Scene2 - 1
ついこの間、アキラという男の幼なじみから告白された。
正直びっくりした。初めは冗談だろうと思った。幼い頃から腐れ縁で付き合っていたやつで仲もよかった。でもまさか恋愛感情を向けられるとは思ってもなかった。
「俺…どうしたらいいか…」
「今すぐに答えを出さなくていいよ。考えがまとまったら言って」
アキラはそう言って苦笑した。その顔は真っ赤だったがどこか切なそうで――俺の目に強く焼き付いた。カッコいいやつがそんな顔するとなぜか説得力がある。
アキラに告白されてから、無意識にそのことを意識してしまうようになった。返事はまだ出せなかったが、明らかに自分の気持ちが変化していくのが分かった。前はそれほど気に掛けていなかったやつのことをいつも目で追ってしまうし、他の人と話しているのを見ると妬いてしまう。やつに構ってくれないと、何だかモヤモヤする。
自分はやつのことが好きなのか? それとも告白されたから気が動転しているだけなのだろうか…――早く返事を出さなくてはと焦れば焦るほど、自分がよく分からなくなってくる。
(どうしようか……)
悶々とした日々が続いていった。対してやつは告白する前と変わらぬように接してくる。本当に俺のことが好きなのかと疑いたくなった時もあった。しかしそんな余地もなかったということを後でよくよく知らされることになる。
***
「先輩、好きです。…付き合ってください」
相手は高校の後輩の女の子。アキラの件で悶々としていた最中、俺は告白を受けていた。
「えっと……」
「いきなりですよね…すみません」
「いいんだ、それは…」
女の子は照れくさそうに俯いた。まだあどけなさが残るかわいい仕草に心を惹かれた。
「えっと…梓ちゃんだっけ…」
「はい」
俺は告白をOKした。
……アキラの告白を忘れたわけではない。梓ちゃんが好きになったわけでもない。俺は今の状況を脱したいのと、霧がかかった自分の気持ちが知りたくて、梓ちゃんの告白をOKした。
梓ちゃんとは恋人らしきことをそれなりにした。デートも重ね相手のことを分かり合ってきた。梓ちゃんは申し分ない女の子だった。しかし困ったことに、好意は抱いてもそれ以上の想いは抱けなかった。「この子の全部が欲しい!」というような激しい感情は起こらなかった。下手するといつの間にか梓ちゃんのことが頭になかったこともたまにあった。
自分は一体何なのだろう? 梓ちゃんは彼女でわりと好みのタイプなのに、愛することができない。好意のその一歩先に足を踏みだせないのだ。もともと感情的な方ではないし、今まで人を恋い焦がれるまで好きになった経験もないから、「恋」自体がどういうものなのか分からないのもあった。
とにかく、はっきりしない自分に腹が立った。
ある日のことだった。その日も梓ちゃんとデートをしていた。すると突然、梓ちゃんから「キスしてもいいですか…?」と上目遣いで言われた。
「…え」
「だって私たち恋人同士なのに、ハグさえしてないから…」
言われてみればそうだった。というか、俺自身が怖くてしたくなかったのだ。罪悪感ばかりを感じそうになって……手をつなぐ程度が精一杯だったのだ。
「…そうだったね。梓ちゃん目、閉じて?」
覚悟を決めてキスすることにした。目をつぶりキスを待つ梓ちゃん。俺は顔を近付けていく。自分の鼓動が速くなった。
唇が触れた。その瞬間俺は「どうしよう」と思った。
梓ちゃんとキスしているはずなのに、頭ではアキラの告白後の苦笑した顔が浮かんでしまったからだ。
(アキラ……!)
こんなことをしているのを見られたら、アキラは悲しむだろうか。その顔をリアルに想像できてしまって…いたたまれなくなった。
唇を離そうとしても相手が離してくれなかった。逆に舌を滑り込まれてしまう。背筋が凍った。逃げ出したいとも思った。
(アキラ…アキラ――!)
なぜアキラの顔が浮かぶのだろう。なぜアキラが恋しくなるのだろう。なぜアキラの名前を呼びたくなるのだろう。
キスをしながら泣きそうになった。これがアキラならどうなんだろうか……もっと舞い上がるようなキスができるのだろうか…。
嫌、だったのかもしれない。申し分ない彼女とのキスなら普通舞い上がってもおかしくないのに、梓ちゃんとのキスは拒絶反応が激しかった。
早く終わりにしたいと願っていたときに、やっと唇が離れた。この時の俺は涙目になっていたかもしれない。
(吐き気が……)
喉をぐっと駆け上がるものを感じる。手で押さえるのは失礼だから、喉に力を入れて何とか無表情を装う。対して梓ちゃんはトロンと瞼がとろけていた。
帰りは2人とも無言だった。梓ちゃんは何を思っていたのかは知らない。俺はひたすら吐き気を抑えようと必死だった。
梓ちゃんを家まで送った。解放感に喉が緩む。さっきまであまり感じていなかった吐き気が再発してきた。
(我慢、するんだ……家、まで…っ)
嫌なものが胸の上までせり上がってきている。今口を開けたら即吐きそうだ。
(うっ…ダメ、かも…)
全身が小刻みに震え、固いコンクリートの上にくず折れそうになった時、後ろから誰かから声をかけられた。
「ハイネ…?」
…アキラだ。
「ハイネっ、どうしたんだよハイネ!」
アキラの足音は速くなって、近づいてくるのが聞こえた。
「ハイネっ、具合でも悪いのか!?」
俺が口に手を当てながら頷くと、アキラはリュックをガサガサと漁り、コンビニの白いレジ袋を取出し目の前で広げた。
「これで楽になれ? 周りから見えないように僕がガードしてやるから」
もう俺には遠慮する余裕もなかった。差し出された袋に情けなく嘔吐を繰り返した。泣きたくなった。アキラが背中を擦ってくれている温もりにも違う意味で泣きたくなった。理由はないけれどアキラがいてくれるだけでホッとした。