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Scene1-2



 「そっ…か…」


 「だから俺…どうしたらいいか…」


 「今すぐに答えを出さなくていいよ。考えがまとまったら言って」


 結局、答えは保留という形になった。しかしこの状況、特にハイネの表情を見たらダメな気がしてきた。


 第一ハイネは僕に恋愛感情を持っていない。友達として見ているだけで、いつも一緒にいるのは好きだからとかそういう理由ではない。


 多分、ただの友達なのだ。


 僕がうまく言葉で引き止めただけで、答えは何か決まっている。




 告白した日からもハイネは態度を変えずに接してきた。ごく普通に、何もなかったように。


 もしかしたら忘れているのではないかと思い始めた頃、予想もしていなかった事態が起こった。



 ハイネがある女の子と付き合い始めたのだ。僕には何にも告げずに。


 その子と付き合い始めてからハイネは、次第に僕を避けるみたいにその女の子といることが多くなり、態度も冷たくなった。帰り道に肩を並べて歩くふたりの後ろ姿を何度も目撃した。そのたびに歯噛みする思いだった。


 (僕の告白は忘れたの、か…? 僕には何にもいってこないで…)


 悲しさと敗北感を覚えながら、拳を力強く握る。手のひらに爪が強く食い込んだ。


 (でも、これではっきりしたじゃないか…)


 視界がゆるゆるとぼやけていった。ふたりの輪郭もといた絵の具みたいに混ざりあい、ひとつになった。


 (もう終わりだ…)


 自分の手のなかに、一滴のしずくが滴り落ちた。



 ハイネが自分のもとから離れていったのを期に、僕も彼と距離を置くことにした。今まで片時も離れなかった僕らが、始めて別々にいる。もしかしたらこの状態が死ぬまで続くんじゃないかと思うと、あの時の告白はしない方がよかったと激しく後悔した。


 ハイネがいない日々は死ぬほどつまらない。一緒に笑ったり、ふざけ合ったりできる仲間がいるといないでは、毎日のモチベーションが違う。他に特別親しい友達もいなかったから、学校に行ってもやる気なく外を眺めるだけで1日が終わることがよくあった。勉強なんて頭に入らない。好きなことも別にそうでもなくなってきた。


 やる気喪失した自分はただの灰人だった。いつも世界が灰色に見えて、無気力感から抜け出せない。反対にハイネは恋人を傍らに色づいていく。それを見ても僕はもう何も感じられなくなって、ただひたすらぼーっと曇り空を眺めていた。





 しかし、その灰色な生活もあることを境に終止符を打つ。それはある秋の日の少し肌寒くなってきた頃だった。


 薄着しすぎたと丸くなりながら寂しい道を歩いていると、少し先の道路の片隅にあいつが――ハイネが、うずくまっていた。


 こんな辺鄙な場所でそんなことをしているなんて、普通では考えられない。ということは、普通ではないのだ。


 「ハイネ…?」


 久しぶりにその名前を呼んだ。それは魔法が解けたように、僕の無気力の膜がスッと消えた。 早くハイネのもとへ行ってやらなければ、と強い衝動が体を突き抜けた。


 「ハイネっ、どうしたんだよハイネ!」


 僕は慌てて駆け寄った。もうハイネに嫌われていようが何だろうがそんなことは気にできなかった。 


 「ハイネっ、具合でも悪いのか!?」


 見れば、ハイネは口を手で覆って、緊張した顔つきで頷いていた。僕は何が言いたいか瞬時に察知して、自分のリュックからいつも常備している白いレジ袋を取り出し、やつの目の前で広げた。


 「…これで楽になれ? 周りから見えないように僕がガードしてやるから」


 ハイネはもう一分の猶予もなかったのか、震える手で袋を持っては嘔吐を繰り返した。こめかみにはあぶら汗を浮かべている。僕は何があったのかは知らないが、とりあえずハイネのじっとりとした背中をさすり続けていた。


 (何があったんだろう…熱中症とか? いや、もうこの季節でそれはないだろう。それか何か悪いものでも食べたか…)


 しばらくして顔をあげたハイネは、青白い顔をしていたがスッキリしていた。


 「…ハイネ…」


 小さくうずくまるハイネをじっと見つめる。これはチャンスかもしれない、そう思ってしまう自分は不純な生き物の何者でもない。しかし、この機会を逃してしまったら、これから先ハイネの気持ちを聞けないかもしれない。


 「…とりあえず僕の家に行こうか…? ここから近いし」


 ハイネは具合悪そうに顔を手で覆ってうなずいた。僕はハイネから重くなった袋を奪い取り、もう片方の腕を彼の脇の下に回して一緒に立ち上がった。


 二人三脚でゆっくりと歩を進め、着いたら真っ直ぐに自分の部屋へ連れ込んだ。ベッドに寝かせ、看病とはいえないができる限りのことをした。


 清潔なタオルで彼の額の汗を拭き取っていると、彼はそれまで閉じていたまぶたを開けて僕を見つめた。


  「…ありがとうアキラ…。もう落ち着いてきたから大丈夫だよ」


 「でも…」


 「何かアキラがいるだけで落ち着くから」


 「ハイネ……っ!」


 思ってもいなかった言葉に、胸が高鳴る。


 「だからアキラ、近くにいて…」


 「…うん」


 これは本当に、本当なのか…。僕は嬉しさで飼い主にほめられた犬のようになりながら、ベッドに腰かけた。流れでハイネの暗い金色の髪に手をかけ、拒否されないことを確認してから撫でた。


 その時のハイネの顔はすっかり落ち着いていて、顔色もずいぶんよくなっていた。


 一体、ハイネに何があったのだろう? 僕の手の中でうとうととし始めている彼にゆっくり話しかけた。


 「ハイネ…今日は何があったんだ?」


 静かな空間が生まれた。僕は言ってしまったことを後悔した。


 ハイネは困ったように見上げ、ため息をついた。


 「もしかしたらおまえは知ってるかもしれないが…」


 そう言いかけて一度口を閉じた。ハイネは何か迷っているようだ。


 (もしかして…あれか)


 予想は的中した。


 「俺最近梓ちゃんって女の子と付き合ってるんだ 」


 (やっぱりな…)


 不機嫌になりそうなのを隠して、「うん、それ知ってたよ」と返す。しかし、いくら取り繕ってもぶっきらぼうな口調になってしまう。


 「…でもね、アキラ。これだけは言っておきたいんだ」


 ハイネは続ける。


 「俺はおまえの告白を忘れたわけじゃないんだよ。自分の気持ちというものがよく分からなくなってしまって……いろいろ悩んでたんだ。それを知るために梓ちゃんを利用したんだ。俺は最悪な男だよ」


 「それで」


 「うん…」


 「それで今日は何があったんだよ」


 ハイネの話を聞いていると、今まで我慢していたものが一気に込み上がってきてしまう。今すぐに物に当たりたい気分だ。


 「今日は……そう、梓ちゃんとデートだったんだ 」


 プツッ、と何かが切れる音がした。


 「で?」


 「…今日はあっちがキスをせがんできて、俺今まで梓ちゃんにそういうことするの後ろめたくなるから避けてたんだ。でも今日……初めてしたんだ」


 底知れぬ怒りで自分の体が支配された。ムカつく。怒りは誰に対してなのか分からないけれど、こんな話、嫌だ。ましてやそれが自分が好きな人の話だったら、そんなに聞きたくないものはない。できるならサンドバッグ相手に殴りたいし蹴りたいし頭突きしたい。


 

 

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