Scene1
「好きだよ」
――そんな言葉、おまえは誰にでも言っているんだろう?
「好き、好きなんだよハイネ…」
やつは俺を後ろからぎゅっと抱き締めながら泣きそうな声で言った。不覚にもときめきそうになる。
正直、聞きたくない。
「……だから、もうどこにも行くなよ…」
「…るさいっ!」
「ハイネ…」
ああ、もう大嫌いだっ!
でもこいつと離れたくない……ジレンマを抱えているとわかっていても、こいつがいないのはもっと嫌だ…。
「ハイネ……」
やつの手が服の下に入ってきた。ゾクゾクする。
「や、め…」
「ないよ? ハイネ…こっち見てよ」
やつは俺の顎に手を添え当て、そのまま顔の向きを変えようとしたが、俺は意地を張って抵抗をした。やつの顔なんざ見たくない。
「……っ」
「ハイネ…どうして素直になってくれないんだよ…」
「俺は素直だ! おまえの方こそ素直になった方がいいんじゃないか!?」
「…どういうことだよ」
「見たんだよ。おまえが他の女と楽しそうに抱き合っているところを。ついこの間は顔を真っ赤にしながら俺にあんなこと言ってきたくせに……ずいぶんと気持ちの切り替えが早いんだな」
「……」
やつは無言のまま俯いた。それが俺の話を肯定しているようで悲しくなった。
「……やっぱり女がいいよな。こんな、ジグザグしている俺よりも」
「……」
「俺なんかに抱きついてないで素直に向こうに行けよ。俺は構わないから」
違う、本当は傍にいてほしい。だけれど口が勝手に動いてしまう。
「行けったら!! このまま抱きつかれても俺が困るんだよ!」
しかしやつは離れないどころか、絞め殺されるのではないかというくらいに強く抱き締めてきた。まるで脱走した俺を閉じ込めようとするように。
「ハイネ……僕はどこにも行けないよ」
「何で…っ」
「ハイネ…泣いてるもん」
「……え」
あわてて頬に手をやると、透明な雫が転がり落ちた。
「…あ…」
「泣いている君を置いてどこかに行けるわけないじゃないか。それに、さっきの告白は本心だよ。僕は君が好きなんだ…」
「嘘を吐くのも大概にしろっ!」
「嘘じゃないっ!!」
「じゃああの時の女は何なんだよっ!」
「あれは……」
やつは口籠もった。やはり、何かある。俺は泣きたくなった。いや、泣いていたのだが。
「あの女と幸せにしてろよ…っ」
「ハイネ違うっ! 僕はあの子とは何もないし、好きでもない!!」
「じゃあ、何なんだよっ…」
溢れだした大量の涙は止まらない。時々、涙を止める能力があればいいと思う時がある。どんなに力んでも涙腺は閉まらない。
「ハイネ……こっちをむいて」
「嫌だっ…」
「…いいから向けよっ!!」
普段温厚な、やつらしくない怒気した口調にビクつき、素直に振り返った。正直、泣き顔を見られるのは抵抗があった。
「ハイネ…」
やつはホッとしたような笑みを浮かべ、俺の額にキスを落とした――。