第九話 女子たるもの
入学してから八ヶ月。春先に土木科の男たちとの学校生活という絶望的な宣告を受けてから、もうそんなに経過したのか。
今朝、布団の中から何気なくカレンダーを見て麻井睦美はそんなことを考えていた。
十二月に入ってから寒さの厳しさは日に日に増していき、最近は寒くて布団から出るのですら体力を使ってしまう。きっと、冬の布団とこたつには何かしら魔力があるんじゃないだろうか。
でもそんなことを言ってもサボれないもんなあ。
「布団の魔力に逆らえませんでした」
なんて言い訳はバカの飯島大介ですら言いそうもない。こんな妄想を膨らましている時間で着替えた方がまだ合理的だとは思う。
名残惜しいがいつものように気合を入れて布団をどかす。寝癖を直しつつ制服に着替え、スカートの下には体育ジャージの土偶スタイル。
よしできた。
……色気?またまたご冗談を。男性諸氏は冬空の下、半ズボンで学校生活を過ごした方のみ苦情を言ってください。
そうしてひんやりとした空気を肌で感じ、家を出たのが五分前のこと。この空気は嫌いじゃないけどやっぱり寒いのは勘弁してほしい。
「おーさむっ」
思わず声に出す。なんか今日はいつもより寒いなあ。ま、もう今年も終わりだし寒くもなるか。なんかあっというまだったな――
「…あっ」
この違和感に気づいてしまった。……気づかなくてよかったのに。
「マフラーしてくるの忘れた」
彼女はしばらく「しまった」という顔をした後、めんどくさそうにこれからの行動をどうするべきが脳内会議を始めた。
議題は、自宅に戻るべきか否か。
季節は冬。――忘れ物を取りに戻るのがつらい季節。
結局マフラーを取りに戻り、寒さでテンションが下がっている私はさらなる事実に気づいた。
今日はこの寒空の中での校外実習の日。どうやら悪いときには悪い出来事が続くものらしい。いや、先週確かにやるって先生言ってたけどさ。
当然のことながら工業高校では普通科では学ばない授業が多い。テストで毎回私が苦戦する専門科目もそうだが、土木実習も専門科目の一つである。
私たちは主に測量の実習をやっている。三脚の上に箱型カメラのようなものが乗っている機械を道路工事なんかで時々見たことはないだろうか?
正直説明はしにくい。まあ簡単に言うと、測量機械を使って道路の高低差や角度なんかを割り出す授業なのだ。当然、夏は暑く冬は寒いという季節を肌で感じられる授業として土木科での人気は低い。
「この寒いのにやってらんねえよ。俺、寒いのマジ嫌いなんだけど」
面倒くさそうに飯島もぼやいていた。
この間、小学生みたいに霜柱を踏んで遊んでいた奴が何を言う。
「麻井、男ってのはいつまでも純粋なんだよ」
「あっそ」
こんなに寒いのにいちいち突っ込んでいられるか。飯島のボケをスルーして、私は実習服に着替えるのに教室を出て行った。
実習の授業は基本的に名前の順で三人一組で班を作る。つまり私、麻井睦美は名前の順的に確実に飯島とは組むことになる。
正直言って、こいつとの実習にいい思い出はない。飯島のせいで私ともう一人の男子の「実習」の成績は低いのではないかと思うくらいだ。
あるとき、見かねたもう一人の男子がキレたことがあった。
『おい飯島、ちゃんと棒を持ってろよ』
『やってんだろうが』
『やってると出来てるは意味が違うんだよバカ』
こんな感じにもう一人の男子とケンカをしたぐらいだ。
「……さむい」
しかし、今回は違った。珍しく三人の意識が統一されている。早く終わらせてストーブのある実習室に戻ろう。うん、そうしよう。
「手がかじかんでうまくできねえ」
しかし飯島はまもなくヤル気を無くしはじめた。早いな。
「さびいよ。カゼひいちまうよ」
「大丈夫、飯島は風邪ひかないって言うじゃない」
「言わねーよボケ」
今回は飯島もテンションが低いながらキチンと作業をこなし、一致団結して測量をこなしていく。
そうだ頑張るんだ飯島。心頭滅却すればきっとこの北風が暖かな春一番に思えてくる。風邪なんか引かないんだ。そうに違いない。しかし、ホントに寒いなあ……。
翌日、土木科の担任に一本の欠席を告げる電話が入った。
「……なんであんだけ言ってたお前が風邪ひいてんだよ」
「いやあ、面目ない」
しかたないしかたない、女の子だもん。




