Scene1-1
僕とハイネの出会いは、割と大昔だ。
彼とは保育園から一緒だった。幼少期のことなのでいつから一緒にいたのかはっきり覚えていないが、でもかれこれ10年をこえる付き合いだと言うことは確かだ。
ドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれてきた彼は、小さいときから可愛くて天使のようだった。暗い金色の髪と薄茶色の瞳は黒の多い集団の中ではひときわ目立つ。また、彼は初め日本語を話すことが苦手だった。
そのこともあってか、彼は初め皆に馴染めず、1人で絵本を読んでいることが多かった。別に周りの幼児がはぶいていたわけではない。自らそうしていたのだ。僕は1日中外で駆けずり回って真っ黒になっていながら、いつも屋内にいる色白の彼が気になって仕方がなかった。
多分このときから…幼いながら彼への想いが生まれていたのだと思う。
ある時、真っ先に外に出るのを我慢して彼に近寄ってみた。彼は本から目を上げ、近づいてきた僕を無表情でじいっと見つめた。
「…ねぇ、そとであそばない?」
僕が言うと、彼は迷わずうん、と頷いた。まるで誘われるのを待っていたかのように。
「よし、行こう!」
僕は彼から本を取り上げ、手を引っ張って皆のいる場所に連れ出した。たったそれだけで僕らは仲良くなった。名前なんかいらなかった。
そのときの彼の嬉しそうな顔が今でも忘れることができない。
その後、小学校も中学校も同じ学校に通った。僕らはいつも一緒にいることが多かった。彼は頭がよく、ぐんぐん成長して僕より背が高くなっても、童顔は変わらなくてむしろ可愛さが増していた。
僕は、いつ頃からか彼への気持ちが友情だけではないと気づき始めた。ほんの少し彼が笑うだけでドキッとしてしまう。ほんの冗談で肩を組まれただけで心臓が口から飛び出そうになる。……ほんの数秒、彼と見つめ合うだけでドキドキして目をそらしたくなる。
学年が上がるごとにその気持ちが強くなった。同時に彼の隣にいることがつらくなった。しかし当の本人は全く気づいていない様子で、無邪気に僕に触れてくる。――手や肩、腰とかを。
彼が触れてくるたび、欲情して自分も手を出しそうになった。何よりも自分の息子が盛ってしまい、それが理由で何度もトイレに行った。次第に目も合わせられなくなっていた。
その頃、多分高校生になった頃だろうか、僕の態度がおかしいと彼が咎めてくることがあった。その時彼は怒って僕を壁に押し付け、両手を持ち上げて壁に拘束した。僕は完全に逃げられない状況になって、目の前の怒った彼に何かを言われている。言っている言葉は耳に入らなかった。ただこの体勢が拷問のようにつらかった。
(…や、ばい、それ以上僕に近寄るな…っ)
ハイネの鼻の高い顔を真正面から見ることができなくてうつ向いていると、不意に顎を掴まれ持ち上げられた。
「アキラ、俺の顔を見ろよ!」
眉間にシワを寄せ、口をへの字に結んでいる彼は、いつもより迫力があった。僕は泣きたくなった。
「…何があったのか知らないけど、俺に非があるなら言えよっ!」
「ハイネ…っ」
「何だよ」
痛いと嘘をついて離してもらうことを考えたが、ハイネの明るい瞳を見てしまったら、自分ではどうしようもないくらい胸が高鳴った。
(ああっ…どうしようっ…このまま死んじゃいそう)
「……っごめんっ!」
僕は自分の欲望が抑えられなくなって、ハイネに抱きついた。予想外の出来事に、ハイネは体を固くした。
「…ア、アキラ!?」
僕は驚いているハイネに何も言わず、抱き締める腕を強めた。頭を擦り付け、ハイネの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ど、どうしたんだよ!?」
胸に耳を当てれば、心臓が早鐘のように打っている音が聞こえた。
(ああ、僕は……僕は本当に)
僕の心臓はハイネの倍速で暴れまわっている。下手したら、ヘッドスピンしそうな勢いだ。
(…ハイネが、好きだ…――)
そう自覚しても、僕はなかなか告白できずにいた。何より男同士だし、告白したことで今まで築いてきた関係が崩れるのが嫌だった。ハイネは完璧主義者なくせに鈍感だし、もしかしたらこのままいけばバレることはないかもしれない。しかし、自分の気持ちを隠し続けることはもう限界に達していた。起きていても目で追ってしまうし、寝ていても夢に出てきて僕を苦しめる。家にいるときだってふとした瞬間にハイネが頭に浮かんで、自分の股間が窮屈になった。そういうときは決まってハイネを連想し、むなしく自己処理を強いられるのであった。
僕は意を決してハイネに告白した。もうこれで関係が終わりになってもいい。そうなったら、僕らはそれまでの関係だったというだけの話だ。
自覚してから1年がたっていた。
「…それ、本当に言ってるの?」
僕が真っ赤になってガチガチになりながら告白したというのに、ハイネは驚いて間抜面していた。
「うん…本当の本当」
やはりハイネは僕の想いに気づいていなかったらしい。僕は黙ってハイネの反応を見ていた。
「…冗談だよね?」
ハイネの言葉の中に冗談であってほしいという願いが込められている気がして、泣きたくなった。
「…違う。僕はハイネを…恋愛感情として好きなんだ。今までずっと言えなかったんだけど」
ハイネは困ったように眉を下げ、目線を下に移した。もう緊張し過ぎて何をどうしたらいいのか分からない。
「もし…僕のこと気持ち悪いと思うなら僕は君の前から消えるから…」
「そんなわけ…」
「…え?」
ハイネは顔を上げ、真っ直ぐに僕を見つめてきた。緊張とかそういうのはまったく感じない代わりに、心が真っ白になった。
今、ハイネの言葉を聞くのが怖い。
「俺は…少なくともおまえのことを嫌いにならない。けど…」
茶色の瞳は僕だけをとらえた。逃げようとする僕を引き止めるみたいに。
「おまえが好きかどうかも分からない…」