12.ケンカ
◆クラン
「何をやっているのだ、これくらい」
「うるせぇ!」
リーフが横から余計なことをしやがったせいで、仕掛けてた罠から夢魔の核をとり逃がしちまった。こっちの時間とはいえ三時間もねばってやっと追い込んだのに、またふり出しだ。
「詰めが甘い。これくらいの動きは充分予測できたはずだ」
「なんだと? てめぇがくだらねぇことするから気付かれたんじゃねぇか」
「あのままでは逆に襲われていたぞ」
「はん、それなら返り討ちにしてやったさ。いっそ、その方が手っ取り早いぜ」
「あいつは不意をつかれてもやり返せるほど易しい相手ではない」
「てめぇがビビッてるだけだ」
あんな“獣”でもねぇヤツに警戒しすぎなんだよ。二つに分かれた核を、互いが修復する前に同時に消すのはむずかしいけど、罠を張って捕まえるなんて辛気臭ぇことやってねぇで、手当たり次第に攻めてあぶり出したらよかったんだ。
「もう少し冷静になれ、クラン。そんなことをしたら、ビクティムも巻き込んでしまうだろう」
「そんなヘマはしねぇよ。てめぇこそ、いっつも頭ん中でごちゃごちゃ考えてるだけで理屈ばっか抜かしてんじゃねぇ」
「お前と違って、感情だけで生きていける世界ではないのだ」
「……ッ! あー、そうかい。オレもてめぇみたいなむっつり無表情で生きるなんて、絶対ゴメンだね!」
皮肉も嫌味もいつものことなのに、今日は無性にムカつく。オレがなんの考えもなしに生きてるような言い方しやがって。今までどれだけ最悪の状況を生き抜いてきたかなんて、こんな金持ちのボンボンなんかにわかるワケがねぇ!
「始めっから全部そろってたてめぇに、オレの苦労がわかってたまるか!」
「お前も勝手に貴族の虚像を作り上げているだけだ。現実はお前が思っているほど甘くはない」
「てめぇに現実を諭される筋合いはねぇ! そんなに人の顔色見て、やってもいねぇことをグダグダ悩みてぇなら、オレは先に一人でやらせてもらうぜ!」
「そこまで言うなら勝手にしろ」
今日という今日は、この高飛車で高慢な態度にも我慢の限界だ。我ながら今までよくもってたと思うくらい、完全にぶちキレた。夢魔の相互修正機能なんか構うもんか。ここからは別々で、いやオレが一人で両方の核を消してやる。もうこんなヤツ、顔も見たくねぇ。
それから町中を走りまわってやっと核を一つ始末したら、なぜかすぐに意識の海に落ちて帰還した。どうやらもう一つの核もほとんど同じタイミングで消えたらしいけど、今はあいつと同じ動きをしていたと思うだけで腹が立つ。
「厄介な核だったが、さすがに息が合ってるな」
「ケッ!」
「……」
息どころか目を合わせることもなく、組長を無視して別々に出ていった。
あー、ちくしょう。いなくなってもまだ収まらねぇ。ヤツの態度も言葉も顔も服装も、思い出したら全部ムカつくぜ。とてもじゃねぇけど、このままアパートに帰る気にはなれなくて、海沿いの道をバイクで飛ばした。風を切って走っている間は、頭ん中が空っぽになる。朝の涼しい時間だし、このまま山の上までぶっ飛ばそうかと思っていたら、無意識のうちに町はずれの森まで来ていた。
「……!」
ちょうど森へ薬草を採りに行こうとしていたイオリが、引き換えして走ってきた。
「……?」
「あ、いや、なんとなく来てみただけなんだ。たまたま近くを通りかかったからさ」
オレ、なに言い訳がましいこと言ってんだろ。イオリも、いつもはすぐに手話かノートでしゃべってくるのに、今日は首をかしげて大きな目でじっとのぞき込んでくるだけで何も言わない。
「ど、どうしたんだよ」
「……」
「なんか、困ったことでもあったのか? オレが力になってやるから、そんなむずかしい顔するなよ。な?」
(じゃぁ話して。なんでクラン、怒ってるの?)
なっ……。
「お、怒ってなんかいねぇよ」
(嘘。いつものクランと違うもん)
「いつもと同じだって。ほら、どこも変わってねぇだろ?」
(目が、怒りと悲しみでいっぱいになってるよ。私にまで嘘をつくの?)
……イオリにはかなわねぇな。しゃべれねぇハンディのためなのか、よく目を見て心の中をのぞいてしまう。こんなイライラした状態じゃ、こいつにはすぐバレるわな。
(はい、これ。落ちつくわよ)
イオリの家に連れていかれて、出されたハーブティーを飲んだ。オレはあんまり得意な味じゃねぇから、薄めになってる。……あぁ、いつもどおりおいしいとは思わねぇけど、本当にちょっとだけ落ちついた気がする。
「すまねぇ。お前に嘘つくつもりはなかったんだ。ただ……お前にこんな話をしてもおもしろくねぇと思ってな」
(そんなことない。言ってみて? ラクになるよ)
イオリが笑ってくれるから、黙ってるつもりだったのについ言っちまった。
「あいつが……あ、あるヤツがな、オレの邪魔をしたくせに、失敗したらオレのせいにしやがったんだ」
(失敗したのはクランの責任? それともその人?)
「あいつに決まってんだろ。あそこで余計なことしてなきゃ、うまくいってたんだ」
(それで、その後は?)
「別のやり方で片付けた」
(じゃぁ、一応うまくいったのね。……他には?)
「他? っていうか、うまくいったからって、オレは納得してねぇよ」
(それだけのことで、そんなに怒ってるの? クラン、いつも結果オーライじゃない)
「お前までそんなこと言うのかよ。オレは何も考えてないわけじゃねぇんだぞ!」
なんだ? なんでまたこんなに腹が立つんだよ。せっかく話を聞いてくれたのに、イオリにまで怒鳴っちまって……。
一度目を閉じて、大きく息を吐いた。オレは何にムカついているんだ?
作戦がミスったから? ――あれはあいつのせいだ。でも別に、それくらい大したことじゃなかったのかもな。
あいつの態度がでかいから? ――そんなの、いつものことだ。
オレのことをバカにしたから? ――それだっていつもの……それだ。
「オレをバカにするのはまだいい。でも、過去までとやかく言うのは……許せねぇ」
(過去? 昔、何かあったの?)
「すまない、それだけは言えねぇ。今は、まだ……」
(うん、それじゃぁ言ってくれるまで待ってる。でも、その人は知ってるの?)
「知らねぇよ。知らねぇのに、わかったふうな言い方をするのが気にくわねぇんだ」
(知らないのにバカになんかできないわ。でもクランがそう聞こえたのなら、話してあげなきゃ。本当はどう違うのか。みんな、言葉がなくても全部分かり合えるほど簡単じゃないよ)
イオリはそれで今までずっと辛い思いをしてきたから、そのことは誰よりもわかってる。でも、オレはそう簡単にはわからねぇよ……。
「いったん、帰るわ。寝たらスッキリするかもしれねぇからな」
(それがいいよ。煮詰まったときは寝るのが一番! 今度はリーフさんも連れて、二人で遊びにきてね)
帰りぎわに、イオリに笑顔で釘を刺された。……しっかりバレてたんだな。
その日は、夜になってもあいつは帰ってこなかった。
「できたぁー! クラン、いーっぱい食べてね〜」
最近、危ない手つきで料理を覚えたシアが、なんかわかんねぇ黒っぽいヤツを皿に山盛り作ってた。
「それ、食えるのか……?」
「しつれいしちゃうわねー! リーフはおいしいって言ってくれたもん」
「だったら、あいつに食わせりゃいいだろ」
「リーフは、きょうはおうちにかえるんだって。あしたもかな?」
あのヤロウ、さっさと逃げやがったのかよ。いてもムカつくけど、いなくてもなんか腹立つな。まぁ、どうせならこの方がせいせいするか。
「もうずっと、ここには戻ってこねぇかもな」
「えー、なんでぇ? ここはあたしとクランとリーフの、みんなのおうちだよー? みんなでいるほうがいいよ」
お前らが勝手に転がり込んできただけだろうが。……とは、さすがにこいつには言えねぇか。
「あいつが謝ってくるなら、考えてやってもいいけどな」
「あー、もしかしてクラン、リーフとケンカしたのー?」
「うっせぇ」
「ケンカはいけないんだよ。ママに言われなかったの? あたし、おねえちゃんとケンカしたら、二人ともごめんなさいって言うまでママにおこられちゃった」
オレは兄弟いねぇけど、そうだな。近所の友達とケンカしたら、どっちが悪くても両方謝らせられたっけ。でも、もうお袋は……いや、シアだっていねぇんだよな。こんな小せぇのに、いきなりみんな死んじまって、それなのに笑って話せるなんて……。
「お前、オレより強いよな」
「もっちろん! クラン、しょうぶーッ!」
「うおっ! やりやがったな!」
メシ(もどき)をそっちのけで、飛びかかってきたシアをつかんで逆さに振りまわしてやった。ガキはいいよな、まっすぐで。オレはいつからこんなに曲がっちまったんだろう。オレもこいつくらいのときには、普通の子供だったんだ。それがあのときから……それでも、オレがオレでなくなっちまったわけじゃねぇんだよな。
次の日も、その次の日も、なんの連絡もないままだった。せめて向こうからなんか言ってきたら、こっちも折れてやろうなんて考えたりしてるのに、本当に戻ってこねぇつもりかよ。それともオレが謝れって? 冗談じゃねぇ。
「ちょっと出かけてくる。お前もどっか行くか?」
「んーん、おるすばんしてる。リーフがかえってくるかもしれないから」
あー、そうかい。だったら待っててやればいいさ。ずっとイライラしたままじゃ、もう爆発しちまいそうだから、こんなときは飲むに限る。パーッと飲んでうさ晴らしだ!
「あっ、クランさん!」
まだ昼と夕方の間だったから客もほとんどいない『エーミル』に入ったとたん、入口にいたエリィちゃんとぶつかりそうになった。
「リーフさん、何かあったんですか? さっきまでここにいたんですけど、ずっと黙ったままむずかしい顔をして……」
「そんなの、いつものことじゃねぇか」
「でも、あの人が昼間から飲むなんて……ビール六本も空けたんですよ」
ふん、相当荒れてるみたいだな。いい気味だ。
「あんなに飲んだのに、さっき『夢殿』の人が探しに来て一緒に行ったんです。そのときちょっとだけ聞こえたの、『“獣”が……』って」
「“獣”だって!?」
あいつ、一人で行ったのか……!?
「クランさんを呼ぼうとしたんだけど、急がなきゃいけないって言って……でも“獣”を一人で相手にするなんて無茶よ! お願い、リーフさんを助けて!」
「任せとけ!」
涙をこぼすエリィちゃんにうなずいて、坂道を転がるように走った。全力で『夢殿』まで一分三十秒、陸上選手になれるかもしれねぇ新記録だ。
「クラン先輩! あの、じつは……」
「あのヤロウ、一人でやってるのか!?」
「は、はい。リーフ先輩をそこの店で見つけて来てもらって、二十分くらい前に……」
通路で出くわしたパップをとっ捕まえたら、こっちも泣きそうな声だった。二十分……あっちの時間だと二時間ってところか。ヤバいな……。
「ボス! オレもすぐに送ってくれ!」
「おっ、やっと来やがったな! 核はかなり荒い“獣”だ、気をつけろよ!」
首領に言われるまでもなく、ひと目でわかった。上から下までぐちゃぐちゃに乱れたビクティムの波長マトリクスは、間違いなく“獣”、それもハデに暴れているらしい。モニターに映っているリーフの波長と遺伝子から出るエネルギーは、少し乱れながら弱まっていて、睡眠状態の体は額に汗が伝って顔を歪めている。
死ぬなよ、いま行くからな……!
ドンがうまくリーフの波長を捉えてリンクしてくれたおかげで、すぐ近くに飛ぶことができた。こっちに着くなり爆風でふっ飛ばされそうになったけど、爆発はこのでかい倉庫の向こう側だ。ここからだと、裏に行くにはふ頭をぐるっとまわらないといけねぇのか? そんな暇はねぇ! 助走をつけて、倉庫の屋根まで思いきり跳躍した。
「……ッ!」
ひざをついたリーフに“獣”が喰らいつこうとしている瞬間だった。オレは構えも考える間もなく、銃を現すと同時に、よだれだらけの大口にぶっ放した。
「グギャァーッ!」
「……!?」
あの状況でも弾道を読んだリーフが、後ろの倉庫の屋根にふり返った。
「こいつは喰ってもうまくねぇぜ」
「クラン……どうしてここに……」
立とうとして倒れちまったリーフは、頭と足から血を流して、左腕は噛まれたらしい傷が破れた服から見えている。口をぶち抜かれて暴れる“獣”にもう一発お見舞いして、リーフの前に飛び降りた。
「本当は来たくなかったんだ。でもエリィちゃんに泣いて頼まれたし、パップにも泣きつかれたし、行かなきゃドンに殺されるし、まぁオレがいなきゃヤバいだろうと思ってな」
なんでオレは一生懸命言い訳してるんだ? しょうがねぇだろ、自分でも何か考える前に動いてて、こいつにムカついてたことも忘れちまってたんだからよ。
「ったく、こんな凶暴なカバ相手に一人で乗りこむなんて、何考えてんだ」
「……すまない、助かった」
「お、お前が素直に謝ると気持ち悪ぃんだよ」
「お前がわかりやすすぎるのを、少し見習ったまでだ」
イオリやシアにまでバレバレだったんだから、こいつにわからねぇはずがない。表情を隠すなんて面倒で無駄なことだと思ってたけど、オレもたまにはこいつみたいにやってみようかな。見抜かれてばっかりじゃおもしろくねぇし。
「ガァオウッ!」
「続きは後だな。立てるか?」
「これくらい、まだ大丈夫だ」
フラフラのくせに、よく言うぜ。守りが得意なリーフがこれだけズタボロになったってことは、さっさとケリをつけねぇとマジでヤバい。
「速攻でいくぞ!」
言葉に出して言うことで速く動くって意識がはっきりして、スポーツカーも追い抜ける勢いで瞬間的に走った。“獣”がふり向く前に背中に五発ぶち込んで、すぐに距離をとる。このカバは人間語を話す知能がない分、全部体力にいっちまってるらしい。巨体のくせにやたら軽やかだし、腕の一振りでまた一個倉庫を解体しちまったよ。直撃は避けても、ガスタンクが爆発したりコンクリートの破片が飛び散ったり、広範囲でハデに迷惑極まりねぇ。ヤツのしっぽと片腕が使えなくなってたのが救いだ。
「ギャァ! ガァーッ!」
できるだけヤツの注意をこっちに向けておいて、リーフが死角から棒を伸ばしてどてっ腹にめり込む突きを入れた。ひるんだところへ脳天と腹にこれでもかってくらいありったけの弾をぶっ放したら、“獣”は後ろの壁までふっ飛んで消えた。
「痛ててて……おーい、生きてるかー?」
「あぁ、なんとかな」
知らない間に余波で切り傷や打ち傷がいっぱいできていて、今ごろ体中が痛い。リーフは足とあばらの骨が数本やられてるみたいで、さすがに立っていられなくなって座り込んだ。
「よく来てくれたな」
「あのまま放っておいたら、シャレじゃなく夢見が悪いからな」
「本当は呼ぼうと思ったのだが、お前は来ないだろうと思った」
「オレは相棒を見捨てるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
「では、何に怒っていたのだ? お前は単純なくせに、たまに思考回路がわからない」
「そうだよ、こう見えてオレは複雑なんだ」
言いながら、自分で墓穴を掘った気がしなくもなかった。こう見えてって、どういう意味だよ。
「……オレ、ガキのときに親父に捨てられたんだ」
思いきってそれだけ言っちまったら、何かが軽くなったような気分だった。オレも向かい側に座って、放り投げた銃は空中で消えた。
「わけもわからねぇまま、いきなり知らねぇ国に放り出されて、それからずっと独りで生きてきた。リシュトに来るまではいろんな国を流れて、いろんなことがあった……その過去をとやかく言われるのだけは我慢できねぇんだ。誰にもわかってもらえねぇだろうけど、オレは……できる限りのテで生き延びるのが精一杯だった。後悔はしてねぇ。ただ、親父を見つけ一発ぶん殴ってやるまでは、終わらねぇんだ」
「そうだったのか……事情もわからず軽率なことを言ったな。すまない」
「いいよ。まだ本当のことは言えねぇし。オレも、お前のこと全然知らねぇからな」
いっそ、全部吐き出したらラクになれるのかな。そんなことを考えると、話しちまおうかなんて思うのに、どう言ったらいいのかわからねぇのと、やっぱり怖いっていう気持ちがブレーキをかけた。
「なんだったら、俺がその筋に声をかけて父親を探してやろうか?」
「悪いけど遠慮する。自分で見つけねぇと気が済まねぇからな。それに……」もしかしたら……いや、それは考えない方がいい。「まぁ、どうしても聞きたいってんなら、それまで気長に待ってろ」
「お前はわかりやすいようで理解できない。見ていて飽きない不思議な存在だな」
なんか、どっかで誰かにも言われたような……どいつもこいつも、人を珍獣みたいな言い方しやがって。
でも、さっきこいつも言ってたように、リーフはその気になったらオレの過去を調べるくらいわけもねぇはずなのに。いつになるか、本当に言うかどうかもわからねぇことを本気で待ってるつもりなのか? 案外お人好しなのか、よっぽど気が長いのか……ただの物好きかだな。
「で、今日は帰ってくるんだろうな? あれ以上、シアの強烈な殺人料理を食わされたらたまんねぇよ」
「今日の夜まで重要な会議が入っているから、帰りは早くて深夜だな」
「会議?」なんか、イヤな予感が……。「もしかしてお前、それでこないだからいなかったのか?」
「シアにそう言っておいたはずだが?」
聞いてねぇよ……。「それじゃぁ、『エーミル』で飲んでたのは……」
「会議があまりにも荒れて、煮詰まってしまったものでな。お前の真似をしたら吹っ切れるかと思ったのだが、酔う前にダルパピリオに呼ばれてしまったよ」
「……」
もう何も言えねぇ。オレがあれだけ心配してやってたのに、会議だぁ? あげくの果てにはオレのせいみたいな言い方しやがって。ビール六本も飲んで酔わねぇお前がザルなだけだろうが。
今さらながら、こいつにまともに付き合ってたら駄目だってことを改めて思い知らされた。もう絶対に心配なんかしてやるもんか。でなきゃオレの神経がもたねぇよ。まだしばらく相棒を変えるつもりはねぇからな。