11.クレープ
◆クラン
オレ達の食事当番は朝食だけで、夜はこないだみたいに『エーミル』に行くこともあるし、昼はいつもお互い勝手にしている。すっかりシアの遊び場になったダイニングをはさんだ向こう側の部屋で、リーフは今日も山盛りの仕事をやっつけているんだろう。よくやるよなぁ。
オレが一人で気ままに暮らしていたあのアパートにいきなり転がり込んできて二年、あいつも最近じゃ笑ったり怒ったりすることが多くなった気がする。まぁ、その間に嫌味は三割増だけど……最初のころのむすっとしたお堅い態度に比べりゃ、絡みやすいだけマシかな。
「って、それじゃぁオレがMみたいじゃねぇか!」
最近一人ノリツッコミが増えちまったのも、あのヤロウのせいだ! あれだけ毎日皮肉を言われて、よく耐えてるよ。がんばれ、オレ。
「お?」
どっかで女の子を引っかけてメシでも食いに行こうかと町をぶらぶらしていたら、裏道に入っていくイオリを見つけた。ツイてるな、あいつが町にいるのはめずらしい。
「イオリ!」
すぐに駆け寄ろうとして、その隣にもう一人いるのに気付いた。……くそ、やっぱツイてねぇ。道の向こうから声をかけたら、イオリがふり返った。車の流れを見ているのかキョロキョロしているけど、ひけるもんならひいてみろってことで、オレは堂々と道をつっ切っていった。
「やぁ、クラン。知り合いかい?」
シグルドが、いつもの優しい笑顔で向き直った。ケッ、ニヤニヤしやがって。なんでこいつがイオリと一緒にいるんだ。
(さっきね、『エーミル』の前でぶつかりそうになっちゃって。『夢殿』の人だって言うから、ちょっとお話してたの)
「エリィちゃんのところへ行ってたのか?」
(うん。薬草を届けにね)
「へぇ、クラン、君は手話をできるのか。長い付き合いのようだね」
「……まぁな」
イオリの前であからさまに無視することもできなくて、シグルドの方を見ないようにして仕方なく答えてやった。そういえば、オレは興味ねぇけど、こいつの私生活を知ってるヤツはいない。ドンでさえ、シグルドの過去どころか住んでるところも知らないんじゃねぇか? 首領が一番とんでもねぇ経歴の『夢殿』は、オレをはじめ、怪しい過去のヤツらがごろごろしている。
「キャーッ! クラン様ぁ!」
うげ、昼休みの女の子たちに見つかっちまった!
「シグルド、あとは任せた!」
シグルドが何かを言う前にイオリの手をつかんで、坂道を駆け下りていった。ほんの五分前までならあのコ達とメシに行っていただろうけど、今は……せっかくイオリを見つけたのに、邪魔されてたまるか。
「はぁ、はぁ……ここまで来ればいいだろ」
行く先々でファンの女たちに出くわして、いろんなところを逃げまわった挙げ句、東地区の海岸のはしっこまで来た。オレもイオリも曜日感覚がねぇ仕事だけど、世間は平日だから、このあたりの海には誰もいねぇはずだ。ふぅ〜、やっとこれで落ちつける。
「悪ぃな、お前まで走らせちまって」
(私は大丈夫だけど、さっきの人たち、よかったの?)
「いーよ、いーよ。また……」
後でデートでも付き合うから――って言いかけて、あわてて口を押さえた。けど、イオリには隠せねぇ。
(私なんかに気を使わないで。行ってきていいよ)
「そんなんじゃねぇって!」いや、そうなんだけど。「オレはイオリと一緒にいたいんだ。本当だぜ?」
(じゃぁ私がいないときには、あのコ達とデートしているんだね)
う、鋭い……。「それは、あの、本当はお前とずっと一緒にいられたらいいんだけどよ……」
(……ごめん。私、クランのことに文句言う権利なんかないよね)
イオリは背を向けて、海を眺めたまま黙り込んじまった。権利って、なんだよ。オレは会いたいときに遊びに行くのに、イオリは許可がなきゃ会えないみたいじゃねぇか。許可? 誰の? んなもん、いらねぇよ。
「よし、決めた!」
「……?」
「オレ達、付き合おう!」
「……!!」
目と口を大きく開けて、イオリの顔はトマトみたいに赤くなった。そ、そんなに驚かなくても……。
(何!? いきなり何を言っているの!?)
「や、だって、お前が権利どうのって言うからさ。付き合ってたら権利あるだろ?」
(そういう問題じゃなくて!)
「もしかして、嫌……なのか?」
(そんなことない! うれしい……けど……)
「んじゃ、決まりだ! これでいつでも堂々と一緒にいられるな!」
(そ、それは、あの……っ!)
うれしいって言ってくれたのがうれしくて、思いきり抱きしめてキスした。んー、間近で見ると、いつもよりもっとかわいいなぁ。よく一緒に食べるクレープより甘い。
「……っ! ……っ!」
本当はクレープみたいに食っちまいたいくらいだったけど、我慢して顔を上げたら、イオリが口をぱくぱくしながらこぶしを振り立てた。
「ご、ごめん、ごめん! 怒るなよ、な?」
(クランったら、こんなところで……恥ずかしくないの?)
「ん? これくらい、普通だろ?」
うおっ、竜巻ができそうな勢いで首を振られた!
(恥ずかしいっていうか、その……私、そういうのに慣れていないから……)
「んじゃ、今度から気を付けるよ。他の女と出かけたりもしねぇ。だからさ、頼むから、嫌いにはならねぇでくれよ。オレ……」
(大丈夫だよ、そんなことで嫌いになんかなったりしないわ)
「ほんとか? 約束だぞ?」
怒ってたイオリはすぐに笑ってくれたけど、もし本当に嫌われたら……って思っただけで、今すぐここから消えたくなった。どうすればイオリが安心してくれるか、オレなりに考えたつもりだったけど、やっぱ駄目だったかな……。
(クランは、寂しがりやね)
「オレが……?」
(いつも誰でもいいから、そばにいないと落ちつかないでしょ? いつでも自信満々なのに、ときどきとっても不安そうな目をしているもの。誰でも独りは寂しいけど、クランはそれをすごく恐れているみたい)
独りを恐れる、か……。「確かに、そうかもな」
昔からずっと独りだったから、何度もだまされたから、ツルむ仲間は裏切るのが普通の関係だったから……その中で生きていくのに精一杯だったから、誰かを信じることなんてできなかった。そういう意味じゃ、リーフと似たようなもんかもな。人間不信。感情の表し方。
(私はクランが嫌って言うまでそばにいるから……いたいから。どっか行っちゃうかもなんて、そんな心配しないで。ね?)
「イオリ……」
さっきは軽いノリのフリをしたけど、イオリがどんな顔をするのか怖くて、今までずっと手ぇ出すこともできなかったんだ。他のヤツらになら、そんなこと気にもしねぇのにな。でも、どれだけ好きかって、大切かってことを言ったら、過去も見えちまうかもしれねぇから……全部見せても今みたいに笑ってくれている自信が、オレにはねぇんだよ。
イオリにだけは笑っていてほしい。だから本当のオレは、暗い気持ちはここまでだ。
「なぁ、せっかくだから、記念にどっか遊びにいこうぜ!」
「さんせ〜い!」
「よっしゃ! んじゃ、まずはメシ……」って。「はぁ!?」
イオリが叫ぶわけないじゃねぇか! びっくりしてふり返ったら、二台の自転車のうちの一台が、海沿いの道からおりてきた。あのひらひらの服に派手な化粧、ごっつい声とたくましいガタイ、見間違えようがねぇ。
「キャサリン、何こっそり話に入ってるんだよ」
「あ〜ら、あたしとクランちゃんの仲じゃない☆」
この強烈な悩殺スマイルは、立派な殺人未遂だぞ。外見はがっしりした長身のハンサムなヤツなんだけどなぁ。どこでどう間違えたのか、知り合ったときには中身が女になってた、オレの自然愛好家仲間だ。こう見えてけっこう物知りで、コルスコートだけじゃなく、いろんな地域の環境やら植物やら生態系やらに詳しい。
「あらん? こちらのかわいらしいお嬢ちゃんは?」
「イオリっていうんだ。お前、どっかの登山家と手話やってたよな? こいつは聞こえるけどしゃべれねぇんだ」
(イ、イオリです……)
「うふ、あたしはキャサリンよ。そんなに怖がらなくても、とって食べたりなんかしないわよ〜」
いや、充分怖いだろ。さすがのイオリも顔が引きつっている。おいおい、オレが“そっち”の趣味もあるなんて思ってねぇだろうな……後でちゃんと説明しておこう。
「クランちゃん、今度ラバトの町の川原でバードウォッチングのイベントがあるんだけど、どぉ? あたしと一緒なら参加費タダよ♪」
「まさかお前、その顔で脅して……」
「失礼ね! こんな純情な乙女が、そんなことするわけないでしょ!」
純情? 乙女? いつから世界標準語の意味が変わったんだ……?
「まぁ、いっか。イオリも行こうぜ?」
(あ、うん。私も行っていいの?)
「クランちゃんのお友達なら、あたしのお友達で通るわよ。ライバルだけど、仲良くしましょうね☆」
なんでお前がライバルになるんだよ。
「博士! 早く行かないと、遅刻したらマズいですよ!」
「んもう、せっかくいいところだったのに」何が? 「ごめんなさいね。またいつもの場所でデートしましょうね〜!」
堤防の道で待ってた男に呼ばれて、キャサリンはしぶしぶ戻って、城のある丘の方へチャリをとばしていった。ハカセってのは、オカマって意味の業界用語なのか?
「なんかよくわかんねぇけど、とりあえずオレらも……ん? どうした、イオリ?」
(いつもの場所で、デート……?)
「あ、あれはただ、あいつの植生調査に付き合ってるだけだよ! いくらオレでも、あいつとデートなんかするわけねぇだろ」
(……そうよねー!)
「だろー! だから早くメシ……い、行こう、か……」
オレもつられて笑ったら、イオリの目は完全に笑ってなかった。というか、その笑顔が怒るより怖い。
この後、初めての正式デートで魚のうまい店で昼メシを食って、クレープも食べたけど、もちろんオレの自主的なおごりだった。




