プロローグ
目の前が見えないほどの吹雪も、この国ではめずらしい天候ではなかった。しかしこんな真夜中に外出したことがない少年にとっては、白い暗闇の中に何か恐ろしいものが潜んで待ち構えているように思えてならない。何より、腕を引っ張るようにして前を歩く父にいつもの優しい笑みがなく、それが余計に不安をかきたてた。
「ねぇ、どこへ行くの? 寒いから車で行こうよ」
少年はけんめいに顔をあげて叫んでみたが、わずかにふり返った父は険しい表情のまま、何も答えてはくれなかった。
昨日まで、いや今日の夕食まで、ごく普通の毎日だった。確かに父はこのところ仕事で帰ってくるのが遅く、母もときどき暗い表情をすることがあったが、それでも明日も明後日も、ずっとこの日常が続くことに微塵の疑いもなかった。
それなのに、少年が寝る時間になって帰ってきた父に突然、仕事部屋に連れていかれて、わけのわからないまま吹雪の夜に連れ出され、しかも歩いて町外れの港に行く理由など、少年にはまったく理解できない。
「お前は今から、あの船に乗るんだ」
「なんで? お父さんとお母さんは?」
「いいか、これからはお前一人で生きていくんだ。お父さんを恨むこともあるだろう。だが、それでも――忘れるな」
「え? なんて言ったの? ねぇ待ってよ、お父さん!」
少年の疑問に一つも答えがないまま、押し込まれた船はすぐに陸を離れていった。港に立ち尽くす父の姿は、吹雪に飲まれるようにかすんで消えていく。少年は船べりから身をのり出して叫び……。