Scene2 - 2
その後は朦朧としながらアキラに肩を抱かれてやつの家に行った。たまたまその場所が俺の家よりもアキラの家のほうが近かったからだ。
アキラは俺をベッドに寝かせ、甲斐甲斐しく看病した。長年一緒にいて何度か同じような場面があったが、いつもアキラが看病してくれた。アキラが傍にいてくれると思うだけで、安心してしまう自分がいる。
「…ありがとうアキラ…。もう落ち着いてきたから大丈夫だよ」
「でも…」
「何かアキラがいるだけで落ち着くから」
「ハイネ……っ!」
「だからアキラ、近くにいて…」
「…うん」
アキラは頷いて、ベッドの縁に腰掛けた。そしてやわらかに俺の髪を撫でる。その手の温もりが眠気を誘うほど気持ち良かった。
「ハイネ…今日は何があったんだ?」
しばらくの沈黙の末、アキラはゆっくりと慎重に口を開いた。俺はしばらく天井を見つめていたが、素直に白状しようという気が起こり、すべてを話すことにした。
「もしかしたらおまえは知ってるかもしれないが…」
いったんそこで言葉を切る。これから言う言葉に罪悪感が良心をちくりと刺激する。
「俺最近梓ちゃんって女の子と付き合ってるんだ」
それ知ってたと言うアキラの声は、あからさまに不機嫌な様子だった。
「…でもね、アキラ。これだけは言っておきたいんだ。俺はおまえの告白を忘れたわけじゃないんだよ。自分の気持ちというものがよく分からなくなってしまって……いろいろ悩んでたんだ。それを知るために梓ちゃんを利用したんだ。俺は最悪な男だよ」
「それで」
「うん…」
「それで今日は何があったんだよ」
「今日は……そう、梓ちゃんとデートだったんだ」
アキラの眉の間の皺がキュッと深くなった。俺の髪を撫でる手を止め、ある一点をじっと睨んでいる。
「で?」
「…今日はあっちがキスをせがんできて、俺今まで梓ちゃんにそういうことするの後ろめたくなるから避けてたんだ。でも今日……初めてしたんだ」
アキラはついに黙りこくった。静かに憤っているのが雰囲気で分かった。俺はアキラの返答がないまま続けた。
「俺…どうしてか梓ちゃんとキスしていながらおまえの顔が浮かんじゃって…混乱して…終わる頃には吐き気がしたんだ…っ。別に梓ちゃんはいい子で悪いところは何もないのに、拒絶したくなった…っ! 俺もう分からない…!!」
「ハイネ…」
「おまえの告白を受けて、何となくおまえのことを意識してしまうようになったけれど、でもやっぱり幼なじみのよしみみたいのはあるのかなっておまえへの気持ちを完全に肯定できなかったんだ。なら好みの女の子ならって思ったけど、全然好きになれなくて……俺は結局誰が好きなのか、好きな人がいるのかいないのかも自分じゃ分からないんだ……っ」
感情が高ぶって泣きそうになったとき、アキラが覆いかぶさってきた。気付いたらアキラの美形が間近にあって、抵抗もできぬうちにキスされた。
「ん…っ」
突然のことで胸が高鳴ったけれど、不思議と素直に受け入れられた。自分では長い時間唇を重ねられていた気がしたけれど、アキラはチュッというリップ音を残してすぐに唇を離した。至近距離で俺の顔を覗き込むやつの瞳は、切なげな色を帯びていた。
「…嫌だった?」
俺は首をふるふると横に振った。自分でもびっくりした。梓ちゃんとしたときは嫌で嫌でたまらなかったのに、アキラとではそうではなかった。むしろ……。
「…気持ち良かった」
「そう」
アキラはニッコリと微笑んだ。そして嬉しそうに言った。
「つまりはそういうことなんだよ」
「え…」
「君は僕を気付かないうちに好きだったんだよ」
「……」
「まぁハイネは自分の気持ちに超鈍感だから、気付かなくて混乱するのも無理はないけどね」
「――…馬鹿にするなっ」
「でもいいよ。ハイネの本当の気持ちが分かったから」
「…なっ…」
アキラはベッドに潜り込んできた。俺の隣に寄り添うようにして横たわると、目を輝かせて言った。
「ねぇ、ぎゅうってしていい?」
「…いい…けど」
わーいとでも言いそうな勢いでアキラは俺に抱きついてきた。結構力が強くて絞り殺されるんじゃないかと思った。
「……っちょっ、アキラ!!」
「ん?」
「ちか、ら強っ…! 離せよ」
「ヤダ」
「ヤダじゃねーよ!! く、くるしっ」
「だってハイネ」
「何、だよっ…」
「これから僕たち恋人同士になるんだよ? もっと凄い一大イベントが待ってい」
「ちょっと待て。俺たちいつから付き合うことになった」
「え」
「俺まだ好きとも付き合いたいとも言ってないぞ」
「まあいいじゃん。いずれは僕のことが好きなことに気付くよ」
「何その自信」
最後は笑った。アキラも自分が言った言葉に爆笑していた。それから笑顔が消えないうちにもう一度キスをした。今度のは少し長かった。舌先をチロリと入れられた。
それでも気持ち悪くなかった。ましてや吐き気など起こらなかった。相手がアキラだから、何をされても受け入れられるのかもしれない。
「好きだよ、ハイネ……」
「うん…」
「……付き合おう? 僕がいつも傍にいてあげるからさ」
「………うん」
「ありがとう。ハイネ大好きっ」
再度やつは抱き締めてきた。まだ俺の気持ちに整理ついていなかったが、おそらくこいつとなら何でもいけそうな気がする。長年幼なじみとしてやってきたのだから。
「ところでハイネ」
やつの胸の中で目を閉じかけていたとき、アキラは沈黙を破るように言った。
「本当はね、ここで君を奪ってしまいたいところなんだけど」
そうだ、今アキラの部屋という密室で2人ともベッドでくっついている状態だ。想いが通じ合った後なら、情事…という成り行きになってもおかしくない。でも男同士ってどうやるんだ? できるのか? と頭の中がぐるぐるしていると、アキラは俺の頬っぺたを手の甲で擦りながら優しく囁いた。
「…今日は我慢する。だってまだ君は梓ちゃんの彼氏だもんね。ちゃんとケリをつけてからにする」
「……ごめん…」
「大丈夫だって」
アキラは苦笑した。前見たときの苦笑とは違い、余裕がある笑い方だった。