Scene1-3
返事をするのもいやになって、僕は無言でオフホワイトの壁をを焦げるくらい見つめていた。
すると、ずっとハイネの顔の近くに置いていた手に温かいものが滴り落ちた。
(え…?)
慌てて振り向くと、ハイネは感情が高ぶったのか目を潤ませていた。
「俺…どうしてか梓ちゃんとキスしていながらおまえの顔が浮かんじゃって…混乱して…」
(…え…?)
「終わる頃には吐き気がしたんだ…っ。別に梓ちゃんはいい子で悪いところは何もないのに、拒絶したくなった…っ! 俺もう分からない…!!」
予想外の展開に僕はついていけなくなりそうだった。
(これは…)
「ハイネ…」
「おまえの告白を受けて、何となくおまえのことを意識してしまうようになったけれど、でもやっぱり幼なじみのよしみみたいのはあるのかなっておまえへの気持ちを完全に肯定できなかったんだ。なら好みの女の子ならって思ったけど、全然好きになれなくて……俺は結局誰が好きなのか、好きな人がいるのかいないのかも自分じゃ分からないんだ……っ」
泣きそう…というかさっきから泣いているハイネは、でかい体をしているくせに子供みたいだった。僕はふっと柔らかい気持ちになり、本能的にハイネの上に乗って唇を奪った。
「ん…っ」
初めてハイネにするキスだった。ハイネの唇はマシュマロみたいだったから、思う存分味わった。ハイネは甘くとろけて、気持ち良さそうに目を閉じた。
本当はもっとしていたかったけれど、名残惜しく切り上げて問いかけた。
「…嫌だった?」
ハイネは目を見開き、ふるふると首を横に振った。トロンと瞼をふせ、自分の唇を指でなぞっていた。
「…気持ち良かった」
「そう」
怒りが一転、弾けんばかりの喜びに変わった。頭のなかではお祝いの花火がドンドン連発している。
これで勝ったも同然だ。
僕はニッコリ笑いかけた。
「つまりはそういうことなんだよ」
「え…」
「君は僕を気付かないうちに好きだったんだよ」
「……」
「まぁハイネは自分の気持ちに超鈍感だから、気付かなくて混乱するのも無理はないけどね」
「――…馬鹿にするなっ」
「でもいいよ。ハイネの本当の気持ちが分かったから」
「…なっ…」
些か強引だが、そう言いくるめてベッドのなかに潜り込んだ。いやいやするハイネの隣に横たわる。
「ねぇ、ぎゅうってしていい?」
「…いい…けど」
まだ戸惑っているハイネに構わず、抱きついて頬を擦り寄せた。ハイネの匂い、ハイネの体、ハイネの…。
「……っちょっ、アキラ!!」
「ん?」
「ちか、ら強っ…! 離せよ」
ハイネは僕の腕を躍起になってはずそうとしている。そんなことさせるものか。
「ヤダ」
「ヤダじゃねーよ!! く、くるしっ」
「だってハイネ」
「何、だよっ…」
「これから僕たち恋人同士になるんだよ? もっと凄い一大イベントが待ってい」
「ちょっと待て。俺たちいつから付き合うことになった」
「え」
「俺まだ好きとも付き合いたいとも言ってないぞ」
あそこまで言っておいてそれはないだろう。彼は、自分で大告白をしたことに気づいてないのだ。
「…まあいいじゃん。いずれは僕のことが好きなことに気付くよ」
「何その自信」
ハイネはクスッと笑った。僕もつられて笑った。そしてもう一度、キスをした。今度はハイネも積極的だったから、ほんの少しだけ舌を入れた。
「好きだよ、ハイネ……」
「うん…」
キスをするとハイネはトロンとした表情になって、可愛い。僕は甘いムードの中で彼の髪を撫でたり、頬に唇を押し当てたり、今までのように我慢せずに、ベタベタしていた。
「……付き合おう? 僕がいつも傍にいてあげるからさ」
「………うん」
「ありがとう。ハイネ大好きっ」
ようやく、僕らは恋人になれた。10年以上かかってやっと気持ちが通じあった。僕は嬉しくて抱きついた。まるでご主人さまが帰宅したことを喜ぶ犬のように。
抱きついていたらムラムラしてきてしまったが、グッとこらえる。
「ところでハイネ、本当はね、ここで君を奪ってしまいたいところなんだけど」
ハイネは頭にはてなを浮かべて見上げてきた。そんな顔も可愛いくてグッと来る。
「…今日は我慢する。だってまだ君は梓ちゃんの彼氏だもんね。ちゃんとケリをつけてからにする」
「……ごめん…」
「大丈夫だって」
これじゃ略奪愛と言われても仕方ないな、と思った。でも僕からすれば逆だ。梓ちゃんには悪いけれど。
その後ハイネは梓ちゃんと別れ、僕と正式に付き合うことになった。付き合い始めのハイネはまだ自分の気持ちに戸惑っていたが、時間が経つにつれ、熱い視線で僕を追いかけてくるようになった。キスもハグも一人前に求めてくるようになったし、僕から誘うことが多かったセックスだって乗り気になってきた。
ハイネの初めてを奪ったあの夜は、今でも忘れられないくらい情熱的だった。彼は今まで色恋事にまったく関心がなかった。それはまるで春になってもなかなか開かないつぼみのようで、肌を重ねていくたび少しずつ開花し色づいていくさまは、罪悪感を感じてしまうくらいに可憐で美しかった。摘み取ってしまうのが惜しくて、その時僕は最後の最後で躊躇してしまった。
それは何度も肌を重ねてきた今だって同じだ。あまりにも綺麗なからだを目の前にすると、僕は動けなくなってしまう。とりわけハイネは最後の行為を痛がるので、無理にそれをすることで究極の美を壊したくなかった。
「あ、きら…、今日は最後まで…しよう?」
最近は僕が前戯でやめようとすると、ハイネがねだるようになった。すっかり受けのポジションに慣れた彼は、最後まできちんとしない僕に疑念を持ち始めていた。
「ハイネ…」
「俺そんなに弱くないから大丈夫だよ。失神とか気絶とか気を失ったりとかしないし」
「それ全部同じじゃん…」
「だから、ね…?」
まいっか、と苦笑いしながらすっかりヤル気のハイネを押し倒す。組み敷いて濃厚にキスをすれば、瞳の色は溶けていた。
こうして体を重ねて、僕らは恋人というよりかは夫婦のような関係を手に入れた。
しかし僕には、ハイネにも誰にも言っていない、大きな問題が1つあった。




