第四話 ぜんぶひっくるめて夏
「暑い――」
麻井睦美はひたすらバテていた。
もう暑いじゃなくて熱い。身体が水分を欲しがっているのがよくわかる。
数少ない女友達はたった今、医務室へ運ばれていった。
空を恨めしく見てやろうかとも思ったが、その行為に効果は無いことを私は知っていた。
夏の高校野球県大会、一回戦――現在、全校応援中。
……夏ってこんなに暑いんだっけ。私はタオルを頭に乗せ、これまでの事を思い返していた。
七月、あのジメジメした梅雨が明けた。今現在、頭上に輝くのは、私の心のように澄み切っていて晴れやかな夏の空である。
夏と言えば運動部の目標、甲子園でありインターハイの予選が始まるときである。そして学校側が、思い出したかのように部活動の応援を始める季節でもある。
我がF工もその例に漏れず、野球応援に備え授業の時間を使い、応援団による校歌練習をやり始めた。
しかし、授業が無くなると知って喜ぶ生徒はいても、マジメに歌おうという生徒はいない。
学校側もそれは十分わかっているらしく、昼休み中に校内放送でエンドレスに校歌を流すという洗脳まがいの手段により
「校歌なんてわかんねーよ」
と言っていたバカの飯島大介を含む土木科ですら全員、校歌が歌えるようにしてしまった。
私も高校野球は嫌いじゃない。ルールはあまりわからないけど。何より、応援に行くことでその日一日の授業全ての出席になるのだ。なんてすばらしい。
あっけらかんと考えていた私は、到着後、その読みが甘すぎたことに気づく。
野球場は異常なまでに暑かった。
太陽の直射日光は応援する私たちにも手加減をしない。おまけに私たちが今いる応援スタンドは日陰が無く、床はコンクリートむきだしのため照り返しが直に来る。
もはや軽い拷問以外の何者でもない。そして現地の球場に行って学校から渡されるのは、飲み物でも日よけでも無く応援のメガホン。
反対側のスタンドでは女子生徒がみんなおそろいの麦わらぼうしをかぶって応援していた。
私はもうそれだけで負けた気分になってしまっていた。
いいな。私、あっちに転校したいな――――
「おい、大丈夫か?」
そこまで思い出していたところに、ヘラヘラした顔して飯島がやってきた。
「お前、走馬灯でも見てたんじゃないだろうな」
「まさか」
さっきまでのは決して走馬灯では無い。多分。
さっきまでボーっとしていて気づかなかったが、試合のほうはどうやら負けているらしい。応援団長が生徒のほうに向かって激をとばしている。
私のイメージでは、工業高校の応援団というからにはバンカラ風でゲタ履きの硬派な連中だと思っていたのだが。しかし実際はどうやら生徒会が中心の急造応援団らしい。ちょっとガッカリだ。
飯島は飯島で
「あの応援団で試合に勝てんのか?」などと失礼なことをほざいている。
知るか。答えは野球部のみぞ知ることである。
その後、試合は終盤に差し掛かり、なおも我がF工が劣勢である。私が真面目に応援をしていると、
さっきまで姿の見えなかった飯島が戻ってきた。
「ほら水分」
そういうと二本持っていたペットボトルうちの一本を私にくれた。
自分で持ってきてた飲み物はとっくの昔に飲み干していた。
「何これ、このスポーツドリンクどうしたの」
「自販でアタリが出たからもう一本手に入ったんだよ」
うそつけ。不可能だ。自動販売機は球場の外にしかない。
「いいじまー、素直に私に買ってきてくれたって言えばいいのにー」
「そういう反応しそうだから嫌だったんだよバカ、とっとと飲め」
バカにバカ扱いされるのはムカつくがスポーツドリンクに免じて許してやろう。
「はいはい。サンキュー、飯島」
ま、心配してくれたのだろう。ありがたく頂戴することにした。おー、うまい。
結局、試合は負けてしまった。ルールすら知らない素人の私でも、試合後、野球部員たちが泣き崩れている姿を見るとやはり勝って欲しかったと思う。
やっぱ青春っていいな。
……私の青春ってなんなんだろ。
その考えは、とあるバカによって打ち消された。
「おーい、あさいー。あいつらと一緒に飯食って帰ろうぜ」
ねえ飯島。私、今考え事してたの。珍しくセンチメンタルな感じの。
見ると、土木科のメンバーが何人か集まっている。一般のお客さんの視線の注目度は抜群である。
「球場近くの『喫茶セカンドゴロ』のボールハンバーグはうまいんだぞ」
それ、味はともかくネーミングセンスはどうかと思う。
「よし、行くか」
ま、考えるまえに、腹ごしらえと行きますか。