、風を止めたり傷を治したり……まさかエリィちゃんが、こんなにすげぇ力を持ってたなんてなぁ。

「現実でも言霊っていって、口に出したことには力があるって言うでしょう? 子供のころ母に教えられて、ずっと信じてたんです」

「しかし、驚いたな。お前にこのような力があったとは」

「おう、ホントだ! びっくりしたぜ!」

 オレ達は素直に感心していたんだけど、エリィちゃんは全然うれしくなさそうだった。な、なんか悪いこと言ったかな……?

「……前に、兄が解夢士をしていたって話をしましたよね」

「あぁ。有志で夢解をしていたと」

「小さいときから、私、兄に何度も夢に連れられて、いろいろ教えてもらったんです。いつも危険の中で人々を助ける兄を、とても尊敬していました」

 そう言やぁ、もう三ヶ月くらい前だっけ? リーフのヤツとケンカして、一人で夢解に向かったあいつを助けてやってくれってエリィちゃんに頼まれたとき――

『“獣”を一人で相手にするなんて無茶よ! お願い、リーフさんを助けて!』

 今思えば、一般人は“獣”なんて言葉も知らねぇはずなのに、エリィちゃんは言葉の意味までわかってたみたいだった。ガキのころから兄貴に教えれられてたなら、詳しいはずだ。でも、なんで今までそれらしいことさえ言わなかったんだ?

「十年前のある日、兄が“獣”に殺されそうだと聞いて、私もすぐにその夢に駆けつけました。でも……私には何もできなかった。全身が血で真っ赤になった兄を前に、怖くて動けなくなったんです。“獣”の攻撃を防ぐことも、傷を癒すことも……仲間の人が戦い、助けてくれるのを、ただ見ていることしかできませんでした」

 十年間も、ずっと自分の中だけにため込んでいたんだな。うつむいたまま上ずった声で独白するエリィちゃんは、握りしめた手が震えてた。オレ、励ますってあんまり得意じゃねぇんだけど、なんか言ってやらなきゃ。

「そ、そりゃ兄貴がヤバいのを目の前にしたら、ビビッて当然だよ。でも、さっきはオレ達を助けてくれたじゃねぇか。うん、エリィちゃんはすげぇって」

「……ありがとう、クランさん。さっきはあのときのようになりたくない一心で……二人とも大切な人だから……」

 オレの言い訳じみた励ましじゃ、逆にエリィちゃんが気を使って笑ってくれる始末だった。あぁ、オレのバカ……。

「過去は過去だ、過ぎたことに囚われるな。……とは言うが」

 しばらく黙っていたリーフが、やっと口を開いた。

「過去があってこそ、今がある。辛い思い出を抱えて乗り越えたのだから、もう後悔などする必要はない。前だけを見ていろ」

 オレがいるから、なぁんて言葉が今にも聞こえてきそうなキザ野郎が肩に手を置いたら、もうとどめだ。ずっと溢れそうだった涙がついに決壊したエリィちゃんを、リーフが黙って抱き寄せた。

 あーぁ、一生懸命に励まそうとしたオレの苦労は、あっさり無駄になっちまったなぁ。ってか、むしろもう邪魔者? イオリ〜、オレもお前に会いたいよ〜い。


「ぶぇぁっくしょい! は……ふぁっくしょん! ばっくしょ! ぐぇ〜……」

 現実に還ったオレ達を待っていたのは、赤い鼻とちり紙の山だった。次の日には熱が引いたものの、薬の副作用なのか、くしゃみが止まらなくなっちまった。二人とも、会いたい女にもこの状態じゃ会うわけにもいかず、お互いには遠慮なく部屋の中でくしゃみを連発している。

「元気になったら、またイオリちゃんと四人で遊びに行きましょうね」

 『夢殿』の前で別れたエリィちゃんは、涼やかな笑顔で手を振っていた。またちょっとかわいくなったエリィちゃんとの約束は、来週には果たせるように、オレ達も組長の気合いを見習うことにするか。


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